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十話 その石

「――俺がこの世界に再び来ちまったのは偶然かも知れねえ。だが、俺はあいつが望んだ平和を実現させるために、この腐った世の中を叩き直す。そのつもりさ」


 ……俺はイディアの約束を既に一つ破ってしまった。

 あいつの望みは、平和な世の中で俺と一緒に幸せに暮らす事だったんだ。

 若返りの葉巻は残り九本……。


「後九回若返れる内に、俺は王をぶっ飛ばしてくるぜ」


 そんな俺の話を清聴していたナディが、突然俺へ声を荒げる。


「王様の周りは常にチート・ブレイバー達が守ってるのよ。いくら貴方が若返れて、伝説の勇者で安村無敵であっても……不可能よ!」

「あのラッキーって奴も言ってたな? そのチーズ? レイバン? ってのは何だ?」


 カタカナ文字は苦手でい。聞き取りにくいったりゃありゃしないと、俺は眉を寄せる。


「チート・ブレイバーよ! 六人で構成される王直属の騎士である円卓の勇者!」


 街で会ったあのキザ野郎に、この間ぶっ飛ばしたガキ野郎……。勇者ってのはもう四人程いたらしい。だが、そんなに恐れるほど強い印象も無いと俺は笑う。


「何が六人の宴会勇者だ。対した事ねえさ」

「何も分かっちゃいないのよ無敵ちゃん! いい? チート・ブレイバーてのは……」


 つらつらとナディは説明を続けたが、長い話や難しい話は苦手だ。歳を取ってからなおさら苦手になった。眠くなってきやがる。


 要約すると、力、知恵、器用、俊敏、防御、幸運……。

 其々が化け物じみて特化した奴等らしい。だから何だって話だ。


 残り九本の若返る葉巻を吸えば、一人一本使ったとして三本は余る。余裕さ。


「あの孤児院支部の場所がバレたのも、完全に豪運の勇者の力な訳。道中には迷いの札を張り巡らせてるから、どうやっても表通りに出るはずなのに……。運が悪かったわ」

「ふわぁ~……。じゃあそいつらを先にぶっ飛ばせばいいんだな」

「何にも聞いてないじゃない! これだから年寄りは……」


 ナディが頭を押さえていると、ベッドに座って退屈そうに足を揺らしていたエメが立ち上がるのが見え、徐に俺の背後に回るとドスン。と覆い被さって来た。


「無敵ちは超イケメンのイケイケ戦士に変身できるから大丈夫! きっとあの悪い王様をぶん殴ってくれるよ! あの時みたいにバーン! って変身してさ」

「いててて……誰がきし麺だよ……」


 体重掛けて気息奄々な老体に鞭打つような真似しやがって……。

 だが、こいつを見ていると……すっかり萎れていた心が少しずつ高鳴ってきやがる。

 

 俺はイディアとそっくりなエメと出会って、とっくの昔に死んでいたはずの……忘れていた勇者の血が、再び騒ぎ出してくるのを感じていたんだ。


「ちょっとぉ! 何顔赤くしてるのよ~! 歳とってもやっぱり若い子にときめいちゃう訳? 無敵ちゃんったらもぉ~! 罪よ罪ぃー! 歳の差いくつよもぅ~!」

「う、うるせぇ腐れオカマ。俺の話はもういいだろう。約束通り教えやがれ」 


 ワザとらしく俺の頬をつつくナディに怪訝な表情を向け、嘆息する。

 そうさ、男ってのは実に単純馬鹿野郎さ。


「エメちゃん、ちょっと静かにしててね」

「はーい」


 へそを曲げた様子でもたれ掛かった俺の背中から離れると、エメは再びベッドに座って暇そうに足を揺らし始めた。


「そう……ね。約束は約束だから教えるけど、無敵ちゃんから聞いた史実と、安村無敵伝説と言う書の伝記とはかなり異なるわ」


 いつの間にそんな恥ずかしいもんが出来てたんだと、俺はギョッとする。


「安村無敵って言ったら知らない人はいないよ! 歌だってあるし、絵本だってあるし」

「その本の話と歌の話、俺の前ではするなよ」


 小恥ずかしくて聞いてられるかそんなもん。


「ともかく……。伝記では、安村無敵は魔王討伐後、魔王城跡地で巨大なクリスタルへと姿を変え、魔族達の動きを制約する魔封石に成ったと書いてあるわ。それもご丁寧に二度と魔族と人との争いが生まれない為に。って言葉を添えてね」

「おいおい、そんな事身に覚えもねえし、俺はこうしてピンピンしてるぜ? それにその魔封石ってのは何なんだ」

「魔族全ての動きを封じる事が出来る魔封石……」

 

 ナディが自身の懐から取り出したのは、指で摘まめる程の大きさをしたガラス細工のように透き通る緑色の石ころ。


「これよ。別名、ヤスムラセキ」

「ヤスムラ石だって……?」


 名前が気に入らない事は置いておき、俺は徐にその石を受け取る。


「クソみたいな命名しやがって」


 凝然と見つめるが、これっぽっちも身に覚えがない。

 だが、この異世界で最初に見た警備兵の鎧の胸部分に有った石と、商人が使っていた石に酷似している。というより、大きさは違えど同じものなのだろう。

 まさかイディアが消えた後にそんな大層な物が残されてたとは……。


「……だから、俺を警戒してたって訳か」

「そう。だから、本人から話を聞くまでは此方も出方を伺っていたのよ」


 流石貴族とあって、馬鹿じゃないらしい。世の人達から見れば俺は大英雄だろうが、魔族達から見れば、余計な事をしてくれた糞野郎って訳だ。


「つまり、この石を使いながら魔族を使って、タダで富国強兵してるってことか」

「そういう事になるわ。年間凡そ三千から六千程度の魔族が外からこの国に連れてこられては、使い潰されてゴミ同然に捨てられていく。それを今のナルグ王政権になってから三十年、過激さは増すばかり……。助け出した子供達は、労働力と言うより玩具ね」

「ナルグ王……」


 俺はそいつの事を知っている。俺とイディア、ガイヤとリベルが魔王討伐の旅に出る際、自分も行くと名乗り出て聴かなかったデルグ王の息子だ。


「あちしはまだ二十歳だから前の政権は知識でしか知らないけど、今は亡きお父様は先代のデルグ王に比べて、今の王は魔族の扱いが余りにも目に余ると日々嘆いていたわ」


 何度も会った事あるナルグのボンボン……。旅路の一段落で何度かこの国に戻ってきた時も、その度忍びで酒場に訪れては共に酒を酌み交わした馬鹿坊ちゃんのナルグ……。


 五十年経ってるんだ。勿論王様も変わるだろう。だが、俺はあんな気弱でナヨナヨしい奴が、今の魔族を虐げる恐怖政治を執り行っているとは想像もつかなかった。


「ナルグ王政権に交代してから魔族達の管理は徹底され、それを直々に取り締まるのがチート・ブレイバーなの。許可も申請も無しにあの魔族の子供達の数を知れたら、その勇者のいずれかが乗り込んでくる。そうなれば一貫の終わりね」


 だが、一つ気がかりが有る。そんな勇者のハチの巣を突いたエメは、一体奴等から何を盗み出してきたのだろうか。あの時ははぐらかされたが、今度こそ俺は尋ねることにした。


「そんなヤバい連中に追われる羽目になって、一体何を盗んできたってんだ?」

「んー? これの事かな?」


 エメはベッドから立ち上がり、胸元から何かを取り出すと俺へ差し出した。

 ……まだ若干暖けぇ。


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