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第60話「世界の中心で愛を叫ぶのは勝手だが、頼むからそこを退いてくれ」

 などと、二千年以上も前の人間の言葉に被れていた自身の過去を、もとい絶賛進行中の現在を揶揄しつつ、俺は先程から変わらず開かれたままの扉をくぐり玄関へと入る。尤も、世間では先ず否定から入る人間は嫌われるとまことしやかに囁かれているものの、論理など人間の判断基準のほんの一部だと理解した今となっても、俺は未だそれが真理に至る為の手段だと信じてはいるのだが。


 とはいえ、それだけでは本当に嫌われる……とまでは言わないが、少なくとも好かれる事は無いという事は実践により身に染みて理解した今となっては、流石に俺も他者の言葉にいきなり否定から入る事は少なくなったが、それでもそれが、則ち或る意見の否定出来る部分を否定する事で改善点を見出すという事が、十分な有意性を持つという事を疑った事は無かった。


 ともあれ、既に荷物の運搬自体は終わっていたのだから、それこそ開放されていた有意性は一切無い扉を今更閉めると、自身の住処へと戻った事を実感した為か、改めて一仕事を終えたという感覚が湧いて来る。尤も、改めて屋内の方に向き直る事で視界に入った荷物の山は生憎と同意見とはいかない様であったが、その異論を聞き入れるだけの寛大さを、この家の主は残念ながら持ち合わせてはいなかった。


 という訳で、屋内へと上がり込んだ俺はその行為の必要性に若干の疑問を抱きながらも洗面所へと向かうと、除菌だか殺菌だかの機能を持つハンドソープで自らの手を洗う。なお、それらの似た様な言葉の意味の違い、より厳密には社会での使われ方の違いについては、かつて昨夜も利用したサイトに投稿されていた動画で学んだ、もとい知った事はあるのだが、それをある程度記憶してはいる現在でも、その動画の視聴以前と俺のその言葉への認識は変わってはいなかった。


 その後、特に次の予定が決まっている訳ではない為、それを考える為にも俺は一先ず食堂へと向かうが、辿り着いたそこには先程置いたお茶とコップが未だそのままの状態で残されていた。コップを逐一洗う必要があるかは兎も角、少なくともお茶は冷蔵庫に入れておくべきだろう。などと、内心でその状況に冷静な指摘を行うが、その状況を作り出したのは言うまでもなく自分自身である為、その言葉が向かう先も自ずとただ一人に定まっていた。


 そして、その結果無事に少々のダメージを受けた自身の精神をかばう様に、俺は何も気にしていない

風を装ってその少し温くなったお茶をコップに少量注ぐと、一仕事終えた自身を労わるという体でそれを飲み干す。しかし、俺は本来常温のお茶でも気にせずに飲めるタイプなのだが、流石に一仕事を終えた後の一杯に関してはその限りではないというか、冷えた物と比較して満足感が劣っている事は否めなかった。


「うむ」


 とはいえ、それを認めてしまう事は自身の精神への更なるダメージを意味する為、俺は十分な満足を覚えた事を示す様にわざとらしくそう言うと、空になったコップを置いて椅子に腰掛ける。そして、腕を組んで背もたれにやや大袈裟に体重を預けると、今後の自らの行動について考え始めるが、その答えは殆ど一瞬にして、かつ半ば自動的に決定された。


 というのも、その思考を始めた刹那には俺は大きな欠伸を催し、その事が示す自らの心身の状態と、それを改善する為の合理的な手段を考えれば、その答えは再度の睡眠以外には存在しなかった。尤も、先にも述べた通り、別に合理性だけが人の行動を決める訳ではないので、それに反してこのままゲームやらの娯楽や仕事に精を出すというのも一つの選択ではあり、幸いな事に一応はそれが許される立場でもあるのだが、今回に限ってはやはりその答えに逆らう気にはならなかった。


 その理由は言わずもがなではあるが、俺にしては珍しく既に決まっている今後の予定、則ち春菜との約束の為である。それがどの様なつもりでの誘いなのかは未だ不明だが、先述の通り俺がそれに応じる、則ち買い物に行く為には車を使用する事になり、それには必然的に心身の状態を平常に保つ必要があった。


 尤も、自分一人で出掛けるというだけであれば、多少の疲労や眠気程度であればそれを押しての運転でも別に構わないのだが、今度の場合には万が一も許されない為、俺は万全を期す為にも一定の睡眠は取るべきだと判断したのである。なお、言うまでもないが、此処で言う多少の疲労や眠気とは運転に支障を来さない程度の物であり、自身の認知機能に一定以上の制限が掛かる様な状態であれば、その要因にかかわらず運転などすべきではない。


 ともあれ、今後の行動を決めた俺は先ずはお茶とコップを片付けると、テーブルの上のスマートフォンを回収して再度和室へと向かって歩き出す。なお、此処で午後まで眠ってしまう事で、結局は再度昼夜逆転に陥ってしまうという可能性がある事には無論気付いているのだが、それと春菜の身の安全の何れを優先すべきかなど、秤に掛けるまでもなく決まり切っていた。

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