再会はずぶ濡れの姿
まさかの展開という意見が多くて作者はニヤニヤをしてます。
説明回にしようとしたところ、ギルベルとコスモの逃亡シーンが長くなってしまい、説明回は次回。
ギルベルが撤退を始めてから40分ほど経った。
……暗闇の中を走り続ける彼の身体と心は且つ無いほど消耗していた。
交戦が起きないように絶えず周囲を警戒し続け、その一方で今出し得る最高の速度を維持し続けた。
彼の心の中にあるのは焦りと後悔。背に負っているのは一つの命。
……そのどれもが彼が負うにはまだ早過ぎた。
コスモはギルベルとは逆に少しずつ冷静さを取り戻していた。
彼女が焦った所で事態はどうにもならない事に気づいたからだ。
そして、目の前には懸命に身体を動かし続けているギルベルの姿がある。
そこにはいつものようなキレはない。
疲労がピークに達している事はコスモの目からも明らかだった。
しかし、その歩みは止まらない。
鋼の意志が彼の身体を動かし続ける。
(私だったら絶望してとっくに全部投げ出してるわ)
「あんたは……なんでそんな状態で身体を動かし続けられるの? 普通はこんな状況、諦めるでしょ?」
気づけばコスモの口からは、ぽつりとそんな言葉が零れていた。
ギルベルの動きは止まらない。コスモの言葉に動揺もなく走り続ける。
「まぁ、ここでお前と俺が力尽きたら、あいつらにあの世で合わせる顔がねぇだろ?」
心身が限界だったのか、返す言葉は彼らしくもないブラックジョークだった。
「ちょっとあんた、なにナチュラルに二人の事、殺してんのよ!? 仲間なんだから言い方があるでしょ!?」
コスモの絶叫が迷宮へと響く。あっ、とコスモは口を抑えるが後の祭り。
ギルベルは歩みを止め、周囲の気配察知に全神経を注ぐ。
……幸い近くに魔物はおらず、二人は事なきを得る。
「おい、叫ぶなよ!? そんなんで死んだら、マジで悔やみ切れねぇぞ? ……まぁ、あの二人も仲間だが、俺に取っちゃぁお前も仲間にカウントされてんだよ。アリストにも頼まれてるしよ。だから……俺達は生き残らなきゃなんねぇ。アリストとウォーレンの事はとりあえず、俺達がここを抜けてからだ」
自身の言葉にギルベルの身体が押された。
そして、彼はまた走り出す。
「……分かったわよ」
そう言ってコスモは思考の海に身を沈める。
このPTのメンバーはみな頭のネジが少し飛んでいるようにコスモには思えた。
Sランクの魔族相手に単身で殿を務めようとするウォーレン、その側を離れようとしないアリスト、……自分の身も危ういのに武器ではなくコスモを抱えて走るギルベル。
身も蓋もない言い方をしてしまえば、誰も彼もが馬鹿ばかりだ。
しかし、そういうのも悪く無いとコスモは思った。
(……仲間ね。私にそんな資格あるのかしら)
コスモは割りと小器用に生きてきた。
その華やかさとは無縁の小さな町が彼女の出身地。
7歳の頃に教会にて祈りの最中に魔術が発現し、彼女は魔術師の道を歩み始めるまでは普通の町娘だった。
彼女の家族はなけなしのお金を三女であるコスモの魔術の教育に充てた。
その代償は決して安くはない。
彼女はどんな形でも良いから、それに報いなくてはならなかった。
彼女がルーエンス学園に入学したのは、自身の実力を磨くためと、……良縁を探すためであった。
学園には身分など関係なく、後の実力者達が集まる。
実力があれば国の中枢にも入っていける程の権利を持てる場所。
碌でもない理由だったが、そんな理由が浮かぶほど、彼女は必死であった。
学園でコスモが出会ったのは彼女が求めるものを全て持った女。
アリストはコスモにとって、当初妬みの的であった。
古くから続く魔術師の良家に生まれ、誰もが羨む魔術の才に恵まれ、そして少しの努力で周りを超越し続けた彼女が少なからず憎かった。
……いつ二人の関係が好転したかはコスモも覚えていない。
コスモは事ある毎に突っかかった。
そして、アリストの豪気な性格に触れるうちに徐々に今の関係に落ち着いた。
先入観を取り払って見れば、二人はたいそう気があった。
欠点がないかの様に見えるアリストだが、常識と男を見る目はないとコスモは常々思っていた。
だから、自分がそれぐらいは補ってやるのだとコスモはアリストの側に居続けた。
2年次からは馬鹿二人も加わり、なんだか少しずつ楽しい方向に人生が動き出しているような気さえしていた。
……それがいきなり人生の岐路に立たされ、コスモが選択肢を選ぶ間もなく全てが終わってしまっていた。
