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九話 空白

「無敵、貴方は生きて。生きて……!」


 俺のヘマだった。

 拳を潰された挙句、仲間を失った俺は消沈していた。

 数々の敵を葬った俺の拳は、魔王には届かなかった。

 

俺は諦めかけていたんだ。今なら解る、迷いが有った。

………だから、届かなかった。


「元気でね、無敵」


 とても綺麗で、とても儚げで……。

 最期にイディアは笑うと、自身の身を犠牲に魔王を封じ込めた。

 俺は……彼女を守る事が出来なかった。

 

 何でもできると信じていた若きあの頃。

 今思えば、それは傲りだったんだ。


 ――――――――――――。


「イディアアアアアァァアアア!」


 急いで状態を起こしたせいだろう、遅れて腰が痛みだし、その痛みで自分が眠っていたと言う事を自覚した。そして更に遅れて全身の痛みが俺を襲いだす。


「い、いでででで……ちくしょぉ……」


 常に枕元に置いてある煙草を探そうと手を弄るが、嘘みたいに真っ白なシーツと枕に、寝ぼけていた頭が冴えてくる。これは……俺の布団じゃねえ。


「あ、起きた!」


 ふと、声のする方へ視点がまだ合わない曖昧な眼をやると、長い銀髪を揺らした少女がこちらへ目を向けているのが分る。 ああ、そうか……俺は再び異世界に来たんだっけか。


「そんなに叫ぶほど痛かった? 無敵ち?」


 なんとなくイディアの名前を叫んで起きた事が小恥ずかしくなり、誤魔化す。


「あー……痛てえよ、死んじゃいそうだ」

「無敵ち、あの後寝ちゃったからベルに運んでもらったんだよ」


 寝る前の事を、少し疼痛を感じる頭を使って思い出す。そういえば、ラッキーとか言うパチンコ屋みたいな名前の軟派勇者をぶっ飛ばした後、逃げ仰せてきたんだっけ……。


「ここは……?」

「ナディのお屋敷! エメ頑張って説得したんだ、褒めてもいいよ?」

「っけ。余計なお世話だっての」


 それを聞いて俺は胸を撫でおろした。どうやら無事に逃亡劇は済んだみたいだ。

 とりあえずエメが目の前にいる辺り、安全な場所なんだろう。


「けどよ、何であんな街裏に孤児院なんて設けてたんだ? 最初からガキ共連れてこのだだっ広い屋敷に居りゃよかったじゃねえか?」

「それはダメなの。色々難しい話だから良く分かんないけど……魔族奴隷はきちんとした許可と登録が要って、使役できる数が決まってるとかどうとか……」


 悲しそうにエメは言う。どうやら複雑な事情があるらしい。

 五十年ぶりに異世界の地を踏んだが、この世界の情勢や仕組みがまるで見えてこねえ。

 浦真島太郎も真っ青だぜ。


「なあエメ、煙草あるか?」

「ダーメ! 煙草は体に悪いんだよ?」

「っけ、うるせぇ。高度経済成長で公害モクモクの時代を生きたんだ。造作もねえよ」

「……こーどけいざい? 成長? 無敵ちの国のお話?」

「ああ、悪い。俺の国の話だ」


 若い頃、イディアは俺が居た世界の事について興味深くいつも聞いてきた。

 だから、約束してたんだ。一緒に連れて帰るって。

 そんなイディアと瓜二つのエメの前では、つい異世界に再来したばかりと言う事を忘れて話してしまう。


「ねえ無敵ちの国の話もっと聞かせてよ!」


 五十年前。この街で生まれた奴は、街の外を知らずに死んでいく奴が殆どだった。

 だから俺は、この街の酒場や商業地区に赴いては冒険の武勇伝なんかを酒を飲み交わしながら話したもんだ。若かったな、俺も。


「なら煙草くれ」

「もう! ケチ!」


 エメが頬を膨らまして、俺の後頭部を叩きやがった。

 イディアは絶対にそんな事しなかったぜ。


「こんにゃろ、年寄りは大事に……」


