十二.エージェント試験
※※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません※※
「第二試合は薩摩ハヤト社員 対 宇良野アスカ社員、種目は徒手格闘です。」とアナウンスが流れた。
ハヤトとアスカはマットに立ち向き合った。筋肉質で引き締まった二人の体格はほぼ同等だった。
はじめ!という声があがるとアスカはすぐに顔の横で拳を造り右足を少し後ろに引いた構えで立った。
ハヤトはアスカがムエタイの経験者であることを対戦者発表の時から知っていた。だから対策を講じてきた。相手のキックが出たら足を掴むか、あるいはパンチが来たら後ろにのけ反るスウェーで攻撃を避け、攻撃により生じたわずかな隙で背後を取れれば勝機はあると思っていた。
アスカは何度かフェイントを見せた後、右足で大振りにミドルキックを放った。ハヤトはとっさに左腕を胸に構え、ガードをした、つもりだったが、アスカは高度なテクニックで振出した右足の軌道を途中でハイキックに変え、ノーガードだったハヤトの左顔面を思いっきり猛打した。
ハヤトは強烈な蹴りを受けた直後にふらつき、身体がマットの上に崩れるとしばらくぼうっとし、テクニカルノックアウト状態になった。審判はそこまで!と声を上げた。この試合はキリコ達よりも短く、開始から8秒ほどしかかからなかった。
ギャラリーからは、「うそだろ」「秒殺」「アスカが強すぎなんだよ」などと声が聞こえていた。クロエは思わず席を立ち「アスカ!あんたハヤトを殺す気?」と声を上げた。
アスカはきょとんとした顔でクロエを見つめ、「え、だって二周目…」と言った。
二周目の人間には、脳震とうという症状が存在しなかった。脳震とうは脳が強い衝撃を受けることで生じる一時的な意識消失などであるが、二周目の人間の脳機能を司っているのはマイクロチップで、脳はすでに存在していないからだった。
しかしながら、頭部に強い衝撃を受けると、身体のほうが勝手に「脳震とう状態」であると判断しその信号は同期されている脳内デバイスへ送られた。脳内デバイスは「脳震とう状態」を引き起こすべくあえて脳機能を一時停止することで、脳震とうに似た反応を示してしまった。つまり、すべては身体の思い込みによって生じる幻覚のようなものだった。(ちなみに出血多量によるものや身体および精神のダメージによる失神は、二周目でも他の人間と同じように生じる。)
「二周目の人間は脳震とうを起こさない」と心と身体に言い聞かせることで、この現象は回避できた。ハヤトはまだそれを体得していなかったため、身体が疑似的に脳震とうを起こし、倒れ込んだ。
ハヤトは一戦目を黒星に終えた。
「第三試合は薩摩キリコ社員 対 永栖 青空社員、種目は剣術です。」
キリコとスカイは鍔の付いた木刀を持ち、畳の上に裸足で上がった。頭部には剣道の面に似たヘッドガードを着用していた。
スカイが対戦種目に剣術があると知ったのは、ジムへ入場する少し前だった。格闘実技試験では、行われる種目を対戦者へは知らされていなかった。臨機応変な対応力を見るためだった。
しかしスカイには十年以上、剣道の心得があった。キリコは別人格になってまだ間もないので、スカイは自分のほうが試合を有利に運べるかもしれない、と思っていた。
二人はコートの中心から約1.5メートルずつ離れた位置で木刀を構え向き合った。剣術は刀に見立てた木刀の刀身三分の一から下の部分が相手の頭か、胴に触れれば勝ちとなった。(突きの有効性は除外されていた。)
審判役が二人の間に立ち、はじめ!と声を上げた。スカイは「やーーっ!」とかけ声を上げたが、同時に、キリコも審判がびっくりしてのけ反るほどの大音量で「ぎえーーーー!!」と雄叫びを上げ、スカイの声を優にかき消した。それはハウリングを起こしたマイクの耳をつんざくノイズ音に似ており、観戦していた社員たちも驚いて口を開けた。
キリコは雄叫びと共に突進しながら木刀を振り下ろした。スカイは一瞬、キリコの向かってくる姿が鬼神のように見え、背筋がぞっとした。スカイはキリコの攻撃を自分の木刀で受け流して太刀筋を反らせ、隙が出来ている胴部分を横から切り込もうと思った。
そして正直すぎるほど真っすぐに落ちて来るキリコの太刀を半身で避け木刀を盾にした瞬間、バキィッ!と大きな音がし、キリコの木刀が真っ二つに割れ半分から上がどこかへ飛んで行った。すでに口を半分開けて見ていた社員たちは、さらに顎を下に落とし、ええーー!と驚いた。
スカイは握っていた木刀から伝わってくる衝撃に耐え切れず、木刀を床に落とした。キリコは折れた半分の木刀をスカイの頭頂部に振りかざすと、動きを止めた。
審判は驚きのあまり数秒固まっていたが、はっとしてキリコの勝ちを告げた。
息を殺し、前のめりになりながら試合を見つめていた審査員たちは一斉に呼吸を始め、体勢を元に戻した。
クロエは肘をつきながら「やるじゃない。一撃必殺…薩摩隼人ね。」と満足げに言った。
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