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十二話 牙

 ◇ ◇ ◇


「…………」


 豪運の勇者であるラックはあれから、自身のギルドにも帰還せず、傷を癒すことも無く、人目を避けるように、王都の路地裏にて息を潜めていた。


「クソ……なんで僕がこんな目に! 僕は豪運なんだ。こんな事あって言い訳が無いんだ」


 行き場の無い怒りを荒々しく独白し、ラックは自身の懐から小瓶を取り出していた。

安村無敵によって殴り飛ばされた顔は一回り以上膨れ上がっているが、骨は無事なようで、そこはまだ豪運の効果が働いたと思える。


「次こそは絶対……。次こそは絶対あいつを……! じゃなきゃ……」


ラックは血の如き紅い液体が入った瓶を、口元へもっていくと一気に傾けた。


「うっ……っぐ……」


 液体を口内へと流した途端、強烈な異臭が鼻腔を通り抜けていく。むせ返りそうになりながらも、喉に突っ掛かる様な粘性を無理やりに飲み込んでいった。


 ラックは一瞬、不良品を掴まされたのではと脳裏へ過らせるが、それも杞憂に終わる。


「す、凄い。痛みが……! 傷が! ポーション……! これはすごいや!」

 

 ……ポーション。五十年前、人魔戦線にて対魔族用に人が開発した医療薬。

 一口含めば、忽ちどんな傷も癒すと言われる劇薬……。

 だが、人魔戦線終決後。ポーションの製薬は王政によって禁忌となった。


「アハッ。アハハハ! 僕は豪運なんだ! きっと、何もかもがうまく行く!」


 用量を間違えれば酷い中毒症状と禁断症状によって、敵味方の分別無く非常に攻撃的になる事から、ポーションは歴史と共にその名を消されたのである。


「ああ……。最高の気分だ。体が軽い……。フフフ」


 目をカッと開き、ラックは路地裏を後にしていく。

 石を取り返す。そう願って歩いていれば、おのずと答えは見えてくる。

 そう思い、ラックはフラフラとした足取りで表街を歩き始めた。


「他のブレイバーに知られる前に、絶対取り返してやる……」


 一見平和に見える街並みの裏には、悲しみや苦しみが根を深く下ろしてやがる。

 平等なんてもんは存在しねえ。


 だが、時間と言うもんは魔族も人も関係なく平等に与えられている。

 しかし俺は、五十年と言う月日を無駄に過ごしてしまった。全く不平等なもんだぜ。


「ねーぇー。むーてーきーちー! 疲れた? 死んだ?」

「……うるせえな、考え事だよ」

「ヤダ! 生きてた! 目閉じて動かないんだもん、ビックリしちゃった」


 王都大広場。人が行き交う中心街。当然、人が多いってことは魔族も多いだろう、そう思って俺とエメはベンチに腰掛けて、街の様子を眺めていた。というよりは足腰が疲れて休憩中だ。


