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【中】初顔合わせの遊女

 戌の刻を迎えると、夜の暗闇を『二八そば』と縦書きで記された提灯が照らすのと同時に夜鳴き蕎麦の屋台が始まった。今夜も、蕎麦売りの利助の元に最初の客がやってきた。


「おや、初めて見る客だなあ」


 利助の目に入ってきたのは、赤い着物を身につけた遊女の姿である。しかし、遊女がこんな場所へくることはまずあり得ない。


「吉原の遊郭にある廻し部屋にいるはずの遊女が、なぜここに……」


 そんな時、遊女が利助の屋台の前で蕎麦を頼もうとゆっくりと口を開いた。


「すいません……。かけ蕎麦1つお願いします」

「分かった、少し待ってくださいな」


 利助が気になったのは、自信なさげな言い回しをする遊女の様子である。そこで、利助はかけ蕎麦を手渡す時に遊女へもう一度声を掛けることにした。


「ちょっと聞くんだけど」


 かけ蕎麦を受け取った遊女は、利助からの言葉に黙り込んだままである。その間も、遊女は屋台の周りを何度も見回している。


「どうしたのだろうか……」


 利助は、誰かに見つかることを怯えている遊女の様子が気になって仕方がない。静寂に包まれる中、遊女はかけ蕎麦を食するとその器を返そうと利助の元へ足を進めた。


「ごちそうさまでした」


 遊女がその一言を伝えて去ろうとしていると、利助はすぐに呼び止めようとその場で声を掛けた。


「これからどこへいくつもりなんだ」

「えっと……」

「そんなに緊張しなくてもいいから、落ち着いて話してくださいな」


 利助の言葉に耳を傾けた遊女は、自らの切実な思いを聞いてもらおうと口を開いて話し始めた。


「夜中であっても、江戸の町から出ることはできるでしょうか?」

「できるけど、亥の刻になったら木戸が閉じられて出られなくなるから気をつけることだな」


 木戸が閉門される亥の刻から卯の刻までの間は、理由の如何を問わず江戸市中から出ることは許されない。遊女は利助からの返答を受け止めると、次の一言を残して屋台を後にした。


「もう会うことはないけど、本当にありがとうございます」


 利助は、暗闇を急ぎ足で走り去る遊女の背中を屋台のほうからじっと見つめ続けている。無事に江戸の町から出ることを胸に当てるように祈りながら……。

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