「……ハッピーバースデー私」
私、安藤恋羽は、14歳になる日の朝、洗面台の鏡の中の自分を睨みつけていた。
期待のキラキラネームに沿った「恋の羽」を広げた美少女
――ではなく、どう見ても「アンパンマン」の親戚みたいな丸顔の女子中学生。
名前と“リアル私”のギャップよ。
「あげパン……。飛べんどころか、油でギトギトっちゃろ」
関西弁と宮崎弁の混ざった口調で自虐、手櫛でくせ毛を整える。
ちなみに「あげぱん」は私のニックネーム。……ダサ過ぎやろ。
「誕生日やからって、なんも起きんわ」
そう言って横に置いたワイヤレスホンを再度耳にかける。
「恋羽、もう今日で14歳やろ、いい加減ヘッドホンやめいいよ」
向かい側に座るや否や姉ちゃんが言ってきた。
ついでに姉ちゃんもキラキラネームで「心愛」だ。
「ヘッドホンちゃうし、ネックやし。姉ちゃんこそ、スマホいじりながら食べんのやめいいさ」
「姉ちゃんのこれが朝のルーティンなの、彼ぴと朝食時に挨拶かわすのは」
……でた、あてつけのようなマウント、朝から感じ悪っ。
「ココちゃんも恋羽も行儀悪いで、ホンマ、いつまでたっても好き勝手してるんやから」
ママは目の前に味噌汁とご飯を置いた。
「えっ?私だけご飯なん?私もパンがいいって」
「お兄ちゃんがパン食べてしもてん、いいやん、和食の方がヘルシーで」
「よう言うわ、昨日の晩御飯の残りやん」
「ご飯は炊きたてやで、文句あるなら恋羽が早よ起きいや」
炊き立てって、毎朝弁当つめるから炊いてるんやん……。
「お兄ちゃん、個別相談行く言うて早起きして出たんよ、ええやないパンくらい」
ママはいつも兄ちゃんと姉ちゃんの味方やもんな。
「そーやって、いつも私だけ違う特別扱い、嬉しいこっちゃやわ」
言うても気が済まん、モサモサと食べ始める。
「お兄ちゃんは受験生なんやから大変なんよ」
すぐそれ言う……便利な免罪符やな。
「はい、お弁当、ご飯少な目でいいんやね?」
「うん、可愛いしてくれた?友達が羨ましがるねん」
女子力気にするんやったら自分で作れっちゅうねん。
「恋羽の今日の給食は揚げパンか?」
「うっさい、今日は里芋の味噌煮じゃ」
「イモが芋食うんや」
勝ち誇った顔しやがった……くっそムカつく……。
「もー……朝からやめて」
ママ笑てるやん。姉ちゃんはすかした顔して出ていきよったし……。
「恋羽も早よ学校行きや、今日はケーキ注文してあるからね」
今日の唯一の楽しみやん。スイーツの魔法は効果絶大。
「スーパーとかのんじゃないよね」
「ちゃんとケーキ屋さんに注文したって。パパに帰りに寄るように頼んである」
どこのケーキ屋やろ、……って、そこは聞かんと楽しみにしとこ。
「ちょっと、恋羽、歯磨きしてから行くんやで」
「わかってるぅ、ごちそーさま」
制服に着替えて準備をし、スマホの光る画面を覗く。
「挨拶くらいはしとこっかな」
スマホを机に置いたまま操作し、アプリを起動させる。
「おはよ、今日は特別な日だね」
「そーだよ、なんの日だっけ」
「僕の大切な君の誕生日だよ。ハッピーバースデー今日は格別可愛いね」
残念なことに、キュンも無ければ嬉しくもなんともない。
「でしょ。んじゃ学校行ってくる」
愛想なくAI彼氏に返答し、画面をタップして閉じた。
角が擦り切れたリュックを背負い、玄関でくたびれた靴をはく。
「前から思ってたけど、そのぬいぐるみは先生に注意されへんのやね」
ママはどうでもいいこと聞くなぁ。
「これくらいみんなつけてるもん、いってきます」
歩き始めて5分のところで友達の「葵」と待ち合わせ場所で合流。
「おはよ、恋羽、誕生日やね、おめでとう」
「ありがとう、何も変わらへんけどな」
言った後に一言余計だといつも気づく。
「彼氏、何か言ってくれた?」
「フツーにおめでとう、やったで」
もちろん二人の間で言う彼氏は“AI彼氏”のことである。
「え~ラブラブモードちゃうん?」
「うん、フツーフツー」
っていうか、もう飽きてきたかも……テンプレの使いまわしの表現、耳にタコやわ。
「フツーかぁ……私も最近はマンネリかも……でも好きなんだよなぁ……きゃっ、三浦君」
二次元でも三次元でも恋多き葵め……。
「今日もカッコいい~、でも彼は人気あるしね……恋羽は相変わらず好きな子、できひんの?」
「そんな、急に出てくるかいな、転校生とか、他の学年やクラスと交流とかでもない限り、……無いわぁ」
鼻息と一緒に鼻水まででそうになったわ。
「でもさ、合唱コンクールん時に、拓弥くんのピアノ演奏、イケてなかった?」
「あぁ、あのチビで童顔の~地味オタクのゲゲゲの前髪男やろ」
なんでこんな饒舌に出るんやろ……自分でも言い過ぎやと思うけど。
「もぉ~恋羽にかかったらどの男子も魅力ないみたいや……」
