二二.南武 珂糸
※※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません※※
時刻は午前一時を過ぎていた。アスカ、キリコ、ハヤト、有生の4名はクロエのラボに集合し、その夜に起こった出来事を報告していた。
「ま、船を襲撃したのはプロでしょうね。…何より、こちらに犠牲が出なくて良かったわぁ。」
一通り報告を聞き終えたクロエがそう言うと、アスカは「…っすね。」と真剣な表情で頷いた。
「あん会社は、外国の勢力に狙われちょったとですか…。」
キリコは襲撃犯が逃げる際、耳馴染みのない外国の言葉を叫んでいたことを報告した。
「犯罪組織に抗争はつきものよ。襲撃犯を特定できるか分からないけれど、こちらはこちらで、入手した情報を追っていくしかないわね。」
「収集したデータは解析しておくわ。何か分かったら知らせるから、あんたたちは予定通り明日、合格祝いでも開いてなさい。」
クロエがそう言うと、ハヤトは笑顔で頷いた。
—
翌日、式呉島に唯一存在する居酒屋で、キリコとハヤトのささやかなエージェント試験合格祝いが開かれた。スカイの呼びかけによるものだった。
キリコとハヤトが店に到着すると、仕事を抜け出して来たクロエ、有生、すずらん、スカイ、そして久しぶりに健の姿があり、ハヤトは一気にテンションが上がった。海豚とハンドウは取引先との会食があるといって、欠席していた。
「スカイさん、皆さん、お忙し中こげん会を開催いただきましてあいがとごゎす。」
キリコとハヤトは深々と頭を下げた。「ユア・ウェルカム!」とスカイが笑った。
「そいにしても、健さん、いっとっ見らん間にマッチョになりもしたね。」
キリコは健の二の腕を軽く叩きながら言った。そういえば、とハヤトは思った。健は2週間前と比べ胸板と二の腕にだいぶ筋肉がつき、ひと回り肩幅が大きくなっているように見えた。
「あは!キリコさん、僕たちが要人警護するときは、通訳のフリしてます。だから毎日、会食で偉い人と同じもの食べるうちに、肉付きが良くなっちゃうんですよ!」スカイが明るく答えた。
「重いと動きづらいですから、健は明日からダイエット、サラダしか食べないよ!」
「なっほど、そげんこつやったか!」
スカイとキリコは健をそっちのけに盛り上がっていた。健は表情を変えずに会話を聞いていた。
ハヤトはさりげなく健の隣に座った。乾杯の直前、ちっす、と言ってアスカが店に入ってきた。
「二人とも、強かったよ!」
乾杯の発声の後、スカイが健に向かって言った。「いや、ボクは…」とハヤトが言いかけると、「っすよね。ハヤトさん、ムエタイの途中からめっちゃ腰の入ったいいパンチ打って来て…正直、痛かったっす。」とアスカが笑いながら会話に乗ってきた。そして「今度、スパーリングしましょうよ。」と言ってハヤトに笑顔を向けた。ハヤトは嬉しくなり、小刻みに何度も頷いた。
「見たよ。クロエが動画送って来た。」
健が答えると、ハヤトは自分たちのことを気にかけてくれていたんだ!と思い、天にも昇る気持ちになった。
「私が勝てたのは、健さん、有生さんとすずらん先生のおかげです。」
キリコが笑顔で3人を見回すと、「どういたしまして。」とすかさずクロエが答えた。一同はクロエのほうを見た。一瞬の間が空き、ハヤトが慌てて「そう、ボク達が合格出来たのは、クロエさんや皆さんのおかげなんです!」と付け足した。
「こちらこそ、キリコちゃんのおかげで色の生徒さん増えたのよ!この後も一人レッスンがあるの。」
すずらんはルンルンで返した。続けて「そうだ、お二人に、お祝いのお花渡してもいいかしら?」と言うと、テーブルの下から花束を二つ取り出し、キリコとハヤトそれぞれに渡した。有生はわぁ素敵、と目を輝かせながら花束を見つめた。
