プライド
天翔騎士エルファーはフッと姿を消す。直後、老体の肩に切り傷がつく。
「むむっ」
エルファーは老体の周りを一定の距離を保ちながら、姿を現しては消え、現しては消えを繰り返す。俊足で老体の横を通り過ぎる、その度に一つ、また一つと老体の体に傷がついていく。
「むむむっ」
丸腰の老体は両手を前に構えて体勢を低くしたまま動けずにいる。
「ーーハッハッハッ!!何も出来ないじゃないかっ!このまま嬲り殺してやるよジジイっ!!」
「こんな小さな傷ではワシが死ぬ前に日が暮れてしまうぞ?いっそ【串刺し】にでもしたらどうじゃ?」
煽る老体。
「ハッ!そんなに死にたいならさっさと殺してやるよっ……死ぃぃねぇえええ!ーー」
老体の背後にエルファーが姿を現す。首をめがけて振り下ろされるエルファーの剣は…………
《ーードスッ!!ーー》
「ーーがはっっ……ぉえっっ!!ーー」
……老体の首に触れることなく止まる。寸でのところで〈老体の肘鉄〉がエルファーの腹部にめり込み、エルファーは嗚咽する。
膝から崩れるようにその場にうずくまるエルファー。
「ふむ……【遅いのう】」
ボソッと呟く。
「ーーっっ!このっ!!ジジイぃぃい!!ーー」
怒りに震える声を上げるエルファーはフッと消えるように老体から少し距離を取る。
「ーーぉぉ……【遅い】だとっ!!この僕がっ!!ーー」
「おっとスマン、言葉が足らんかったのう……遅いと言ったのは【攻撃】がじゃ……」
「………………くっ」
まるで、老体の言葉を待つように腹部の痛みに耐えながら黙るエルファー。
「……エルファーよ、お前さんはその速さを【制御】出来ておらんのじゃよ……じゃから……ーー」
「ーークッソ!!……【お前もか】……【お前もそれを言うのかぁああっっ!!】ーー」
老体の言葉を遮って大声を張り上げるエルファーは再び、その速さで老体の周りを駆ける。
「…………」
(【お前も】とはなんの事じゃ……?)
「ーー僕は速いっ!!ほら!この速さについてこれないじゃないかっ!!ーー」
「まあ、速いのは速いんじゃがのう……なんと言ったら言いのかのう……」
再び防戦一方になっていた状況に戻るが……今度は、老体に傷がつかない。エルファーが俊足で老体の近くを通り過ぎる刹那に、老体は体の向きをずらし最小の動きで斬撃を躱す。
「ーークソッ!クソッ!クソクソクソッ!!見えているのかっ!!?ーー」
「……うーむ、はっきりとは見えてはおらんが。……ワンパターンじゃから……もう予測出来るんじゃよ、タイミングとか軌道とか色々のう……」
「ウソをつくなっ!まぐれだ!まぐれに決まってるっ!!」
「ウソではないぞ?……〈ほれっ〉」
《ーードゴッ!!ーー》
「ーーかっっ!!っっっっぁぁっ!!ぅぉええっっ!!ーー」
背後から老体の横を俊足で横切る、その瞬間に老体はクルッと向きを変え、遠心力の乗ったボディブローをエルファーに見舞う。再び腹部への衝撃に痛み悶え、嗚咽して崩れる。
「ーー……っっっっ!!……はぁ……はぁ……はぁ……くっ…………はぁ……はぁ……ーー」
「…………ふむ」(……まだまだ若いのう……)
苦痛に息が上がるエルファーを眼下に、髭をいじりながら考えを巡らす。
「お前さん……
【トップスピードで動いとる時にはちゃんとした攻撃が出来んのじゃろ?】……そもそも初撃で致命的な……あるいは、大きな深手を負わせればええものを、【小さな傷】を負わすだけで……変じゃなと、思っておったんじゃ……。制御出来ていない速さで攻撃しようものなら、腕を持っていかれて痛めるか……武器を落とすか……もしくは、対象に激突して自身もダメージを負うか……といったところかのう」
「……っだ……だまれっ!」
「出来る事とといえば……俊足で通り過ぎる際に斜めに構えた剣の刃を沿わせて相手を切り傷をつけるのが関の山、ということじゃ……それに……ーー」
「ーーだぁまれぇっっ!!ーー」
激昂して言葉を遮るエルファーは、その勢いのまま老体に斬りかかる。
《ーードスッ!ーー》
「ーーぐぁっ!!ぁぁあっっ!!ーー」
「冷静さを欠いてはならんのう……」
またエルファーは振りかぶった剣を降り降ろすことなく老体の打撃をまともに喰らって悶絶する。かろじて立てている状態で小刻みに震えながら留まる。
「……お前さんは、自分より強い者ともっと戦った方が良いのう……」
「……だ……、だま……れ……僕は……つよぃ……ーー」
「ーープライドだけでは強くなれんぞ?小僧……じゃあの」
《ーーガゴッッ!ーー》
「ーーーーっっっっぁ!!ーー」
老体は肘でエルファーのフルヘルム(兜)ごと顎辺りを横殴りする。巨体の体重移動を利用した重撃はフルヘルム(兜)をベコベコに歪ませ、エルファーの脳を大きく揺らす。
「…………いてて、肘でもちょっと痛いのう」
《ーードサッーー》
既に意識なく立ち尽くすエルファーは程なくして倒れる。
「さて、ダンキュリーさんの方を手伝うかのう……」
老体は目線をその方向へ向ける。
すると……
仁王立ちするダンキュリーと
膝をついて息を荒くするベルフリーデンが目に入った。