(……アリスト)
ギルベルは再び泣き出したコスモに対して、何も言葉を掛ける事が出来ないでいた。
どうでもいいと思ったわけではなく、ただ疲労から余計な事は考えたくなかった。
ギルベルの感覚が正しければ、500m程で結界にたどり着ける所まで進んでいた。
なんの問題もなければ、3~4分ほどで辿り着ける距離だった。
「……おい、コスモ。回復魔術だ」
ギルベルは説明なく背に負ったコスモを道の傍らに降ろす。
その右手にはもちろん得物などない。
手を握り、ゆっくりと開く。
(まぁ、多少なら力も入るか……)
「ひっぐ、今更なの? もう少しで出口なんじゃないの?」
そうは口に出しながらも、コスモは背に負った50cm程のショートロッドを取り出す。
材質が木のそれは大した重みでもなかったので、ギルベルがコスモと一緒に抱えて持ってきた。
「こっから先の一本道、敵が塞いでやがる。スケルトン系が5体だ」
ギルベルの感覚に誤りはない。
擦れあう僅かな骨の音、装備の音がその正体と数を性格に彼に伝えていた。
「ぁぁ……無理でしょ。それは……」
「……諦めんなよ。俺は大陸中に名前を轟かす事になる凄腕剣士だぜ? こんな所で死んでたまるか」
「あんた、今あの大剣持ってないじゃん……」
客観的に見ればこの状況は非常にまずい。
一度、引いてギルベルの得物になるものを探しつつ、彼の体力回復に務めるべきだと、コスモの冷静な部分は判断している。
が、それも所詮は確率の問題だ。別の敵に遭遇してしまえば意味が無い。
無理だと口に出しつつもコスモは詠唱を始めた。
体力は十分。魔力も有り余るほどにある。
目の前の戦士が彼女を仲間だと言ったように、彼女もまた彼の仲間でなくてはならない。
(……この馬鹿を生かす)
「彼の者に癒しを……ヒーリング」
コスモの魔術はいつも通り正常に機能し、ギルベルの身体を包み込む。
ギルベルは理解していなかったが、この事は魔術師にとっては驚嘆すべき事であった。
魔術は精神が不安定になればなるほど、その発動率が極端に下がる。
もちろん、戦闘の経験を積めば積むほど、この現象は克服へと近づく事が出来る。
が、それも絶対ではない。
コスモはまだ学生。そして、この極限下の状況。
状況を受け入れて諦め、それでも前を向く事が出来るのは魔術師にとってある意味長所といえるかもしれない。
「うぉっしゃ、行ってくるぜ!」
ギルベルは雄叫びを上げて、スケルトンの群れに突っ込もうとする。
(せめて奇襲とかあるでしょ!? これだから馬鹿は嫌いなのよっ!)
コスモはスケルトンに接近を察知された段階で、ギルベルを止めるのを諦めた。
すぐさま詠唱を始めるのは水の魔術。
『……水属性の魔術で相手の足を取るようなぬかるみを作るぐらいでしょうか』
コスモの脳裏に蘇るのは今は生死すらも不明なウォーレンの言葉。
彼女は戦闘の大半を他の三人に任せていた。
逆に言えば戦闘中、何もやる事がなかった彼女は一番客観的に今までの戦闘を見れていたという事。
だから、……それぞれの戦いの呼吸も自然と把握していた。
「集え……クリエイトウォータ」
彼女が用いたのは水属性の初級魔術。
大気中から指定した座標に水を集めるというお手軽な魔術。
指定したのはスケルトンの足元。
感覚のないスケルトンは自身らの足元にそんな細工がなされたとは気づかなかった。
そして、……彼らの動きはなんら阻害されていない。
ギルベルの接敵まで10m。
5mを切った所でコスモは2つ目の魔術を唱え切る。
「彼の者を捕らえよ……アースバインド」
スケルトンの足元の土がまるで意志を持ったように動き出す。
ぬかるんだ地面がスケルトンを引きずり込む様に沈む。
……一瞬の空白が生まれる。
「うぉりゃ!」
ギルベルは一番身近にいたスケルトン・ウォーリアの顔面を殴り飛ばす。
彼は吹き飛ぶスケルトン・ウォーリアの右腕に装備されていたサーベルを奪う事も忘れてはいなかった。
残りのスケルトンは土の呪縛から抜け出し、ギルベルへと向かう。
そこから先の戦いは酷いものだった。
いつも通りの調子が出ないギルベルが手にするのは頼りない錆びたサーベル。
その軽さに不安になりつつも力任せに相手に叩きつけ、僅か一撃で得物を失う。
コスモはコスモで上手く射線が取れず、碌に援護も出来なかった。
回復魔術も離れすぎていて非常に効果が薄い。
ゼロ距離で戦う事を余儀なくされるギルベルと、得物を自在に振り回すスケルトン。
完全な消耗戦。
ギルベルがスケルトンを砕く度に鮮血が宙を舞う。
