中央市場
老体が後ろからの声を聞いた次の瞬間、右腕の裏側(主に筋肉から浮いた血管)を指でなぞられるのを感じた。
「ーーっ!!?」
驚いてゆっくり振り向くと受付嬢が、頬を赤らめ少しぼんやりとした上目遣いでこちらを見つみている。
「ーーおっ!おお!こんなに広くて良い部屋を良いのかい?お嬢さん!」
老体はとっさに声を皆に聞こえるように話をし始めた。
「ーーえっ?あっ!!……あ、はい!もちろん!ウチの宿は街の中でもとっても人気があるんです!ゆっくり寛いでくださいね。宿代は助けて頂いたので……全額とはいきませんが、割引させてもらいますよ。おじ様」
「それは助かる!ありがとうのう」
「はい!では簡単にお部屋の説明を……ーー」
正気に戻ったかのように、営業トークとスマイルで老体に応対する受付嬢は一通り部屋の説明を手早くした後、部屋を去っていった。
老体は背負っていた大きな荷物をやっと下ろし、大きなソファに腰掛けた。
「ーーっ……ぁああーー疲れたのぅ……しかし、上等なソファーじゃのう……人気なのも頷けるわい」
疲れが溜まっていたせいか睡魔が老体を襲う。
「このまま寝てしまいそうじゃわい……」
「………………」
「…………」
《ーー……スゥー…………スゥー…………》
《……スゥ…………スゥ…………》
静寂の中に寝息が2つ。
天井を見上げるような姿勢でソファに腰掛けていた老体は首を起こし、周囲を確認する。
「ホッホッホ……なんじゃ……こっちが寝てしまいおったのか……ホッホッホ……」
立ち上がって寝息のする方へ近づいていくと、一つのベッドで仲良く向かい合う姉妹のようなイズとメリーが寝落ちしていた。
「……慣れぬ旅で疲れておったんじゃな」
(旅に出てから本当は2人ともしっかり寝れておらんかったのかものぅ)
老体は音を立てぬよう近くにあった毛布を2人に掛けてやった。そして自身もソファへ戻り、しばらく目を閉じて旅の疲れを労った。
「………………」
「……いかんいかん、本当に寝てしまいそうじゃわい」
完全に寝てしまっては決闘をすっぽかしてしまいかねないので起きることに。全身黒の動きやすく伸縮性のある服(ジジイのトレーニング用)に着替えた後、受付へ向かった。
「……お嬢さん、まだ時間的に早いかも知れんが街をゆっくり歩きながら向かうとするよ」
「あ、おじ様。だったら私も一緒に……」
「おや?そうかい。シシレンは始めてではないんじゃが、街並みが少し変わっておったから迷子にならんか心配しておったのじゃ、助かるわい」
「ウフフ、一緒にデートしましょう」
「ホッホッホ、デートか……ならもっとマシな格好してくれば良かったのう」
「今のお召しものも素敵です。……な、なんせ、逞しい筋肉のラインが分かるくらい服が悲鳴を上げてピッチピッチで…………もう堪らなーー……んんっ!!何でもないです、行きましょう。おじ様」
「ん?うん……行こうかのう」
急に咳払いをしてヨダレを拭うような仕草の受付嬢が気になりつつ、宿を出た。
街を歩くと活気があって商売っ気のある人々のやり取りが目に入る。その一方で、特級モンスター関連の話をして今後を憂いている会話をチラホラ耳にする場面もあった。
「おじ様、ここが中央市場ですよ」
港街シシレンの中央市場は大きな円形の広場の中心にシシレンの商会本部の建物がある。それを囲うように通路があり、その外側を色々な種類の商いをする露店が立ち並んでいる。
「色々あるのう、少し見ていっても良いか?」
「ええ、もちろんです」
食べ物、服、宝飾、薬、骨董、小物から武器や鎧……様々なものがある市場の中で、ある露店の前にいる客と商売人の少し気になる会話が耳に入った。
『なんだこりゃ?ピールポーション(薄いピンク)の中になんか混じってんぞ?』
『何って、ポーションだよ』
『いやいや、ポーションはこんな【紫色】じゃねーだろ?しかもちょっと高いじゃねぇかよ』
『これはなぁ…………幻の【賢者の雫】なんだぜ?』
『いやいや、まさか……そんなわけねぇだろ。噂でしか聞いたことないし、実際に存在するのかどうかも怪しいもんだぜ』
『……まあ、そうゆう反応になるよな。実はこれ……シシレンに向かう途中で、【旅の姉妹】から仕入れたものでな、旅費がないから何本か買ってくれー、って妹の方にせがまれてよぉ……んでお姉さんの方がもうドえらい美人でなあ、ついつい買っちゃったんだよ』
『なんだそれ……粗悪品を掴まされたんじゃねぇのか?』
気になった老体は会話の聞こえる露店へ商品を見に行った。
確かに、ピールポーション(安価で一般的な回復薬、色は薄いピンク)の中に数本、【紫色】のポーションが混じっている。




