【スピンオフ・恋愛編】Ⅷ.夜の海
*スピンオフは恋愛ストーリーのみ、アクションはありません。(本編の続きはスピンオフ・恋愛編のあとに順次掲載していく予定です)*
この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません
――小島に着いてから、まだ1時間も経っていないころだった。
アスカはあれ、と思った。日が翳りだすのが、予想していたよりも早いような気がした。
日が沈むとボートは出せなくなる。アスカは隣にぴったりくっついて座りながら途切れることなく話を続けるアリーに向かって「そろそろ帰ろうか」と切り出し、立ち上がった。
「アスカ先輩、もう日が暮れちゃいますよぉー」
アリーはほろ酔いの状態でアスカの腕を掴んだ。
「30分で戻れるなら、間に合うよね。」
アスカの言葉に、アリーは あー、それがー、と口ごもった。
「アスカ先輩寝ちゃってたんでぇ、言いそびれちゃったんですけど…島まで30分くらいかと思ったら、その3倍?くらい?時間かかっちゃってましたー。」アリーは笑って答えた。
「もう日が暮れちゃうんでぇ、今日はここに泊まりましょうよー。」
アリーはブルーシートに寝転がり、甘えるような視線をアスカに送った。
アスカは黙って、何かを考えている様子だった。そして10キロくらいか、とつぶやくと「悪い、俺、約束しちゃってるから行くよ」と言い、海岸に向かって歩き始めた。
アリーは慌てて後を追いながら、「ボートは一艘だけですよ?私を置いてくんですかぁー?」と訴えた。
「小辻さんは明日、船で帰ってきなよ。」
「あ、ついでにこれ運んでもらっていいっすか?」
アスカはそう言って靴とTシャツをその場で脱ぎ、ボートに投げ入れた。
「こっちにまっすぐでいいの?」アスカは来た方角を指し、真面目な顔でアリーに尋ねた。
「アスカ先輩、無茶ですよぉー」アリーは今にも泣きだしそうな顔になった。
「こっち?」と、いつになくアスカは無表情で聞き直した。アリーはアスカを怒らせてしまったかもしれないと思った。
「真っすぐです。西に約10キロ。」アリーはそう答えると、一気に酔いが覚めた気分になった。
アスカは「ありがとう、じゃあまた明日」と言い、海へ入って行った。
―
10キロは、まっすぐ進めば3時間かそこらで泳ぎ着ける距離だった。アスカは陽の光で景色が視認できるうちは、なるべく真っすぐなるように泳いだ。
海に入ってから30分くらい泳ぐと、遠くの方に無人島の影が確認できた。やがて日が暮れ、辺りはだんだんと暗闇に飲まれていった。アスカは月明りを頼りに、かすかに見える島の影を目指して進んだ。
日没が午後7時くらいだとすると、島に着くのは早くて夜の9時半頃、そこから波の影響でどれほど距離が出来ているかわからないが、海沿いを走れば凛のいるテントまで1時間以内には着くであろうと思った。
さすがにそんな時間に到着しても夕食には間に合わないはずなのに、どうしてこんなに慌てて駆けつけようとしているのか―――らしくなさに、自分でも可笑しくなった。
—
凛は、焚き火に薪をくべた。これが燃え尽きたら、もう待つのをやめようと思った。
昌磨とスカイは先にテントに戻り、就寝した。正確な時間は分からないが、深夜0時くらいの感覚だった。
――やがて凛は車いすに座ったまま、眠りに落ちた。
凛の意識は夢とまどろみの中間にあった。夢の中では、アスカが戻って来た。
アスカはなぜかIKGの制服を着ていた。ああそうか、アスカはウチの社員だったよな、と夢の中の凛は思った。だから、毎日会えるんだ、と思うと嬉しくなった。そして、言いたかった言葉を告げた。ほんのりと磯の香りがした。どこからか、昌磨の声も聞こえていた。――夢はここで終わった。
—
無人島に泳ぎ着いたアスカは、今いる場所は凛の野営地から岩山を挟んだ反対側あたりだろうと推測した。ここからだいたい島を半周、であれば約10キロの距離かと思い、砂浜を島の時計回り方向に走り出した。
40分ほど走って、ようやく彼らのテントに到着した。消えかけた焚火の前に凛の車いすが見えた。アスカが駆け寄ると、凛は車いすの上でぐっすりと寝ていた。アスカは凛の寝顔を見るとほっとしたような気分になると同時に、疲労感が一気に押し寄せた。
アスカ君、と小声で呼ばれ振り返ると、昌磨が自分のテントから顔を出していた。
「すみません、遅くなりました」アスカは小声で返した。
「いや、大丈夫だけど…君…泳いで来たのか?」
昌磨は裸足のうえに上半身裸でズボンごとびしょ濡れになっているアスカを驚いた様子で見つめた。
「あ、ハイ。ちょっと、いろいろありまして」アスカは笑った。
「俺の服を貸そう。そのままだと、蚊に食われちまう。」
そう言って、昌磨はいったんテントの中に入るとTシャツとビーチサンダルを持って外へ出て来た。アスカはあざっす、と言って受け取り、その場で着替えた。アスカの着たTシャツには、胸元にIKGと刺繍が入っていた。
「さっきまで起きてたんだが…起こそうか?」昌磨が凛を見ながら言った。アスカは「いや、いいっす。」と答え、「テントに、運んであげてもいいっすか?」と尋ねた。昌磨はありがとう、と頷いた。
アスカは凛をそっと抱きかかえて持ち上げ、テントまで運んだ。凛のテントはベンチの高さに床を上げた高床式になっていた。アスカは凛を寝袋の上にそっと下ろした。すると、凛は眠ったままアスカの腕を掴み、
「…おかえり」
と寝言のようにつぶやいた。
アスカは穏やかに笑うと、凛の手の上に自分の手を載せ、「ただいま。」と小さく答えた。
昌磨が焚火の前にあった車いすを凛のテント前まで運ぶと、テントの中では、凛から少しだけ距離を置いた位置で疲れ切ったアスカが倒れ込むようにして熟睡していた。凛は無意識に手を伸ばし、アスカの腕を掴んでいた。アスカもまた、凛の手の上に自分の手を重ねていた。
「両想いかよ…」
昌磨はつぶやいた。
アスカは早朝4時ころ、日の出とともに自分のテントへ帰って行った。
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