【下】大晦日のせわしい面々
冷たい風が吹きつける冬の長い夜、提灯が照らされた夜鳴き蕎麦の屋台には厳しい寒さを凌ごうとやってくる職人の姿があった。
「いらっしゃい」
「かけ蕎麦を1つ」
「少し待ってくださいな」
利助の前に現れたのは、屋台の常連客である大工職人の男である。いつもだったら、気風のいい威勢の良さを見せるのであるが……。
屋台の前へきた大工は、その場で利助から声を掛けられた。
「どうしたんだ。いつになく元気がないけど……」
「利助さん、今日は大晦日ですよね」
「そうだけど」
「掛け取りに払う金がなあ……。大怪我で仕事ができなかったことが多かったし」
どうやら、この大工は年の暮れまでにまとめて払うお金が足りないそうである。そんな大工にとって、かけ蕎麦をすするこの屋台が安らぎの場となっている。
「ごちそうさんです」
「お金がないのなら払わなくてもいいぞ」
「いや、いつもここで食しているので」
大工は、利助の手へ律儀にお金を置くと夜中の通りをそそくさと走り去った。その間も、利助は自分の屋台へ新たな客が立ち寄るのを待ちながらつぶやいている。
「もう少ししたら、近くの寺から鐘の音が鳴るだろうなあ」
すると、次の客が屋台のほうへ向かって足を運んできた。利助は、せわしい男の姿を見てすぐに声を掛けることにした。
「掛け取り様ですか、いつもご苦労様です」
「今日中にツケを回収しないといけないけど……」
この年の最後を迎えた大晦日、掛け取りは朝から晩までツケ払いの客への取り立てをしようと忙しく駆け回っている。大晦日のうちに取り立てができなければ、次の年のお盆まで待たなければならない。
「とりあえず、かけ蕎麦を1つ」
「少し待ってくださいな」
今年も残りわずかの中、掛け取りの男は利助から手渡されたかけ蕎麦をその場ですすりながら食している。利助は、その男が蕎麦を食べている間も何かを気にしている様子を目にしている。
「このままでは、番頭さんから何を言われるのか……」
食べ終わった器を利助のいる屋台へ戻すと、掛け取りの男はお金を置いてからその場から去った。
「すみません、急いでいるので……」
利助は、暗闇の中へ消えて行った男の言葉がどんな意味を持つのかを感じ取っている。そんな時、近くの寺で鐘を鳴らす音が利助の耳に入ってきた。
「この鐘が鳴ると、いよいよ新しい年を迎えるのか」
子の刻に合わせるように、寺のほうからは僧が新春を迎える鐘を鳴らし続けている。けれども、蕎麦売りの利助にはそんな余韻に浸る訳にはいかない。
そして、屋台では利助の温かいかけ蕎麦を食しようと新たな客がやってきた。提灯に照らされた明かりに誘われるように……。




