第1話 炎上議員、保育園に左遷される~燃えた男の、やり直し保育ストーリー~
『炎上議員、保育士やってみたら泣けた件』の完全版を書き始めます。
大切にしたい作品なので加筆と修正たくさんすると思いますが、生温かい目で見てもらえると幸いです。
――俺、ついに保育園に左遷されたらしい。
「ノリで取った保育士資格が活かされてよかったね。
自分で招いた汚名を、頑張って返上するんだよ」
……ええ、そう言われても。笑えない。
俺は増子大我。
元配信者という話題性だけで当選した、ネクスト日本党の新人議員だ。
そして今、絶望している。
タイムリープできるなら、どの場面からやり直すか……。
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思い出すのは、あの日。
初めて国会に登庁した日のことだ。
そういえば、タイガーにちなんでヒョウ柄スーツなんて着てたな。
選挙活動の時は「インパクト重視!」って思ってたし、
街中でも「タイガーちゃん頑張ってー!」なんて声援もらってウケたんだよ。
……まあ、今思えば浮いてた。
他の議員たちの視線、冷ややかすぎたもんな。
「やっべぇ、永田町ってマジでドラマのセットみたいじゃん!バズる気しかしねぇ!」
「あ、ねぇねぇ秘書さん、国会ってライブ配信できる? え、ダメなの? マジ? なんで?」
――あの時の秘書さん、距離置いてたな。うん、そりゃそうだ。俺でもそうする。
取材でも「公約って何言うんだっけ?あ、どんな日本にしたいってことだよな!」
とか言いながら、ノリで「子どもを笑顔にする社会!」なんて叫んでた。
……たぶん、あれで“軽い議員”ってレッテル貼られた。
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配信者時代、話題づくりで新藤竜彦党首との対談をしたのがきっかけだった。
街ブラ企画の配信で偶然出会って、
「竜彦さん、“竜”とかカッコイイすよね! 俺がタイガーで新藤さんがドラゴンで……
クレイジーケンバンド最強コンビ!」
とか言ってた俺。今考えると、完全にやらかしてる。
……あの軽口、今でも根に持ってるのかな。
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そういえば、保育士資格を取ったのもノリだった。
きっかけは“資格チャレンジ配信”。
「保育原理」とか「保育実習理論」とか、
名称からして眠たくなる。
でも、「知性派議員」って名乗れるかも?と思って頑張った。
……とはいえ、9科目は多すぎだろ。
「ほんまに独学で取る人なんておるん!?」
とか嘆きながら、専門学校の願書取り寄せたっけ。
それでも応援コメントが嬉しかった。
「がんばれ! 大我くんならいける!」
「子ども好きそうだからぴったり!」
「合格したら保育園で働いてみて〜!」
……その言葉、今や呪いのように刺さってる。
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現実では、都合よくリセットもできない。
気づけばSNSは切り抜き動画と罵倒コメントで埋まっていた。
「こいつに票入れた俺、見る目なかった」
「国会なめてるだろ」
――画面の向こうは、完全に敵地だった。
冗談もノリも、もう通じない世界に来てしまった。
ニュースサイトを開けば、俺の迷言集。
もはや恒例行事。
「少子化の原因は陰キャの増加。俺みたいな(笑)」
「政治家で金あるんで一夫多妻で貢献したいっす!非モテだけど(泣)」
「保育士資格?通信で取りました!代打いつでもOKッス!」
……いやいやいや、冗談だっつーの。
編集でなんとでもなるのに、マスコミの悪意が見えすぎて怖い。
リプ欄を覗けば、業火のようなコメント。
「社会出たことない配信者崩れ」
「不倫で傷ついた私には一夫多妻とかジョークでも許せない」
「税金でコントしてんのか。返金して」
「保育士って言ったよな? じゃあ365日働けや」
「こんな軽薄男に子どもを預けたくない」
……はい、正論です。反論の余地ゼロ。
ただ、ちょっとは笑ってくれよ。
炎上芸のつもりが、笑いじゃなく炎だけ残った気分だ。
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そんな折、党首の新藤さんから呼び出しが来た。
説教確定かと思いきや――
「大我くん。俺は本気で、君に期待してるんだ」
……え、マジっすか?
