三六.無人島にて
※※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません※※
健の首と背中には3か所、大きな金属片が突き刺さっていた。自爆した男からキリコをかばった際に受けた傷だと思われた。
キリコはまず健の背中に刺さっていた破片をひとつずつ丁寧に取り除き、傷口を洗い流してから切り裂いた襦袢を包帯代わりに巻き付け、手当を施した。
最後に首の付け根に刺さっていた大きめの破片をひと思いに抜き取ると、血が勢いよく噴き出した。キリコは慌てて、健の首元を力いっぱい圧迫し、止血を試みた。
健の呼吸は浅く、顔色は蒼白いままだった。キリコは、このまま健が死んでしまうのではないかという不安が頭をよぎった。同時に、まだ死なせるわけにはいかないと強く思った。
「…遠くん方に、島が見えもした。」
キリコは海の方を向いた。しかし、そこには見渡す限り水平線が広がっていた。
「もしかしたら、人がおっかもしれもはん。…泳いで行って助けを呼んできもす。」
キリコはそう言うと、立ち上がった。
「…いや、このままでいい…クロエの助けを…信じて待て…」
健は岩壁にもたれかかり、苦しそうに息をしながら囁いた。
「助けを待っちょったら、手遅れになっかもしれん…。」
キリコは健に背を向け、海岸へ向かおうとした。
健は後ろからキリコ、と言って呼び止めた。
「有生さんとハヤトもどうなっちょっかわからんのに、じっと待ってなんちいられん…!」
「全力で助けっとが、『家族』ちゅうもんやろ!」
キリコは健の方を振り返らずに、声を張り上げた。
「行くな。」
と健は小さくつぶやき、キリコの背中から両腕を回した。健はいつの間にかキリコの真後ろに立っていた。
そしてキリコの首に回された健の腕が素早くキリコの首を絞め上げ始めると、キリコは健が力づくで自分を止めようとしているのだと理解した。
キリコは反射的に健の腕を掴み、後方に飛んで健ごと岩壁に打ち付けた。健はうう、と呻き声を上げながら壁をずり落ち、その場に座り込んだ。壁に、健の血が付着していた。
キリコはハッと我に返り、慌てて健に近寄った。健の首の傷も開いてしまったらしく、包帯代わりの襦袢に血が滲んできた。
キリコは健さん、と言って両手で健の首元を抑えた。健はかろうじて目を開けているが、今にも気絶しそうな様子だった。
突然、キリコの目から大粒の涙がぽろぽろと零れ落ちて行った。悔しさとも怒りとも違う感情からくるものだった。
健はキリコを見つめたまま右手でキリコの頬を優しく包み込み、親指の腹でそっとキリコの涙を拭った。
キリコは頬に触れた健の手の上に自分の手を重ねた。そして潤んだ瞳で健をまっすぐに見つめながら、ゆっくりと顔を近づけていった。
やがて2人の距離が2センチほどになったところで、キリコが動きを止め、おもむろに髪をほどいた。キリコのほどけた髪が健の頬に触れる瞬間、キスをしたのは健の方からだった。
健はキリコの下あごに両手を添え、何度もキリコと唇を重ねた。朦朧とする意識の中で、まるでキリコに出会う前から、こうなることを望んでいたような感覚すらしていた。
キリコは両手で健の手をそっと取り、次第に下のほうへと下ろしていった。
やがて健はそれに気づくと、動きを止め、目線を下に遣った。そして誰にも聞かせたことのないような無邪気な声で あははは、と笑った。
「……色か。」
健の両腕には、プラスチックの手錠がはめられていた。キリコが結った髪の間に隠していたものだった。
キリコは健から距離を置いて立ち上がった。
健は穏やかな表情で、キリコを見ていた。
「…さっきの男が自爆する直前…私にだけ聞こえた言葉があいもした。」