「今日は平和だね」

「そうだな」


 街の彼方此方で、肉体労働を強いられている魔族こそ見かけても、牙を向く様子は無いとなると、勇者って奴も駆けつけない訳だ。


 そもそも、勇者が駆けつける前に警備兵や石を持った商人がどうにかするだろう。


「……あの時は運が良かっただけかもな」


 胸ポケットからハイライツを一本取り出し、咥えて火を付ける。葉巻の事ばかり気を取られていたが、ハイライツは残り二箱と半分。こいつもどうするか考えなくっちゃな……。

 じっとしてると、ついつい無意識に吸っちまう。


「……こりゃ長丁場になりそうだ」

「えええー! 暇だよー! 日が暮れるまで此処で待つつもり?」

「それより、エメ。お前は大丈夫なのかよ? 仮にも勇者から追われてるんだろ?」


 エメは無理やりついてきたが、その事が心配だ。いくら俺が若返れると言っても、ヨボヨボに戻った後の倦怠感の事を考えると、どうも不安だ。


「盗賊の基本! 顔や身元はバレないようにってね!」

「あのラッキーとか言う勇者のガキにがっつり顔を見られてるじゃねえかよ」

「だとしても好都合じゃない? それに、その時は無敵ちに守ってもらうもんね」


 またもやエメは俺へ身を寄せようとするので、エメの頭部に手を置いて制止させる。


「……女が軽々しく男にくっつくもんじゃねえ」

「良いじゃん! エメね小さい頃は孤児院で育って、その後は少し前までおじいちゃんと一緒に暮らして

たんだ。もう今は死んじゃったんだけど、無敵ち見てるとおじいちゃんみたいで、つい?」

「俺はお前の爺さんじゃねえっての」


 こいつはイディアとは違う。わかってる。けれど、こいつとこうして肩を並べて眺める異世界の街並みは、五十年前とさして変わっていない。全く、不平等だ。


「無敵ちのケチ!」

「何とでも言え」


 長閑な日差しが心地よく俺を温める。だが、ぶすくれた様子でエメは俺を睨んでいた。

俺は気にしない事にしていたが、やっぱり気がかりになる。


「なあエメよ。お前はどうして盗賊になったんだ?」


 俺がこの世界で生きた時代では、食いっぱぐれた奴が率先して盗賊になっていた。

 いわばならず者って奴だ。集団で動く奴。一人で動く奴。

 様々だったが、どいつもこいつも生きる事に必死だった時代だ。

 当然、酒場の用心棒を生業にしていた俺は、何度も盗賊って奴を殴り飛ばした事もある。


「んー。何となく? かっこいいじゃん?」

「何となくって……。それに、人様の物コソコソ盗んでカッコいい訳ねえだろうよ」


 俺はそんなトンチンカンな答え聞いて肩を落とす。昔じゃ考えられない返答だ。


「カッコいいの! 私はおじいちゃんの意思を継いで盗賊になったんだから」

「意思だぁ?」


 他人の財産を盗むってのは最悪の行為だ。他の奴が積み上げてきた努力を、一夜にして泡にしちまう。 そんな盗賊ってのは俺が許せない腐れ外道だった。


「エメのおじいちゃんは、それはもう凄い盗賊だったんだよ! お金持ちから盗んだお金や薬や食べ物を皆に配ってたんだから! だからカッコいいの!」


 ……だが、弱い者を助ける為に強い者へ挑む義賊は別だ。

 勝手な俺の戒律さ。


「ッケ。早死にしちまうぞ」


 盗賊の中には、家族を救う為や病人を救う為だったり……。盗みの裏には色々な物語があって、その度俺が見逃すもんだから酒屋の娘から良くどやされたもんだ。


「よくエメのおじいちゃんが言ってたよ。弱い奴を助ける為の盗みは別だって。前に無敵ちに教えて貰ったんだって! だから、絶対お金持ち以外からは盗まなかったんだ」

「……そーかい」


 記憶にないが、恐らく見逃した盗賊の一人だったのだろう。何となく恥ずかしくなって俺は空を仰ぐ。五十年経った今でも、俺の意思がこうして生きていると思うと、嬉しい反面、臭くてかなわねえ。


「だからエメも、可哀想な魔族達を少しでも助けたいと思って、ナディから依頼を受けてる内に、子供達と一緒にあの孤児院に住むことになったんだ。おじいちゃんもいなくなって、エメはパパとママの顔も知らないし、それに子供達は大好きだし!」


 そう言うと、エメはにっかりと歯を見せて笑う。イディアも同じ、他人の事を思いやる優しい心を持った女性だった。そんな笑顔に、俺は口をへの字に曲げて対抗する。


「それがとんだ外れくじを引いちまった訳だ」

「本当だよ! あの時すっごく怖かったんだからね。それに、噂じゃあの石は凄い力を秘めてて、隠れてる王様が何かを企んでるんだってさ」

「雲をつかむような話だぜ……」


 そんな石がつい最近になって発見されて宴会だか円卓だか知らねえが、其々の勇者へ一個ずつ丁寧に持たされてると言う。どうもきな臭い話だ。

 一体あのナルグのボンボンは何考えてやがる……。


 ――――――――! ――――! ――――――――!


 そのまま俺が空を仰いで煙草の煙を吐き出していると、遠方が何やら騒がしいのに気づき、首を向ける。あっちは居住区の方だ。


「……なんだ?」

「何だか騒がしいね? ひょっとして勇者出たかな?」


 念のために若返りの葉巻がポケットの中に有る事を確認し、歳を取ったせいで錆び切った鉄のように軋む膝を伸ばす。


「そうと決まれば見に行くぞ」


 もう少し、エメとのんびりしておきたかったが、仕方ねえ。



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