二十.潜入捜査
※※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません※※
キリコは一美に連れられ、屋外にあるフロントデッキ(船首)の階段から二階へ上がった。
二階のフロントデッキを通り、ドアを手前に引いてラグジュアリールームへ入ると、縦長の形をした部屋の右側には冷蔵庫とミニバー、左側にウォークインクローゼット、そしてここでも、クローゼットの隣に無造作に鉄パイプが立てかけられていた。
さらに3メートルほど進むとソファーとローテーブルがあり、その奥にはキングサイズのベッドが設置されていた。ベッドの先にはバスルームと、後部デッキへ出るドアがあった。
キリコはソファーに並んで腰かけ、ウィスキーの入ったグラスを隣に座る一美に差し出した。そして頭の中ですずらんの助言を思い出していた。
『キリコちゃん、ホステスっていうのはね、簡単に身体を触らせちゃだめよ。ましてやキスなんて、絶対しちゃだめ。唇は本当に好きな人のために取っておくくらいの気持ちでいなさいね。』
『相手をうまーくじらせながら、いかに触りたいなぁ、キスしたいなぁ、って思わせるかが肝心なのよ。』
(じゃっどん…すずらん先生…)
一美は一向に酒を受け取ろうとはしなかった。それどころか両手でキリコの腰を掴み、「早く始めよう、早く、早く」と落ち着きなく身体を揺らしていた。
キリコが作ったウィスキーには、睡眠薬が入っていた。これを飲ませられなかったら、次の行動に進みようがなかった。
キリコはどうしようかと悩んだ。すると、一美が耳元で「じゃあ…軽くぶって、軽くね。」と囁いた。
(ああ、そっち系の人でしたか。そいなあ、上手しことやれそうです)とキリコは思った。そして遠慮なく、右手で一美の頬を思いっきりビンタした。
バチーーンッ!と豪快な音がして一美は勢いよくソファーから転げ落ちたあと、そのまま床に座り込み、泣きそうな目でキリコを見上げた。
キリコはソファーに片足を載せ、左手で一美の顎を掴み上に持ち上げると、「あんた、私が作った酒が飲めないって言うのぉ?ほら飲ましてあげるから口開けなさいよ。」と人が変わったように一美を威圧した。(ちなみにこのとき参考にしたのはクロエの口調であった。)
一美は顔を赤らめ、何とも言えない恍惚とした表情になり、口を大きく開けた。
キリコは一美の顔の少し上方からグラスを傾け、ウィスキーを一美の喉に流し込んだ。
続けて、キリコがポーチの中から念のため持って来ていた手錠を取り出して見せると、一美の目はますます興奮したように輝きだした。
―
アスカは、一美海運の社員の隣で手に金色の短いストローのようなものを持たされ、テーブルの上に並べられた白い粉に向かっていた。
その場にいた6名の社員たちはアスカを睨みつけるように見つめていた。
アスカがストローを粉に近づけたそのとき、上階からドンッ!と激しく床を打ち付ける音がした。慌てて立ち上がり天井を見上げると、それを見た社員たちは一斉に笑い出した。
「あー兄ちゃん、大丈夫、大丈夫なの。いつものことだから。」と言われ、「そうなんすか…」と戸惑いがちにアスカが答えると、張り詰めていた空気が一気に和んだように感じられた。そして何人か立ち上がって「一服してくる」と言い、フロントデッキへ出て行った。
「兄ちゃん、普段はなに吸ってんの?」隣の社員がアスカに尋ねた。
アスカは笑いながら「あー俺、レゲエ好きなんで、もっぱらクサっす。」と軽い調子で答えた。
「クサかぁ…。あったかなぁ。おい、あったっけ?」社員が対面に座っていた部下らしき社員に声をかけた。
「あ、多分、倉庫にあるっす」尋ねられた社員が答えた。
「ん、じゃあちょっと取ってきてやって。」と男が言うと、部下らしき男はあはい、といって地下へ下りて行った。
―
クルーズ船二階のラグジュアリールームでは、キングサイズベッドの上で一美が豪快ないびきをかきながら寝ていた。その両手には手錠がかけられ、左右に設置してあるベッドサイドランプに繋がれていた。
キリコはクローゼットを開け、一美の上着ポケットを探った。中には、縦10センチ、横5センチほどの薄い手帳が収納されていた。手帳を開くと、頭のほうから何ページか破り取られた跡があり、残ったページは真っ白のように見えたが一か所にだけ、アルファベットと数字のコードのようなものが書かれていた。
キリコは首に着けたドロップ形のネックレスの位置を確認すると、まっすぐ構えてメモ帳を見た。ネックレスにはカメラが内臓されていた。キリコがネックレスの宝石部分を指でタップすると宝石の色が赤く2回点滅し、撮影が完了した。
情報を収集し終えるとキリコは上着の内ポケットにそっと手帳を戻した―――その時、一美ではない、別の誰かの気配を室内に感じた。
キリコは息を殺し、そのままクローゼットの中に身を隠した。すると今さっきまで聞こえていた一美のいびきがぱったりと止んだ。続けて、後部デッキへ続くドアがそっと閉まる音が聞こえた。
嫌な予感がしたキリコはクローゼットの扉をわずかに開け、ベッドの上の一美を見た。
一美は、ベッドの上で喉を掻き切られ血を流した状態で死んでいた。
アーティフィシャル・2nd・ライフ©2025 ジョウ
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