第十七話「終点の先なんて在りはしないなら」2
家から出る前にしっかり鏡を見ていつもの自分であることは確認してきたから大丈夫なはずだ。そう思いながら、店内に入るとすぐに舞と視線が合った。この反応の良さは職業柄、お客さんが入ってきたと思ったのだろう。
舞が大きな瞳を瞬きさせる、まつ毛が長くて宝石のように綺麗な瞳をしている。それが稗田家の象徴のようなものだと最近になってようやく気付かされた。
誤解されやすいが舞は仕事熱心で親思いのとてもいい子だ、ただ学力が平均以下なだけで。
「……唯花せんぱい」
信じられないものを見たような驚きの目で私を見て呟く、舞の声は震えていた。
罪悪感を覚えるほどに随分長い間心配させてしまったのがすぐに分かってしまう表情だった。
そして、再会を果たし、声を掛けようとしたのも束の間、舞は肩を震わせ始め、”秒速か!”と思うくらいすぐに泣いてしまいそうなくらい瞳を潤ませ始めてしまった。
「舞、ただいまって言ってもいいかな?」
舞の心境が伝わってきて、より胸が締め付けられながら私は話しかけた。
幽霊を見ているような目で見られたまま待つよりは早く話しかけた方がいいと判断した。
「唯花先輩……本物だ……。
帰って来て、くれたんですね……。
せんぱーーーーーーいいいぃ!!!!!!」
感極まる様子で声を震わせると、舞は体育会系の後輩がするような大きな声で泣き腫らすように叫ぶと、仕事中なのもお構いなしに甲子園で優勝した投手が捕手に向かっていくような派手な動作で私の胸に飛び込んできた。
私は正直こういう舞の素直な姿を見るたび、一番女子高生らしいなって実は思っていたりする。
たまたまお客さんがいない時間だったからいいものを……舞の気持ちを考えれば無理もないが大胆な行動だった。
「唯花先輩っっ!! あたし……何回も連絡したのに、全然返事帰って来なくって、本当に心配しました……”会いたかったですっ”」
甲高く耳に響くくらいの声量で耳元で訴えかけながら力強く舞は抱きついて来た。
「ごめんね、舞。連絡できなくって。
もう、大丈夫だから、お土産いっぱい持ってきたから、許してね」
予測は出来ていても、びっくりさせられながら私は優しく舞の身体を受け止めた。
私はエコバッグに詰めて来たいっぱいのお土産を押し付けるように手渡す。
店長夫婦の分も入っているから、かなり沢山あった。
心配させてしまった分、惜しみなく達也と一緒にお店を回って買って来たものだった。
「―――こんなにいっぱい、嬉しいですけど。
でも、先輩に会えたことが一番嬉しいです。いなくならないでくれてよかったです。真奈ちゃんの誕生日パーティーの時は会えなかったですし……直接渡しに来てくれて……本当に嬉しいです。
あたし、避けられてたらどうしようとか、唯花先輩が元気なかったらどうしようとか、ずっと心配ばかりしてて……」
感情のままに言葉が止まらない舞の肩に私は手を置いた。
「ただいま、舞。もう大丈夫だから、安心して。身体も元通り元気になったから。
心配させたくないし、私らしくいたいから、続けるよ。
こんなところで逃げたりしない、歌うこと辞めないから。
私は……こんな私をずっと見守ってくれている一番のファンに、ここでアイドル活動を再開することを宣言します!!」
私は舞によって心が救われていた。
死にたいとさえ思った私を明るく元気な姿で迎え入れてくれる舞。
今や舞は全ての私を知り、私の事を必要としてくれるかけがえのない存在となっているから。
「唯花先輩!! 大好きです!! あたしは生きていてくれさえすればいいだなんて言いません!! ずっと輝き続けて、歌い続けてください!!!
それが、ずっと唯花先輩を見て来たあたしの唯一無二の願いです!!」
満天の星空のような輝きを放つ、舞の喜ぶ姿を目の辺りにした。
私と会えるだけで、こんなに喜んでくれるのはきっとこの世界で舞だけだろう。
「ありがとう……舞……」
舞らしいけど大袈裟だと思いながらも、舞の気持ちは落ち込んでいた私にとって嬉しかった。
舞のためにも頑張るという生き方だって選ぶことが出来る、それが今の私にとって、ささやかな一つの救いだった。
「色々浩二のこと、もう聞いてるかもしれないけど……お願い……。
"浩二のことを恨まないであげて、そうしてくれないと、私はもっと自分のことを嫌いになってしまうから"
迷惑……かけたくないの、私のせいで足を引っ張りたくないから。
それに浩二は今も、私の分も真奈ちゃんの面倒を見て、頑張ってるから。
だからね……私は浩二にこれでも感謝してるんだ」
言いたくはなかったけど、言わないでおくと後々大変なことになりそうだから、それだけを私は舞にお願いした。きっと舞は浩二のことを一生許せないだろうけど。コテンパンに罵倒してやりたいって思ってるだろうけど。
「それじゃあ……唯花先輩が報われなさ過ぎて、悲しいですよ……あんなに真剣に先輩のことを考えてたのに……」
「いいんだよ、もう……そういう風に、思ってくれる舞がいるだけで」
「ううぅぅぅ……絶対許せないって言うつもりでしたけど……告白した相手、知枝なんですよね……。
はぁ……それがまた信じられない話しだなって思うんですけど、一応、一緒に住んでる血の繋がった姉妹なので、なかなか恨んでも恨み切れないです。
本当に……あの自分勝手な先輩も命拾いしましたね」
酷い言い草だったが涙ながらに舞はそう言った。
これで舞が浩二を殺傷する事態は回避できそうで私はちょっとだけ安心した、なまはげが迫ってくるような、そんな危険な予感がここで垣間見えてしまったら、夜も安心して眠れなくなってしまうだろう。
そこから少しして泣き腫らしていた舞も落ち着きを取り戻すと、どんどん話は反れていって、最近寝込んでたおかげでちょっと瘦せたかもと冗談交じりに言うと、あたしはストレスで太りました! 唯花先輩は十分すぎるくらい魅力的な体系なのでしっかり食べてくださいと説教交じりに言われた。
生きているだけでいいなんて、息をしているだけでいいなんて私は思わない、それは私にとって生きているとは言わない。
私にはやりたいことがやって、なりたい自分がいて、前に進んでいる自分がいて、それでやっと生きている実感が持てるのだ。
だから、舞が励ましてくれた言葉は私にとって嬉しかった。
まだ、頑張って前に進もうとしてもいいんだって、思えたから。
そんな風に、言葉を交わしながら少しずつ普段通りの私たちに戻っていったのだった。




