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第五章 交錯 1

 侑希と別れたその日、裕貴は母親に催促されて帰宅した。家では母親が裕貴のことを待っており、二度目の非行行為に雷を落とした。裕貴はそんな母親を都合の良い人間だと心の中で感じて上の空で聞いていた。裕貴の思考を占めているのは侑希のことだけだった。


 母親から二度とこのようなことはしないと約束させられた裕貴は、いつもの時間より遅れながら学校に行く準備を行う。しかしそんなときでも侑希のことが頭から離れることはなかった。


 侑希が言っていたことは、時間が経って冷静に分析できるようになっていた今でも理解できないことの方が多かった。侑希が裕貴に再会するための条件として提示したことは非常に曖昧である。そのことが裕貴の思考を阻む大きな障壁になっていた。


 その日の学校は今までの中で一番有意義だった。有り余る時間を使い尽くしたことが、裕貴にそんな評価をさせた。ただ、この日は学校だけでなくバイトもある。裕貴の態度がその中で変化するはずはなかったが、それでもバイト先に行きたくないと考えてしまうことは無理のないことだった。


 しかし、裕貴は自分の勝手で迷惑なことをできる人間ではない。どんなに裕貴が心の中で嫌がったとしても、結局は建前として小さなものを手に入れるために時間を使う。


 侑希のことを考える上で一番裕貴のことを苦しめたことは、何と言っても侑希と次に会う約束をしていないことだった。いつもは侑希と会うことを約束をして、その時間に向かって意識を集中させる。


 ただ、今の裕貴にそんな状況はなかった。侑希と再会できるか分からない中で、その未来のために模索をしなければならない。結果が全く見えないことに労力を費やすことを、裕貴は初めて怖いものだと感じていた。


 しかし、侑希と再び顔を合わせることは裕貴の譲れない目標である。侑希に言えなかったことを伝えるために、そして侑希の抱えている何かを解決するために、裕貴は行動を惜しむわけにはいかなかった。


 学校で時間をかけて考えたことは、侑希の抱えている問題についてだった。侑希が何かしらの事情で裕貴と会うことができなくなった。その理由について侑希が言っていたことを信用するならば、その原因は侑希にあるという。侑希はそれを裕貴に理解してもらことを期待していた。つまり、裕貴は侑希の深い秘密を調べ上げることを求められているに等しかった。


 それは目を閉じたまま星を数える行為に等しい。どんなに考えても、一日の努力では何も進展しなかった。


 しかし、裕貴はいくつかの可能性を考え出してはいた。侑希がこのような行動に出ざるを得なかった理由として考えられることは、全くないというわけではなかったのである。ただ、それが裕貴のことを満足させることはなかった。辻褄が合うように考え出したことは、どこかで必ず不備が見つかる。ただ一つの正解にたどり着くことは簡単なことではなかった。


 そこで、バイト中に裕貴は新しいアプローチの仕方を考え出した。それは、侑希と会うことと侑希の抱える問題を理解することの順番を入れ替えるというものだった。


 侑希は、自身が抱える問題をしっかりと理解してから会いに来るように裕貴に話した。そのため、裕貴は侑希のその問題を解決すると、必然的に侑希に会うことができるものだと考えていた。しかしどんなに考えたとしても、ただでさえ詳しいことを知らない侑希のことを理解することはできない。一日でそのような結論を出した裕貴は、考え方を変えたのである。


 時間や労力をかけて侑希と再会することを優先する。そしてそれを果たしたときに、おのずと侑希のことを理解できると考えた。侑希のことを理解すると侑希と再会できるのであれば、その逆が成り立ってもおかしくはないのである。


 最終的に裕貴が考えついたことは、侑希がいるかもしれない場所に何度も足を運んで侑希を見つけることだった。思考を積み重ねるよりも、体を動かした方が裕貴自身納得ができる。安易なようにも感じられたが、侑希にアプローチしていく上で何かしらの突破口が見つかるまではそのようなことをするしかなかった。


 バイト先でそのように考えた裕貴は、その日のうちに早速行動に移ることにした。この日に限って運が良いのか、上山と沙織が二人とも休みであった。裕貴はそれを幸先がいいと感じた。そして、誰にも邪魔をされることなく裕貴は考えたことを実行した。


 バイトが終わると、裕貴は急いで自転車に乗る。その後すぐに、いつもの見慣れた道を走り始めた。今日のバイトは深夜までとなっていたため、今の時間は日付が変わる直前となっている。それでも裕貴は、とある目的地に向けて自転車を走らせた。


