二八.大塚 珀阿
※※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません※※
翌日。珂糸の呼びかけにより、昨晩と同じメンバーがクロエのラボに集められた。
クロエは襟元が大きく開いた水色のサテンシャツにサーモンピンクのコットンパンツの装いでデスクチェアに座り、作業テーブルの上に頬杖を突いていた。
ソファーにはハンドウと有生、それからハヤトが腰をかけ、その隣に健とキリコが立っていた。
「たびたびのお呼び出しですみません。こちら、急ごしらえで作戦を練ってみましたが…」
珂糸が話し始めると、アスカが集合時間ギリギリにラボへ入って来た。
アスカはドアの入り口で後ろを振り返り「あ、入りますか?」と外で待っていたらしき者へ声を掛けた。
「入ってもらってください。」珂糸が答えた。
すると失礼します、と言って長身で細身の男が姿を現した。男はカールがかった天然パーマの黒髪を無造作に耳まで伸ばし、度の強そうなメガネ、チェックのシャツにジーパンと、見るからに地味な恰好をしていた。
クロエは頬杖をついたまま男を一瞥し(…相変わらず、パッとしないわね。)と思った。
「公安で、ダークウェブ犯罪の監視をしてくれている大塚 珀阿君です。今回、特別に協力してくれることになりました。」
珂糸に紹介されると大塚は頬を赤らめ、「あ、ど、どうも、大塚です。」といって誰とも目を合わさずに頭を下げた。
社員たちも会釈を返した。キリコが大きな声で「よろしゅうたのみあげもす!」と叫ぶと、大塚は驚いてビクッと身体を揺らした。わぁ繊細な人だ、と思った有生はどことなく親近感を覚えた。
「早速説明に入りましょう。クロエさん、ネットワークをお借りしても?」
珂糸がクロエの名前を呼ぶと大塚はハッとしたように顔を上げ、目の前のクロエを見るなりさらにのぼせたように顔を赤くした。
クロエは無表情で、頬杖をついていた手を反転させて対面の席に用意されているキーボードを指した。
大塚は「天城さん…お、お久しぶり、です。」とクロエに小さく声を掛けながらぎこちなく席に着いた。
クロエはどうも、と素っ気なく返した。
大塚のパソコンモニターは共有され、ラボ中央のスクリーンにも表示されていた。
キーボードに向かった大塚は、額を覆うように左の手のひらを広げ親指と中指の腹でメガネの両端をきゅっと持ち上げた。そして入室から着席するまでのおどおどした態度から180度人が変わったように、目にもとまらぬ速さで文字を打ち始めた。
画面は真っ黒の背景に記号のような白い文字が羅列していた。さらにウィンドウがいくつも開くと、大塚は淀みなくそれぞれに文字を入力していった。
やがてモニターを見ていたクロエが口を開いた。
「ちょっとぉ…珀阿。あんたどこにハッキングしようとしてんの?」
大塚は手を止めることなく「あ…はい、自分の…作業用パソコンです…」と答えた。
「驚かせてすみません、資料を持ち出すのに正規の手続きを踏むと時間がかかりまして。」
珂糸が付け加えた。
「あっそう。…でも、それ、IKGのシステムからですけど?」
クロエがさも意味ありげに珂糸を見つめた。珂糸はすみません、と再び謝った。
健はその様子を鋭い目つきで眺めていた。ハヤトは一瞬、健が怒っているようにも見え、ハラハラした気持ちになった。
やがてモニターはよくあるパソコンのデスクトップ画面に切り替わった。
デスクトップ背景に設定されている、どこかの温泉宿で撮影したらしき浴衣姿の老夫婦と大塚の家族写真が画面いっぱいに映し出されると、ハヤトはこの緊迫した状況とほっこりプライベート写真のギャップに吹き出しそうになった。
大塚はそんな空気を一切気にする様子もなく、ファイルを開きながら説明を始めた。
「わたしが監視しているオークションサイトはいくつかあるのですが…とある社会主義国が運営元となりアジア圏の取引をメインに扱う…ある意味信用できる闇サイトで…それらしきものを…見つけました。」
大塚は白い背景に青い英語の文字で件名、短い説明、現在の価格、入札数が一覧表示されているサイトを開き、リスト中段にあるタイトルをポインターで指した。
「件名、ロットリザード…これは隠語で娼婦の人身売買、という意味です。…借金などのカタに身柄を拘束された女性たちが6名、と説明には書いてあるのですが…1つ目の根拠としては近日中に日本の近海で取引が行われるものは…これだけということ。」
「そして2つ目の根拠は、…入札申し込み画面を開こうとすると…パスワードを求められます。これはブローカーの承認を得ないと参加できない、ということで…」
「IKGさんが入手したというコンテナ番号を入力してみると…」
大塚はパスワード入力画面で何も参照せずに、暗記していたコンテナ番号を素早く入力しエンターを押した。するとページが読み込まれた。
「見事に認証できました。」
なんと!とキリコは思わず口にし、「あや、これんパスワードやったか!」と言って隣にいる健を見た。
健は表情を変えず、無言で頷き返した。
「これを落札してしまえば被害者たちを救出することが可能かと思います。問題はここからで…どうやって怪しまれずに入札するか、ですが…」
大塚が説明を続けた。
「このサイトでたびたびホステス用の人材買付けを行っていた…『御門塚屋』という犯罪組織が九州にあります。…代表の御門塚が認知症を患ったため、数年前からその娘の久子が代理で御頭を務めていたのですが、…ここ最近は代表の容体が悪化し、活動を休止しています。」
大塚はパソコンのフォトデータを開いた。
立派な日本家屋の和風門をバックに羽織袴を着た車いすの高齢男性と、和服姿の30代くらいに見える長身の女性が並んで写っている写真だった。
「さ、薩摩…キリコ社員」
大塚に名前を呼ばれ、キリコは はい!と大きく返事をした。大塚は背中を丸めながらキリコを横目でチラリと見るとまた頬を赤らめ、すぐに視線を逸らした。
「…が、ちょうど背格好の似ている久子氏になりすまして落札し、取引現場へ潜入することが出来るかと…思われます。」
「なっほど!わかりもした!」キリコは威勢よく答えた。
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