魔術師ウォーレン
お待たせしました!
まさか、サブタイトルに主人公の名前が入る時が来るとは……。
「それを本当に制御するつもりか。……そうか人間とは、かくも可能性に満ちた生き物だったか!」
上機嫌に声を上げるのは死者の王。
ギルベルを相手取っていた時とは全く違うスタイルで、ウォーレンと対峙する。
吸い込まれるような闇が彼を包み、幾つもの闇の魔術が彼を中心に繰り広げられる。
地に描かれた魔術式は召喚陣だろう。命なきアンデッド達が、その産声を上げる。
広がり続ける黒い靄は闇の瘴気。吸い込めば生ける存在の生命力を低下させるような代物。
迷宮の持つ闇が、際限なく生み出される本物の闇に塗りつぶされる。
アリストはそのほとんどの知識がなかったが、どれも高位の魔術である事は認識できた。
ギルベルは息も絶え絶えの状態で前線を離脱し、アリストやコスモがいる後方まで下がる。
「うぉ、マジであの化け物やべぇぜ! あんなもん食らったら、俺じゃ速攻で飲まれてアウトだ」
「ウォーレンが上手く対処出来ると良いのだが、あの杖は危険過ぎるように私には思える」
死者の王の意識は全て、ウォーレンに向いている。
そのおかげで、アリストは持ち前の冷静さを少しずつ取り戻していた。
「まぁ、お前の心配も、もっともだが、あそこに立っている男はウォーレンだぜ! 少しは信用してやれよ」
ギルベルの言うような信用という言葉が簡単に吐ける程、アリストは魔術に関して無知ではなかった。
かの研究者が物質に宿し、研究中に行使した魔力は一般の魔術師の平均をやや上回る位の魔力量。
アリストがあの杖から感じる魔力量は、……アリストと同格かそれ以上。
もしも、制御を誤れば……彼は確実に命を落とす。
彼女の心配など無視するかのようにウォーレンは術の行使を始める。
「全てを巻き込め……ファイア・ストーム」
彼が行使したのは火属性の上級魔術。しかし、アリストが今まで目にしたどんな魔術よりも美しい魔術だった。
魔術自体の力強さはもちろんの事。魔術の暴風により撒かれた光の粒子が辺り一体を浄化する。
闇の色に染まった景色を上から塗り替えていく。
ここまでくると、火、風、光の複合魔術とも言える。
圧倒的な熱量で灰となったアンデッドは蘇る事なく地へ帰る。
火力型の魔術師の理想の姿がそこにはあった。
「……自分で言っといてなんだが、あいつのまともな魔術もぶっ飛んでやがるぜ。………が、念のためだ。アリスト、俺にヒーリングを掛けとけ。そこのピンクは寝てるし、ホントどうしようもねぇ。お前にだって出来ねぇ訳じゃないんだろ?」
疑問の声を上げようとした、アリストをギルベルが目で制す。
炎の余波を少なからず受けたはずの死者の王は……全くの無傷。
「ウォーレンがヤバいと判断したら、撤退戦に切り替えだ。今のあいつなら殿を任せられる。その時は、俺達は全力で引くぞ」
ギルベルという男は基本的にはあまり頭が良くないが、こと戦闘に限ればこの一ヶ月ウォーレンに色々な知識を叩き込まれた。
だから、アリストよりも冷徹にその判断を下す事が出来る。
死者の王が本来の戦闘スタイルに切り替えた以上、今のギルベルではもはや近づくことすら出来ない。
かと言って、ここにいるアリストがこの戦闘に役に立つかといったら、そんな事はない。
あれほど見事に思えたウォーレンの魔術ですら、死者の王にはダメージを与えた様子はない。
だから、ウォーレンがもし負ける事があれば、被害を最小限に抑えるために……彼らはウォーレンを置いてでも、迷宮から逃れなければならない。
アリストはぎゅっと唇を噛み締め、その端正な顔を歪める。
頭の良い彼女はギルベルの言いたい事を正確に理解した。
しかし、理解出来る事とそれを受け入れられる事は違う。
アリストはその決断を時が来るまで保留する。そして、表面上は納得を示し、ギルベルの治療に当たった。
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ウォーレンは狂ったように魔術の弾幕を張り続ける。
彼は魔力の事を考えずに、魔術を行使出来るという感覚に溺れていた。
バッド・トリップと呼ばれる一種の魔術に取り憑かれたような状態に近い。
ただし、一般的なバッド・トリップが魔術の持つ全能性に飲まれて起こるものならば、彼のそれは開放感から来るもの。
そして、相対するのは死者の王という圧倒的な存在。
ウォーレンは過去にもリッチと相対した事が"あった"。
しかし、この死者の王は全くの別格。
一見すると、誰の目にも彼が闇の魔術しか使っていないように見える。