 その目的地というのは、言うまでもなく新宿である。裕貴は侑希と初めて出会ったその場所に行ってみることを考えていたのである。


 侑希が今どこにいるのかは、裕貴の全く見当のつかないことである。裕貴にあんなことを言っておいて、まだ新宿で徘徊を続けている。裕貴はそんな可能性を考えて向かっていた。しかし、そこで本当に侑希と会えるのかとなれば、その可能性が極めて低いことは承知していた。侑希は昨日、もうその場所で会うことはできないと裕貴に伝えていたのだ。


 またそれは、群馬県の桐生市についても当てはまることだった。侑希はあの街に消えていったが、自宅があの周辺であるという根拠は得ていない。侑希が裕貴の追跡に気がついていたということから、その場所が侑希にとってゆかりのある場所なのかどうかさえ判断ができない。裕貴は八方ふさがりとなっていたのである。


 しかし、何も動くことをしなければ、侑希と会えないということは間違いない。そのため、裕貴は可能性が低いことが分かっていても、今日のように新宿に向かうことを重要視した。侑希に会うことができなくても、侑希と過ごした時間を感じることはできる。それが裕貴にヒントを与えるかもしれなかったのだ。


 同時に、裕貴は桐生市にも行ってみることを考えていた。しかし、東京からそれなりに離れた場所であることから、安易な考えだけで行くことはできない。裕貴はできることから行っていくことを計画していた。


 昨日侑希から受け取ったはがき大の紙についても、裕貴は平行して考えている。しかし、紙とそこに書かれている酒升の絵だけでは、貧弱な裕貴の推理力では何も考え出すことはできていなかった。裕貴はそのことに関しても考慮に入れている段階であった。


 裕貴がいつも自転車を止めている場所に到着すると、侑希とこれから会うことを想像しながら約束の場所に向かった。そうすることでいつも通りが戻ってくるかもしれないと考えたのである。現実がそんなに甘くないことは承知している。


 裕貴は大きなスクリーンがある建物の前に到着すると、早速周囲を見渡してたった一人の人影を探した。そこは今日もたくさんの人で賑わっていて、侑希がいないことを除けば変わったところは何もなかった。


 裕貴はその場で立ち止まって時間を過ごす。到着してすぐに会えるとは思っていない。時間をかければ、もしかすると何か変化を得られるかもしれないと考えたのである。その間、裕貴は侑希と過ごした時間のことを思い出した。


 初めに裕貴が思い出したことは、侑希が阪神タイガースのファンだということだった。その後、裕貴はその球団について色々と調べた。侑希がどうしてその球団のファンになったのか。それは今の裕貴にも分からないことであったが、それは裕貴が初めて侑希の一面を知ったときだった。その時の感覚は今でも覚えていた。


 そのまま、裕貴は侑希と会話したことで覚えていることを列挙していった。二人でいるときに話題を振ってくるのは、大抵侑希の方だった。裕貴が侑希に好意を持つようになってからは、そんな侑希の話題を一つ一つ記憶するようにしていたため、その時の感情も同時に溢れてくる。しかしそれをどうすることもできない。


 どうして侑希が裕貴との時間を終わらせてしまったのか。どうしてそれが侑希の抱えている問題と関連してしまうのか。裕貴はあらゆる角度から考えを切り込んでいく。しかし、疑問は疑問を生んで考えが前進することはなかった。


 結局、裕貴はその場に二時間立ち続けて、収穫が見込めないことを判断してから帰宅することにした。侑希は現れなかった。当たり前であることが心を窮屈に感じさせる。そのようにして、一日目の裕貴の取り組みは終了した。


 帰宅してからも、一つ一つの動作の間に頭を回転させる。母親が再び帰宅時間について文句を言ってきてはいたものの、それに耳を傾けることもなかった。一日の最後に、絶対に諦めないことを心に誓って就寝した。


 その日から、このような侑希を中心とした生活が始まることになった。ただ、どんなに疲れていても学校にはしっかりと行く。それは侑希が裕貴に求めていたことで、裕貴はそれに従っていた。また、バイトの時間についても、侑希との約束がなくなってしまったために侑希と出会う前の状態に戻した。常に侑希のことを考えていても、裕貴は何も得ることはできない。いつか桐生市に足を運んで侑希の痕跡を探すときのために、お金を集めておくことを考えたのである。


 バイトの後は、日課のように新宿に通った。現時点で裕貴が侑希と出会う可能性が高い場所はここである。三日坊主になることはがないように、バイトがない日でも新宿に向かう。それは裕貴の固い決意を表していた。周囲から見れば異様に映ってしまうことではあっても、そんな他人の目は気にしなかった。


 そうして裕貴は侑希がいなくなってから最初の一週間を過ごした。あっという間に過ぎた時間で、侑希のことを考えなかったときはなかったと言っても偽りではない。それほど裕貴は計画していたことを実行していた。


 ただ、それが実を結んでいるかと言えばそうではなかった。一週間行動をして、裕貴が得たものは何一つなかったのである。

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