キリコには白のトルコ桔梗、ハヤトにはカラフルなガーベラだった。
「白いトルコ桔梗の花言葉は思い遣り、ガーベラは希望、よ。」
すずらんが言うと、ハヤトは満面の笑顔で礼を言った。キリコも「あいがとごゎす!」と笑顔で言った後、しばらく固まったまま花を見つめていた。
「…すずらん先生、なんじゃんそ、花が、話しかけてきちょっよな気がしもす…。」キリコがつぶやいた。
「ホステス時代、お店のお花はぜーんぶ、紅緒ちゃんがアレンジしてくれていたのよ。…花が好きだったからかしらね…」すずらんは言いながら、涙目になった。
――「紅緒の好きな花は、大きくて黄色い百合でしたよ。」
どこからか声が聞こえてきた。
一同は声の主を一斉に見た。そこには、見るからに高級そうなスーツを着こなした清潔感のある男性が立っていた。
(わぁ、仕事が出来そうなイケメンだ!)有生は男性を見て思った。
すずらんがあら、と驚いた表情になり、「珂糸さんじゃない?公安の…。」と口を開くと、クロエは即座に「公安?」と眉をひそめ反応した。
珂糸と呼ばれた男性は「どうもお久しぶりです。」とすずらんに頭を下げた。
「ご歓談中のところ失礼します、天城さんという方を探しておりまして。」珂糸に言われ、クロエは「なあに?」と無表情で答えた。
「初めまして。この度御社の社外取締役に就任しました、南武と申します。ご挨拶にと、参りました。」
珂糸は自己紹介していたが、その視線はキリコへ向けられていた。
(ああ、そういえばこないだの穴埋めで、新しい人が来るって言ってたわね)とクロエは思った。
「すずらんさんとキリコのお知り合い?」とクロエが尋ねると、すずらんが「紅緒ちゃんのお客様よ」と言うのと、珂糸が「紅緒の婚約者です」という声が重なった。
ハヤトは思わずぶっ!と、飲んでいた焼酎を噴き出した。その場にいた社員たちは、黙って会話を眺めていた。
「そうですか、おはんは紅緒どんと親しかったとですね。私は二周目の、薩摩キリコち申します。」キリコは笑顔で珂糸に言葉を掛けた。
「はい。あなたとは、今日が初めてですね。明日からよろしくお願いします。またすぐにお目にかかるかと思います。」
珂糸はキリコしか目に入っていないようだった。
「社外取締役は、四半期に一度の役員会に出るだけのはずですけど?…あなた、常勤するおつもり?」クロエが尋ねた。
「はい、そのつもりです。部屋をご用意いただきたいと願い出ましたら、天城CTOを通すようにと言われました。」珂糸は笑顔で答えた。
「また明日、改めさせていただきます。それでは、お邪魔しました。」
珂糸はスマートに話を切り上げ、出口へ向かった。社員達はおつかれさまです、と声を掛けた。
珂糸が店を出ると、すずらんは思わず「紅緒ちゃん、珂糸さんと婚約してたのね…。」とつぶやいた。
「どうかしらね。よくある、接客のプロ相手に本気になっちゃった客の一人なんじゃないの?」
クロエは携帯をいじりながらぶっきらぼうに言い放った。
「だって、黄色い百合の花言葉は、『偽り』って検索で出て来るわよ。」
クロエがそう言うと、スカイとハヤトは一斉に自分たちの携帯を手に取り、検索を始めた。
(わぁ、意味深だ!ホステスさんってすごい。)と有生は思った。
「そんなことよりも…」
(公安の人間が来るなんて、いったいどういう風の吹きまわしかしらね。…面倒なことにならないといいけど。)とクロエは思っていた。
※※ここまでお読みいただき、ありがとうございます。本エピソードのあと、(作者の気まぐれにより)アクションなし、恋愛ストーリーに特化した【スピンオフ・恋愛編】を何話か挟む予定です。引き続きお付き合いいただけましたら幸いです。(なおスピンオフのあと本編の続きを掲載します)※※
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