だが、実際はそうではなかった。
ウォーレンの行使する魔術を的確に把握し、相対する属性を少しずつ混ぜ込んでいる。
魔術の随所に工夫が見られる。非常に人間臭い思考をしている。
リッチは高位の魔術師がアンデッド化したものだ。
望んでそうなった者、闇の眷属に襲われそうなった者、その過程は様々だ。
通常は知能はあれど、理性の無い化け物となり下がる場合が多数だが、この死者の王はそれらとは明らかに違った。
この迷宮は本来は"封印されていた"迷宮だ。
封印されるには、やはりそれなりの理由があったのだ。
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死者の王とウォーレンは互いに一歩も引かず、まるで自らの知を披露するように魔術をばらまき合った。
互いの魔術の相殺の余波が冷めやらぬ前に、次の魔術が喚び起こされる。
二人の力量はアリストとギルベルから見れば、ほとんど互角のように見えた。
当初アリストが想像していたような杖の使用による魔力暴走は起こっている様子はない。
その事に安堵を感じる間もなくアリストの中にはある懸念が生まれる。
(このままだとウォーレンの方が先に……尽きる)
当初、杖に込められていた莫大な魔力は、彼女にもはっきりと分かる程にその量を減らしていた。
身体の中に存在する魔力を使うわけではなく、自分の外にある無機物から魔力を取り出して使うという事。
その機構がどのようなものであれ、どこかでロスが生じているのだ。
また、現在のウォーレンがとっている戦術もアリストの不安を煽る。
彼の本来のスタイルとはまるで真逆を行くスタイルはお世辞にも効率が良いとは言えなかった。
確かに今の彼の姿を見れば、誰もが火力特化魔術師の理想型だと言うだろう。
止めどなく紡がれる数々の上級魔術は違和感なく使用出来ているかのように見える。
しかし、アリストは彼の本来の姿を知っている。
ギルベルとの連携で見せたようなPT全体の底力を上げるような魔術行使が彼の本来のスタイルであり持ち味だ。
そもそも、彼は杖の魔力なしでは上級魔術は一発ですら満足に放つ事が"出来ない"。
だから、この上級魔術を連発している彼の状況は、扱い慣れていない武器を振り回すのと……さして変わる事はない。
「……ギルベル」
「あぁ」
――そろそろタイムリミットだった。
ウォーレンの動きには、まだ衰えは見えない。
しかし、この時点で突破口が見えない以上、この先は……ない。
彼らは決断を迫られる。
アリストはゆっくりと言葉を紡ぐ。
「……コスモを連れて、上に戻ってくれ。私は……この場に残る」
彼女が示したのは愚かな選択。
「おまえ……状況が分かって言ってんだな?」
当たり前だが、ギルベルとて自分の選択肢が正解だと思っている訳ではなかった。
自身の心も納得してはいない。
……ウォーレンが叩き込んだ合理性だけが彼の中で撤退すべきだと叫んでいる。
ギルベルとアリストは目を交わす。
揺れる心を現すようにギルベルの瞳には迷いが、それを覗き込むアリストの瞳には決意の色が浮かぶ。
「この戦いの結末を見たいんだ。……私にとってはこの戦いにはそれだけの価値がある」
(……そう、命をかける程の価値がある。――安い見物料だ)
それは強い言葉だった。
愚かで、脆く、そして……美しい。
この女ともう少し話しておけば良かったと、ギルベルは柄にもなく思った。
限界の状態で晒されるのはその人間の本性。
アリストの中に垣間見えるのは、まるで気高い戦士のような気質。
ただ、己の選択に殉じる。そこに損得勘定はない。
ギルベルはアリストに返す言葉なく自身の身を起こす。至る所に傷は残ったままだが、人を一人担いで動ける程度には回復していた。
自身の迷いを振り切るかのようにギルベルは大剣を地面に突き刺し、意識のないコスモの下へと向かう。
「……ウォーレンが生き残ったら、死ぬ気で連れてこいよ? 俺はあいつにまだ勝ってねぇんだからな。勝ち逃げされるのはゴメンだぜ」
「分かった。……約束しよう」
それは、おそらくは叶う事のない約束。
――虎族の戦士は、意識の無い魔術師を抱え、戦線を離れた。
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ウォーレンと死者の王との戦いは、ギルベルとコスモが戦線を離れた後も続く。
繰り広げられる幻想的とも、破滅的とも言える戦いは、アリストにとっては英雄譚で歌われる戦いとなんら変わらぬ憧憬の対象だった。
(……英雄譚?)
