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三十六話 真相と想い

「いてえ……じゃ、ねえ……かっ……!」


 身体を地に叩きつけられ、上手く呼吸ができない。

 だが意地でも咥えた葉巻を噛み締めて離さなかったのは不幸中の幸いと言えるだろう。

 大丈夫だ、直ぐに立て直す……!

 

しかし、ゴーレムは倒れた俺にとどめを刺そうと腕を大きく振り上げており、真っ赤な夕日を遮るように、俺の仰向けた身体には色濃く影が纏わりついていた。


 動ける。だが、間に合わねえ……! いや、間に合わせる!


「こんな所で、死んでたまるかあああああああああ!」


 俺は瞬時にして膝を起こし、全力で大地を蹴り、飛ぶ――――。

 

―――――――万事休す。


「――――――――――――――――――――――――――――!?」


 一瞬だけ目を閉じると、ズゥウンと身を芯から揺らす様な音が背後より轟く。


「な、なんだ!?」


 ゴーレムの大きく振り上げた岩石腕が振り下ろされることは無かった。

 証拠に地響き一つ感じられない。

 違和感を覚え、急いで俺は伏せていた体勢を整えて振り返ると、岩石に混じった魔族の死屍累々が、小山の様に盛り上がっていた。


「ジジイ! 今だ! 頂にある柱のような物をぶっ壊せ! 時間はないぞ!」


 シールスが叫ぶ。何だか状況が良く分からないが、死屍累々の山々に刺さるように伸びる真っ黒な柱目掛け、大地を駆ける。考えるより行動だ……!


「お、おう!」


 一歩。二歩。三歩。と大地を蹴る頃には、直ぐに頂に辿り着き、


「喰らいやがれ! お化け野郎!」

「―――――――――――!? ―――――――――――――!?」


 俺が真っ直ぐと拳を叩きつけた途端、黒い柱は粉々に砕けて行く。


「ハァッ……ハァッ……。やった……のか?」


 心なしか足元が緩むが、積み上がった岩々や魔族の亡骸は崩れず、そのままの形状を保っている。

 しかし、動く気配一つない所を見ると心配はなさそうだ。


「これで終わりだ。柱を砕けば絶対に動かない」

「なんだよ。あんまし手応えがねえな……」

「ミクス・ゴーレムは魔術者の要らない簡略化された兵器だ。問題ない」


 小山を下り、シールスの元へ歩み寄る。

 大体、ゴーレムってのは操り主である魔術者をぶっ飛ばさない限り無限に復活するもんだったが、これも時代の流れって奴かね。


「それよっか、どうやってあの赤玉狙ったんだ?」

「俺じゃない」

「じゃあ一体誰がやったんだよ」

「この正確過ぎる射撃芸当の出来る人物は検討が付く。居るんだろう? デクス」


 デクス? 誰だそりゃと思っているのも束の間、木のふもとより、葉よりも深緑色のローブをたなびかせて現れたそいつは……あの時助けてくれたパン屋の常連だった。


「あ! あの時の……!」

「……お久しぶりです。シールスさん。そちらのお方は?」


 音も無くデクスは歩み寄り、シールスへ深々と頭を下げつつ尋ねる。

 そういえばヨボヨボの状態で会ったっきりだから分からないのも当然かと、曖昧に煙を吐き出しながら誤魔化す。


「名乗る程のもんじゃねえ。そんな事よっか、知り合いだったのか?」

「ああ、俺が現役だった頃の部下……器用の勇者デクスだ」

「……へぇ。そうかい」


 素性を悟られない為にも驚きはしない。

 だが、何時でも動けるように俺は軽く膝を曲げた。


 なるほどね……こいつが……。


「貴方が突如姿を消してから五年間。我々はずっと貴方を探していました」

「だろうな。でも、本当はもっと早く気付いていただろう。何故生かした?」

「……相変わらずご明察で」


 デクスはゆっくりと腕を突き出す。


「シールス。貴方を国家反逆罪として、この場で処刑します」


 抑揚のない単調な声でデクスがそう告げると、その腕には矢の装填されたボウガンが、くくり付けられていた。


「なっ! なんだなんだ!? 穏やかじゃねえな!」


 一難去ってまた一難。けど、まだ葉巻の燃焼は半分を切った所だ。

 俺はまだまだやれるぜと、軽く拳を握り込み右足を軸に構える。


「良いんだ。これでいい。こいつはこいつの仕事をしようとしているだけだ」


 だが、シールスは己の盾を構えようともせず深く頷くと、静かに目を閉じていた。


「良い訳あるかよ! 大体、国家反逆とか何やらかしたんだお前!?」

「…………発言を許可します」


 徐にデクスの向けた矢先が下を向く。勇者と言えデクスも事情を知らないらしい。

 恐らく、ナルグ王の逆鱗に触れた事に関する事情だろう。

 これ程従順で強い男が、何故国から追われる身になったのか……それは俺も気がかりだった。


「五年前……。妻が危篤だと聞いた俺は職務中に王へと帰宅を具申しただけさ」

「……は? それだけ?」


 あんぐりと口が開き、咥えていた葉巻が落ちそうになるが、直ぐに咥え直す。


「後、嫌でも持ち場を離れさせなかった王を一発ぶん殴っただけだ」


 俺はその理由に破顔して大笑いする。

 堅物だと思ってたが、中々やるじゃねえかとシールスの肩をバンバン叩いた。


「よくやった! そんなクソぶん殴って正解だぜ!」


 王を殴って国を追われ、挙句のさんぱちにゃ命を狙われるのはしょうがねえけど。

 大いに気に入った俺はシールスを激励する。


「……そんな事だったんですか」

 