もっと「反省しろ!」とか「顔洗って出直せ!」とか言われると思ってたのに。
「君が配信で対談を申し込んできたとき、心から嬉しかった。
若者が政治に関心を持ってくれるのは、僕たちにとって希望なんだよ」
あのとき、確かに“推せる”って思った。
誠実で、目線を合わせて話してくれて、言葉に芯があった。
「失言や失敗は誰にでもある。大事なのは、そのあと何をするかだ」
新藤さんは続けた。
「炎上コメント、ちゃんと読んだ?」
「……いや、正直きつくて途中でやめました。
あんな失言だけで叩くなんて、余裕ない人多いですよね」
「なるほど。
でも、その“余裕のなさ”が今の日本なんだよ」
彼の声が、やけに静かだった。
「長時間労働しないと給料が足りない。
朝5時に出て、夜遅くまで働く親たち。
子どもと過ごす時間も削られてる。
だから怒りや皮肉のコメントが出る。それは、叫びなんだ」
胸がズシンと響いた。
たしかに、消費税も物価も上がって、給料は上がらない。
俺でもわかる。バランスなんて、もう崩れてるんだ。
「大我くん、現場の声を知ったことはある?」
「……ないです。結婚もしてないし、保育所なんて縁がなくて」
「だからこそ行ってほしい。
保育園で、子どもたちと、保護者と、保育士と関わってみてほしい。
そこで学ぶことが、政策を変える鍵になる」
「……まさか、それ俺が行くんですか?」
「うん。現場を知るのが一番の勉強だ。
僕が行くと“お客様”になってしまうけど、君なら“炎上したやつ”としてリアルな反応をもらえる」
……たしかに。
おべっかなんて絶対言われない。冷たい視線、確定。胃が痛い。
「でも、それ……罰ゲームじゃないっすか?」
「違うよ、学びの場だ。
むしろ、君が本気でやれば、“反省してる”って伝わる。言葉より行動だ」
ぐうの音も出ない正論。
こんなに正面から期待されたら、逃げられない。
「……わかりました。やります。ネタになるかどうかはわかりませんけど」
「ネタでも構わない。
君が本気で学ぼうとすれば、きっと伝わる」
この人、本当にすごい。
――なんで総理にならないんだろう。いや、自由が減るからか。そりゃ俺も無理だ。
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というわけで、人生最大の炎上の火消しは自分の手で。
次の舞台は、まさかの保育園。
よっしゃ、やってやろうじゃないの。
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党首との面談を終えて帰宅。
スーツの襟をゆるめた瞬間、スマホが震えた。
表示は「母親」。……ため息が出る。
「……もしもし」
『あんた、大変なことになったみたいね。体は大丈夫?』
「うん。心配かけてごめん。
でも、新藤党首の指示で保育園にボランティア行くことになった。
ちょっと聞きたいこともあるかもしれないし、また連絡する」
『そう……無理しないで。休めるときは休むのよ。』
「ありがとう。おやすみ」
通話を切ったあと、妙に胸が重かった。
母とまともに話したの、政治家になってから初めてかもしれない。
いや、もっと前から距離はできていた気がする。
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俺は母子家庭で育った。
原因は、父親の妊娠中の浮気らしい。
母は保育士を続けながら、俺を育ててくれた。
朝早く出て、迎えはいつも最後。
「自分の子は見れないのかよ」――
子どもだった俺は、何度もそう思った。
でも今ならわかる。
祖父母がいなければ、母は働けなかった。
俺は育たなかった。
それでも、寂しかった。
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昔からわかってたはずだ。
保育士って仕事が、どれだけ大変か。
なのに俺は「代打でもやれますよ」なんて軽口を叩いた。
……ほんと、バカだ。
でも、もう言い訳はしない。
明日からが本番だ。
動きやすい服って、何着ればいいんだ?
スーツ……じゃないよな。
あの保育士特有のエプロン、どこで売ってるんだ――。