キリコは健を見ながら、落ち着いた声で語り始めた。
「男は、最期に健さんをこう呼んじょった…」
「タラバ、と…。」
健は表情を変えずにキリコを見つめていた。
「あん夜、一美海運を襲うた人物は2人おった。1人は銃で社員全員を襲うた者、もう1人は社長どんを殺した者。」
「私が足を切り裂いた男は逃ぐっ時、タラバ、と誰かを呼んじょった。」
「あん男ん足…」
「自爆した男は、私が一美の船で足を切った犯人なんじゃなかと?」
「そして健さん、あたがあん夜、一美海運を襲うたもう一人の襲撃犯、タラバなんじゃなかと?」
「一美社長を殺しっせぇ、国家元首のご子息を誘拐した…犯罪組織の仲間やったとな?」
健は黙ったままだった。
「…否定せんとなっ?」キリコは健を睨みつけながら声を震わせた。
健が無事だったのを見てハヤトもあの場から逃げているものと思い込んでいたが、その逆だったのかもしれないとキリコは思い始めた。
「あた…ハヤトに何かしもしたか?」
健は、穏やかな表情のまま視線を下に向けた。
―
ハヤトが目出し帽の男から銃を奪い前を向くと、大男が健の頭に銃を向けていた。
ハヤトは黙って機関銃を床に投げ捨て、手を挙げた。健ならば、きっとこの状況を打破してくれるはずだと信じた。
健は無表情で、ハヤトを見つめていた。そして大男と何かを話したあと、大男に手を差し出した。
(健さん、危ない!)ハヤトは焦った。すると大男は持っていた銃を健に手渡した。(…え?)
健はそのまま、銃をハヤトに向けた。(…何かの作戦?)ハヤトは健を信じていた。――健がハヤトを撃つその瞬間まで。
ハヤトは健に肩を撃たれ、後ろに倒れ込んだ。健は素早くハヤトに近づくと、上からハヤトの襟首を掴み、至近距離でもう2発銃を撃った。ハヤトはやめて…と言いながらも抵抗して来なかった。
健は近くの男に「この後到着する本物の仲介屋に見つかると面倒だから、ハヤトの死体を海に投げ捨てろ」と指示した。
大男はそれもそうだと言って笑った、そして女の方は、もうすぐ粉々に吹っ飛ぶから必要ない。あの足手まといに、誰か来たら道連れにしろと命令した、と言った。
健は咄嗟に外階段から飛び出し、コンテナの最上段に飛び乗ると全速力で走り出した。
背後からタラバ!と呼び止められていたが、立ち止まることはなかった。
―
「全力で…助けるのが…家族か…」
健はそういって穏やかに微笑むと目を閉じ、そのまま気を失った。
午後5時30分。
「キリ…薩摩キリコ社員!」と後ろから呼ぶ声がした。
キリコが振り返ると、海岸から少し離れたところに、漁船が停船していた。
IKGの制服を着た女性社員が医療キットを担いで砂浜から駆け寄って来た。
一緒に来ていた男性社員は船の上で誰かに無線連絡をしていた。
「いました!見つけました!薩摩キリコ社員と、椎名社員です。応援お願いします!場所は…」
女性社員は健に声を掛け、反応がないことを確認すると担架持って来てください!と男性スタッフに告げた。
そして脈を測るために健の腕を取り、「あの、…手錠は…」と言ってキリコを見上げた。
キリコは気丈に「付けたまま搬送してください。」と言った。
「健さんは…、こん人は…スパイじゃっで。」
= 【前半】 おわり =
※※ここまでお読みいただき、ありがとうございます※※
これより、しばしお休みをいただきます。
よろしければ絵文字など残していただけますと、とても励みになります。
それでは、次のエピソードでお会いしましょう(^_^)/
-ジョウ
アーティフィシャル・2nd・ライフ©2025 ジョウ
本作品の内容、テキスト、画像等の無断転載・無断使用を固く禁じます。