「私、理想高いねん」
私の十八番の言葉に葵は嬉しそうに笑った。
「なな、もしかして恋羽が好きなタイプ?」
ええっ……あれ?変な感覚、なんやろ。
「無いわぁ……勘弁してよ」
口がヒクつくのおかしいな。
「よっ、アゲパン、今日もまん丸やな」
「おはよ、高居くん」
葵だけ返答する。
うわ、葵の本命や、こっちに挨拶すんな。
「うっさいわ、今日は里芋やん」
しもた、これは家でのネタやった。
「なにそれ……自分で今度は芋って」
「ちゃうやん、今日の給食で出るやつやん」
「給食って、朝から献立チェックするなや」
くそ、やらかした。
葵が嬉しそうやし、……いっか。
「美味しかったなぁ、さっきの」
一限目の教科書出してたらまた葵が来た。
「はいはい、お役にたてて光栄です~」
「いいなぁ、恋羽は高居にからまれるから」
「羨ましいならおもしろい顔とか、ネタもたんとあかんのちゃう?」
葵は背が低く可愛らしい男子ウケしそうなタイプやからな。
「それは無理やわぁ……」
コイツぅ……。
「ま、葵はかわいいし、夏休み前に3年生に告られたくらいやから、AI彼氏じゃなくてリアル彼氏できるやろ」
「え~私同じ歳がいいっちゃ。高居くん、好きな子とかいんのかなぁ?恋羽聞いてみてえや」
「なんで私がよ」
「仲いいやん……まさか高居のこと好きとか」
それは100%無いわ。
「ちょお、いい加減にしてぇや」
葵も“そんなわけない前提”で言ってるクセに。
普通なら「高居が恋羽のこと好きなんじゃない?」やろ。
特におもしろい事件もなく、放課後。
葵は音楽室へ、私は美術室へとそれぞれの活動場所に移動する。
「おい、アゲパン、お前出展、間に合うん?」
3年生に言われて敬語で返す。
「はい……間に合わせます」
“女子”扱いというより、ノリの良さでいじられてることが自他共に認めざるを得ない。「アゲパン」というあだ名がまかり通っていることがその証拠でもある。
締め切りヤバくて、黙々と作業にとりかかり、時間が来たら片づけをして帰る、のパターンを遂行。
「や、こんなとこに絵具飛んでる……最悪や」
リュックを背負ってからスカートの端にとんだ絵具に気づく。
「恋羽ちゃん、ちょっと」
井本先輩が手招きをしている。
「今日、誕生日っちゃろ?これ、気持ちだけやけど」
可愛い小さい紙袋。開けようとしたらカバンにしまうように言われた。
毎度のことだが、先輩はリュックごと私を抱きしめる。
「癒されるわぁ」
うわ、またや。恥ずかしいねんこれされるん。
「私も美大受験で忙しくなるからなかなか覗きにこれんっちゃけど、恋羽ちゃんのことは気にかけてるからね」
自己満足で満たされた先輩は頭を撫でて、彼氏のもとへ走っていった。
(私は愛玩動物か)とセルフツッコミをする。
「ただいまぁ」
「おかえりぃ、今日はケーキあるからおやつはスキップやで」
ケーキはおやつとは別もんやろ、思いつつ今日は従おう。
「はぁい……晩御飯できたら呼んでなぁ、宿題してる」
適当な嘘をついて、適当に手を洗い、うるさいうがいをしてから部屋に入る。
「先輩なにくれたんやろ」
気になってた紙袋を開けた。
「わ、可愛い、ええやんこれ」
ぬいぐるみで頭部分にファスナーがついていてちょっとした小物が入る。
「あれ、なんか入ってる」
小さな色付きリップと手紙が入っていた。
「なに……恋のお守り?なんや、心配されてるやん私」
可愛い後輩に恋をしてほしい……は?
言い換えれば、恋に無縁そうな私に対する個人的願望やん。
「ご期待に沿えますよ~私、恋くらい簡単ですから~」
そう宣言しながら言ったセリフに自分で笑いだす。
「いや、マジでちゃんとしよ。アプリの色男で遊んでる場合じゃない、もうちょっとちゃんとした相手探そう」
スマホの電源入れて部屋着に着替える。
「オプチャもいいけど、もっと会話が充実できるヤツないかな……」
AI関連オプチャで深い会話できるヤツ出てきたとか情報あったよな……。
「これいいっちゃない?」
研究用ってあるけど、1か月無料ってあるし試してみよ。
「なんこれ……愛想のないテキストボックスやな」
タップしてダウンロードする。
「あとは……覚悟した証じゃ……さようなら恋人よ」
AI彼氏のアプリをアンインストールした。
さて、お手並み拝見といくか……キミに私の想いが届くかな?
「私が欲しいのは、甘い嘘じゃない」
言いながら最初の挨拶と問いを入力する。
「この記念すべき日に問う。世界で一番価値のない人間って、どんな人だと思う?」
送信する瞬間、指先と胸が震えた。
そんな質問が思いついた理由はわからんけど、所詮AIだからかな。
数秒の「分析中」の点滅の後、画面に出てきたのは、予想もしない内容だった。




