二九.家族写真
※※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません※※
「この取引は貨物船上で行われます。……入札者は落札したあと貨物船に乗船し、仲介屋へ仮想通貨による支払いを行い、その場で着金が確認されたら取引成立となります」
珀阿が説明したところで、ハンドウが手を挙げた。
「被害者たちの身柄は、どのように引き渡されるのですか?」
珀阿はハンドウをチラリと見てすぐに目を逸らし、頬を赤らめた。
「貨物船は横浜を出航してのち大阪、九州を寄港し、最終目的地はフィリピンとなっています。……フィリピンに海外拠点やブローカーのツテを持つ組織は商品を終点で引き取りますが、それ以外は……国外を出たあと公海上で引き渡されます」
「3年前に御門塚屋による同様の取引があった際、被害者たちはゴムボートで海に出され、その後……日本から迎えの船が来ていたのを衛星写真で確認しました」
「一美海運の船ね」クロエが口を開いた。
「それで、今回はどうやって被害者たちを救い出すの?まさか貨物船ごと乗っ取って日本に連れて帰るわけじゃないでしょ?」
クロエに話しかけられた大塚は目をぱちぱちと激しく瞬かせ、「あ、そ、そ、それは……」と言葉に詰まったように顔を赤らめた。
「送金をしたという体で取引を成立させたのち、公海上で引き渡しを行ってもらおうかと思っています」
珂糸が横から答えた。
「彼らは海の上で取引を行います。つまり、衛星通信でネットワークを得るわけですが……」
「電波をジャックするってこと?」クロエが素早く突っ込んだ。
「……仮想ネットワークを用意します。ただし……このトリックは、もって5分程度です」
珂糸はそう答えると上目遣いでクロエを見つめた。
「つまりはあたしのラボから、珀阿が国際犯罪級のハッキングを仕掛けて仲介屋を出し抜くってことね」
クロエは珂糸の目を見つめ返しながら注意深く発言した。
「仰る通りです」と珂糸が答えた。大塚はクロエと珂糸の間で固まったように動きを止めていた。
「南武取締役」
健が声を上げた。
「この作戦は、安全面においてリスクが高すぎる気がします。途中で工作に気付かれた場合、被害者たちを争いに巻き込みかねないのでは」
「……リスクを承知で、お願いしています」
珂糸は真剣な表情で答えた。
「となれば我々は手段を択ばずに作戦を遂行せざるを得なくなります。……そうなる前に、本作戦で生じる損害は一切不問に付すと、公安として約束してもらえませんか。あなた方の作戦だが、実行するのは我々です。万が一社員やクロエに責任が及ぶようなことになれば、IKGにとって大きな痛手になる」
健はめずらしく饒舌なうえに、心なしか挑発的だった。
(あら、いつになくおしゃべりね。)クロエは健を見て思った。
「わかりました……努力しましょう」
珂糸はそう答えるのが精一杯というふうに見えた。そして
「交渉事は、成功を前提にするものだ。……期待していますよ、椎名社員」
と発破をかけるように言い返した。双方の間に、わずかながら不穏な空気が漂っていた。
「健、珀阿は私よりちょっとだけマシな腕をしてるから、ま、大丈夫よ」
なだめるようにクロエが言うと、クロエに褒められた大塚はぴくりと身体を動かし、耳まで顔を赤く染めていた。
「本作戦の目的は人身売買の被害者たちを保護し日本へ連れ戻すこと、決行は明後日、貨物船が寄港する北九州の門司港から乗船するものとします。後ほど作戦の概要を個別にお送りしておきます」
珂糸が以上ですと言って、その場は解散となった。
社員たちが退室すると、珂糸はハンドウと予算の打ち合わせがあるから後を頼む、と告げて出て行った。ラボでは大塚が引き続き作業テーブルに向かいオークションの入札を行っていた。
「お茶でも入れるわね」
クロエが席を立った。大塚は少し顔を上げてクロエの後ろ姿を見るとまたしても赤面し、慌てて視線をキーボードに戻した。
「それにしても、お久しぶりね。あなたが最終選考で私を蹴落として公安に採用されたとき以来だから……7年ぶりくらい?」
クロエの言葉に反応し、大塚の手が一瞬止まった。
「いやだ、もう気にしてないわよ、あなた公安で働くのが夢だってあの夜話してたじゃない……」
クロエは大塚の席まで近づくと、ハーブティーの入ったグラスを置いた。
「……珀阿は夢を叶えたのね」
大塚は目を合わせないままいただきます、と頭を下げ、震える手でグラスを取り一口飲んだ。
「あ……あなただって……立派な研究室があるじゃないですか……」
大塚は赤面しながらラボを見回した。
「ああ、これは私の夢なんかじゃないわよぉ」
クロエはそう言いながら大塚のすぐ横でよいしょ、といってデスクに腰を載せて座った。
「私の夢はね、いつか人間を雌雄同体にして、男も女も関係なく愛し合えるようにすることよ」
クロエはテーブルの表面を撫でるように左手をそっと動かし、大塚の左手の上にゆっくりと手を重ねた。大塚は急速に身体を強張らせ、これ以上ないほどまでに顔を紅潮させた。
「でも実現まで……もう少し時間がかかりそうね」
うふふとクロエが笑うと、大塚はいよいよ緊張がピークに達したのか呼吸を大きく乱し、茹でダコのように顔を真っ赤に膨らませながら、今にも泣きだしそうな表情でクロエを見上げた。
(あら、卒倒しちゃいそうね、この子。)とクロエは思った。
―――とそのとき、大塚の中で何かが弾き割れた。
大塚は鼻息を荒くしながら震える手でグラスのハーブティーを一気に喉に流し込むと、コップをテーブルにたたきつけ、勢いよく立ち上がった。
そしてテーブルに座るクロエに吸い寄せられるように近づき、クロエの襟首を掴んで力まかせに引き寄せながら、衝動の赴くままクロエの唇に自分の唇を押し当てた。
クロエは大塚の頬を両手で抑え込むようにして、荒々しいキスを受容れた。そして(相変わらず不器用ね。そして、……下手くそ!)と思った。
(でも、そういうところ、嫌いじゃないわ。)
—
クロエはロフトの階段を下り、ラボに来た。
ロフトの仮眠用ベッドには、睡眠薬を盛られぐっすりと眠る珀阿の姿があった。
クロエは作業テーブルの上にある先ほどまで珀阿が使っていたキーボードを操作し、とあるシステムを起動させた。するとキーボードの入力履歴が細部にわたり、全て再現されていった。
「さてと。……カリスマジェンジーとは、一体誰なの?」
クロエはそうつぶやきながら、浴衣を着た老夫婦と珀阿の家族写真がスクリーンいっぱいに映し出されたデスクトップを操作し始めた。
アーティフィシャル・2nd・ライフ©2025
本作品の内容、テキスト、画像等の無断転載・無断使用を固く禁じます。