それでも彼は淡々と処理を進める。
剣筋は目で全て追う事が出来ていた。
しかし、身体がそれに反応出来ていない。
……戦闘はどうにかギルベルの勝利で終わる。
全身傷だらけだが、致命傷は一つも負ってはいない。
「おい、コスモ。……先に進むぞ」
ずるずると動く身体には碌に力が入っていない事はコスモにも分かった。
「あんたはいっつもそうやって馬鹿ばっかり」
「おい、泣くなよ。このままここにいたらやべぇって。血ぃ流しちまったからよ」
コスモは泣きながらもギルベルの後を追う。
残りは僅か300m程。二人は出口に向けて歩き続けた。
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「お~い、二人とも無事か?」
迷宮を無事抜け、ワープポールまで辿り着いたコスモ達を待っていたのは……呑気に手を振るアリストだった。
感動の再会とは程遠い、場面にコスモが叫ぶ。
「なんであんたが先にいるのよ!? どう考えてもおかしいでしょ? あんたリッチと死闘を繰り広げてるんじゃないの!?」
隣にいるギルベルは叫ぶ気力もない。
彼は疲れからかその場に倒れこんでしまった。
アリストはワープポールにちょうど背を預けるようにして座っていた。
……ウォーレンは彼女の膝の上で眠り続けている。
「まぁ、話せば長くなる。先にギルベルを癒してやってくれ。さすがにそれは見た目も酷い」
アリストはその場を動かず、泥と血にまみれたギルベルを指さす。
誰がどう見てもギルベルは重症だった。
「彼の者を癒せ……ヒーリング」
コスモの詠唱が辺りに響く。
この迷宮に入って何度目だろうか、癒しの光がギルベルを包む。
「……なんかアリストのその姿見たら一気に力が入らなくなっちまったぜ」
ギルベルは立ち上がれず、そのままの態勢で呟く。
傷口から血が流れ出るのが止まったようなので、コスモは浄化の魔術を用意する。
軽傷であれば、先に傷口を洗い流してから傷を塞ぐが、傷が多い場合は先に止血を行う。
「我らに浄化の水を……キュアウォータ」
続けざまに放ったコスモの魔術はコスモとギルベルの"二人"を包み、ありとあらゆる汚れを落としていく。
「ん、なんか汚れる事したかお前? ……あ、そういやぁリッチの前でチビって――!?」
ギルベルの脇腹に激痛が走る。
コスモの右足の爪先がめり込んでいた。
「あんたその口、黙ってないと死ぬわよ?」
コスモは傷口を抉るようにギルベルを踏みつける。
ギルベルは声にならない叫びを上げ……倒れた。
「よく分からないが、その辺にしておけコスモ。そのままだと、ギルベルが死んでしまう。うん、二人ともびしょ濡れだな。……火よ、ここにあれ」
三者の中心に大きめの炎が生み出される。
コスモはギルベルを引きずり、火の側に捨て置く。
そして、アリストの下へと歩みを進める。
「それで、アリスト。ウォーレンも生きてるのよね?」
遠目では分からなかったが、ウォーレンに外傷は見られなかった。
アリストが狼狽も焦燥もしていない事から、コスモはそう判断した。
「あぁ、意識を失ってるだけで……コスモとギルベルの二人で全員帰還だ」
喜びを現すようにアリストは手元のウォーレンをぼふぼふと叩く。
時折、ウォーレンが小さなうめき声を上げるがアリストはそれに気づかない。
なんとなく調子が上がってきたコスモもその声を無視する。
「にしても本当にどうやってここまで帰ってきたのよ? 風の魔術で飛ばしたってウォーレンを抱えながらじゃ、大したスピードは出ないでしょ?」
リッチと戦い勝利を収めた後、全力で飛ばしたとしても到底コスモ達を追い抜く速度で移動出来ると思えない。
「ん、ワープでここまで帰ってきた」
「え? アリスト、空間魔術なんて使えた?」
コスモの疑問はもっともだった。
アリストは応用属性の魔術や複合属性の魔術も一応は行使できる。
しかし、空間や時間を操る究理属性の魔術は使えなかったはずだった。
「使えるわけないだろ。リッチにここまで送ってもらった」
「……え?」
「……ん?」
迷宮の闇はまだ明けない。
どうしてこうなった……orz
ギルベルの扱いが酷すぎる……。
いや、デリカシーの欠片もない発言をしたギルベルが悪いのですが。
まぁ、そこはぶれない安定のギルベル。
というか、自分を助けてくれたギルベルにトドメ刺してるよ、コスモ。
奇跡の生還を果たしたアリストは微妙に空気。
……まぁ、いつも通りですねヽ(´ー`)ノ