 訝し気に説教してやろうと俺が奥歯を噛んだその時だった。

 コンコンッ。と部屋の扉を誰かが叩いたかと思うと、返事も無しに扉は開いた。


「あら、起きたのね。お目覚めはどうかしら?」


 ズカズカと理も無く部屋に入ってきたそいつは彫の深い眼鼻立ちをしており、偉そうにマントを揺らしながら此方へ歩いてきた。


「……誰だ?」

「あ! ナディ!」

「なっ、あのオカマ野郎か!?」

「オホホホ。ようこそ我がお屋敷へ」


 最初に見た様相とは随分と違った姿でナディは高らかに笑っていた。

 こいつが金持ちって言うのは本当らしいと、俺は目を丸くしてナディを見つめる。


「……何見てんのよ」

「気味悪い奴だと思ってな」

「失礼しちゃうわね! これはあちしの裏の姿なんだから文句言わないで頂戴!」

「ったく、どっちが裏か表か解らなくなるぜ……」


 あちこち痛む体を押さえながら、俺は妙に高さのあるベッドから足を下す。

 今まで布団でしか寝た事なかったら、どうも慣れねえ。


「それで、ガキんちょ達と大男もここにいるのか?」

「つつがなくね」

「最初っからここに連れてくればよかったじゃねえか」

「そうもいかないの。魔族関与者に王政は容赦しない。魔族を使役するには細かな登録と届け出が必要になるのよ」

「良く分からねえけどよ、届け出しようが魔族は魔族だろう?」

「王政が細かに管理しててね。そうすれば魔族から、奴隷って言う扱になる訳なの」

「言葉狩りみてえな事しやがって……」

「王政はクーデターを恐れてるの。結局人がいくら鍛えようが剣術を身に着けようが、魔族の生命力や運動能力には足元にも及ばないんだもの。だから管理は徹底されてる」


 そういえば……俺は五十年ぶりにこの世界に訪れて、その後どういう風に世の中が変わったなんて何一つ解っちゃいねえ。貴族ってぐらいだから教養もあるだろうと思い、ナディへと尋ねる。


「なあ、俺は魔族と人間の戦争が終わってから五十年間を何も知らねえ。教えてくれよ」


 そう俺が尋ねるとナディは目を逸らし、自身の顎に手を添えながら俯いて何かを考えている素振りを見せている。


「ナディ、大丈夫。無敵ちは絶対エメ達の味方だよ!」

「そう……ね」


 エメがそう言うと、顔を上げたナディと目が合う。


「じゃあ、先ず条件があるわ。貴方が本当に何者で、今まで何処で何をしていたかを教えて頂戴。そしたら、今のあちし達の現状を教えてあげる」

「随分と警戒してるんだな?」

「それくらいに王政の眼は行き届いているの。悪く思わないで」


 王政……か。

 それこそ、五十年前は人も魔族も戦争の真っただ中で、決して政治的な物が行き届いてるとは言えなかった。混沌の時代さ。皆、暗い顔をしてた。皆、いつ来るかもわからぬ魔族達に怯えていた。


 皆……明日の食うもんにさえ困っていた。そんな時代だった。


「分かった。なら俺の話を聞く前に一つだけ。今から俺の話す事は、全部事実だ。決して年寄りの戯言やボケじゃねえ。いいな?」


 俺はナディとエメに前置きを置くと、二人はゆっくりと頷く。


「俺は……五十年前に、別の世界からこの世界に来た」


 別の世界。日本と言う国からある日突然この異世界という地で目を覚まし、右も左も分からず、酒場の用心棒として腕っぷしを振るっていたある日、イディアと言う女性に出会った事。

 

 そして、そんな生活を続けている内に、王から魔王討伐の命を受けた事。

 だが……魔王討伐は叶わず、一人の女性の犠牲によって魔王が封印された事。

 

 そこから次に目を覚ました時は日本に居た事……。

 

 ――――ここに来るまでの経緯をすべて話した。


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