そこで、アリストは初めてこの戦いの構図に違和感を感じた。
多くの英雄譚で描かれるのは光の勇者と闇の魔王の対決。
……今、目の前で闇に抗っているウォーレンの魔術は、光ではなく……どれも火を中心としたものだった。
対象はアンデッドのため、火の魔術も選択としては悪くはない。
しかし、やはり最善手は光の属性の魔術と言える。
ウォーレンのここまでの戦いを見る限り、彼には得意属性や苦手属性といった概念が"ない"。
だから、効率を重視するのであれば、彼は光属性の魔術を中心に戦うべきなのだ。
……アリストの胸の奥がざわつく。
(この戦いに、もしも意味があるのであれば、それは……)
戦いの最中、いやそれよりも少し前から、ウォーレンは魔術師としてのアリストについて考えていた。
彼女が自身の魔術に影響を受けている事はなんとなく分かっていた。
自分が常に一番を走っていた彼女にとって稀有な存在である事もまた認知していた。
しかし、彼女の特性はウォーレンと真逆にある。
本来であれば、彼女の才はアリエッタのような火力を持った魔術師が開花させるべきもの。
魔術を学ぶその根源理由がウォーレンのような補助魔術師である事は彼女にとってあまり良いとは言えない。
今ま大してウォーレンにとってはあまり接点のない彼女であったが、迷宮での彼女の戦いぶりを見てウォーレンは少しずつ自身の感情を理解する。
(きっと加速度的に成長する彼女の行く末を見てみたいんでしょうね)
それは、同年代の人間に向けるには傲慢な考えかもしれない。
だが、捨て去るにはどこか惜しいような気がした。
死者の王との戦いで、ウォーレンはあえて火の魔術を中心に行使する。
(自己満足でも良いのではないでしょうか?)
彼の師を模した圧倒的な火力に頼った戦いの運び方を演じる。
(もし、そこに何かしらの意味を見出す事が出来るのならば……)
彼はまだ見ぬ彼女の未来に願いを込めた。
――想いが交錯する。
媒介となるのは言葉なき魔術。
それは彼がこの学園に来てから踏み出した最初の一歩。
些細だが、確かな一歩だった。
たった一人の観客のために演じられた舞台は終幕へと向かう。
終わりの時はゆっくりと近づき、そして唐突に訪れる。
その様はまるで砂時計の最後の砂が滑り落ちるかのよう。
ウォーレンの最後の魔術は、魔力最適値にすら足らない魔力量で打ち出された。
暴発こそしなかったものの、満足のいく事象は発生しない。
それは死者の王の闇の魔術を相殺する力もなく、あっさりと霧散する。
魔力をほとんど使い切り、魔力欠乏に近い状態に陥ったウォーレンは抵抗なく、その闇に飲まれる。
(……ここまでですね)
――その思考を最後にウォーレンの意識は深い闇の中に落ちた。
主人公は倒れてしまいました。
残るはアリスト、唯一人。
RPGで言えば、全滅する1ターン前でしょうか……。
この先、どうしましょうねぇ(遠い目)。