 嘆息したように首を振り、デクスは腕を下してボウガン事ローブに収めていた。


「おい。職務を放棄するなデクス。俺はもう……良い。疲れてしまった」


 デカイ図体から想像できない程弱気に声を漏らし、シールスは項垂れている。

 そんな腑抜けた奴に一言物申してやろうと腕をまくり上げると、デクスが先に口を開く。


「……最初は耳を疑いました。貴方程の人が、何故国を裏切ったのか……。けど、それは結果的に一つの新たな出会いへの結びつきになったのです」


 全く喋らない野郎だと思っていたが、存分舌が回るデクスに俺はそのまま耳を傾ける。


「何故、早くに見つけていたのに殺さなかったのか。それは、少なからず他のブレイバー達も五年前から全く姿を見せなくなった王に対する不信感を抱えている事が一つ。そしてもう一つ……個人的に貴方の娘が悲しむ姿を見たくない。それだけです」


 つまり……? いや、まさかこいつ……?


「なんでい! お前この野郎の娘にホの字だってのかよ!?」


 咥えていた葉巻が落ちたので、急いで拾い上げて咥える。あぶねえあぶねえ。


「……っふ。ふふ……ハハハハハハハ! どうりであの裏町でミラが襲われもせずに俺の所へ来れるもんだと思っていたが、そういう事だったとはな!」


 シールスは大いに笑い、トロールやサイクロプスよりも豪快に口を開けて身体を反っていた。

 こいつこそ寡黙で万年仏頂面だと思っていたが、思いもよらない青天の霹靂に堪え切れなくなったんだろう。


「うえ……。毎日店に足繁く通う挙句に付きまといかよ。そう言うのストーカーって言うんだぜ……? まったく顔に見合わず奥手な野郎だ」

「…………ミラさんがシールスさんの所へ向かう時だけだ」


 拗ねたのか、それとも怒っているのか、デクスは三角帽を指で摘まむと更に深く被る。


「そうかそうか……。お前程の男が付いているのなら、もう俺が心配する事はないな」


 一通り笑うとシールスは再び元の仏頂面へ戻り、神妙な面持ちへと表情を変える。


「行けデクス。もう大丈夫だとは思うが父としては最後の憂いだ。見に行ってこい」

「…………了解した」


 元の上司であるシールスより、へそが茶を沸かしそうな命令を受けたデクスは颯爽とこの場を後にしていく。感情や表情こそ表に出さないが相当浮ついてやがるみたいで、足音をバタバタと鳴らしながら……。


「伝説の勇者安村無敵……。まさか蘇るとはね。俺がまだまだ若かった頃、あんたに憧れていた事を思いだしたぜ」


 デクスが丘をあっという間に登り、姿が見えなくなった頃。

 シールスは空へ投げる様に独白していた。


「悪いが、今の王の居場所は俺にも解らない。だが、勇者に力を授け続ける巫女なら、居場所を知っているかもしれない」


「っけ。また堂々巡りかよ。その巫女さんってのは何処に居るんだ?」


 勇者へと力を授ける存在と言われる巫女……どうもきな臭い。

 だが、残りの葉巻は六本。まだナルグ王をぶっ飛ばすには申し分ない数だ。


 ……いよいよあのバカボンボンに近づけた気がする。


「聖ヘカテ教会……。五年前と変わらずその場に巫女が居られるのなら、行ってみれば何か話を聞けるかもしれない。そこで俺の名を出すと良い、他の修道女がある程度答えてくれるだろう。ただ、その巫女は話ができるような状態ではなかったが……」


 聖ヘカテ教会……俺はその名を聞いて直ぐにピンときた。

 

イディアが修道女として働いていた場所だ……。

 

 そう思うと鼓動が一気に早まる。

 けど、そんなのは虚妄だ。

 その巫女がイディアだったら。何て言う、勝手な空想が俺の鼓動や血の巡りを遠慮無く早めて行きやがる。


「……どうかしたか?」


 思いつめ、だんまりしてしまった俺にシールスが尋ねる。

 根詰め過ぎて最後らへんは何言ってるか耳に入ってねえが、行けば分かる事だ。


「いや、何でもねえ」


 期待しちまったら期待した分、突き落とされる。

 それをこの五十年間で嫌という程体験してきたじゃねえか、落ち着け俺……。


「…………お前はこれからどうするんだ」

「王都を出る。もう逃げ隠れしながら居座る必要もなくなった」


 デクスとは逆方向に背を向けたシールスは、そのまま応えていた。


「おい。娘さんはどうすんだ」

「ミラなら大丈夫だろう。俺が居なくてもやって行けるし、デクスが付いているさ」


 そう言うシールスの背は、何処か寂しそうに夜空色へと染まって行く。

 いつの間にか日も暮れ、辺りはどんどん暗さを増していた。


 ……こいつもこいつで、最後の最後まで煮え切らない奴だ。

 親子揃って世話が焼けるったりゃありゃしねえ。


「おい。完全に日が落ちるまでは此処に居ろよ! 良いな、絶対動くんじゃねえぞ!」


 そう言い残し、俺は王都の方角へと勢いよく地を蹴る。

 葉巻の残り燃焼時間は二十分と言った所だろう。

 スパスパ吹かしてちゃ、もっと早いかもしれねえ。


 けど……この安村無敵。

 関わっちまったもんは最後まで見届けなきゃ気が済まねえ。


 この足なら、絶対に間に合う……!


 畜生。こんな事なら、あいつの上着のポケットなんかまさぐるんじゃなかったぜ。



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