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第58話「モーター接続式感情制御システム」

 それはさておき、いい加減にこんな単純作業に時間を掛け過ぎであると思った俺は、これ以上余計な思考をしない様に努めながらその重い荷物を玄関へと運び入れると、引き続き可能な限りの無心を保ちながら、残された最後の荷物の運搬もさっと終わらせる。


 尤も、実際に無心になる事など、特に俺の様な常に何かしらの思考が湧いて来る人間にはそう容易な事ではないので、実際には心中で「無心無心」と繰り返していたという、仮に声に出していたら聞いた人間はちょっと恐怖を感じる類の思考をしていただけなのだが、何はともあれ意図していた作業が無事に完了した事は確かであり、俺はその馬鹿みたいな思考にも一定の成功を感じていた。


 しかし、確かに荷物の運搬自体は完了したものの、良く考えるまでもなく未だやるべき事が残されている事を、自身の背中に感じる外からの空気の流れが教えてくれる。自身の勝手な勘違いであるとはいえ、一度やる事を終えた感を出した今の俺には正直言ってそれを済ませるのは非常に億劫なのだが、そんな事を言っても仕方が無いので俺は溜め息を一つ吐くと、後ろへと向き直り再度玄関の扉をくぐり抜ける。

 

 とはいえ、未だ爽やかさを保っている朝の空気に触れる事はやはり悪い体験ではなく、それを味わった俺は直ぐに一定の気力は取り戻すと、昨日までの住処であれば既に何度もクラクションを鳴らされていそうな停め方をしている我が愛車の元へと歩み寄る。そして、その場で少し考えた後、俺は運転席ではなく再度後部座席のドアを開ける。


 というのも、現状ではこの車の後部座席は本来の姿を保ってはおらず、荷物の運搬の為の広いスペースを確保する為に折り畳まれているのだが、それを元に戻そうと考えた為である。尤も、別に誰を乗せる予定があるという訳でもないので、後部座席がどの様な状態であろうと特に大した影響がある訳ではないのだが、まあ、このオンボロ軽自動車君もきっと元の姿に戻りたいと思っている事だろう。


 などと、作家らしく自身の道具を擬人化してその責任を負わせてはみたが、無論実際にはこの行動はその主体、つまり俺自身の意図によるものである事は言うまでもなかった。則ち、昨日見掛けた際には若菜が自転車に乗っていた事からも、柴田家には遠出が出来る交通手段が無い可能性が高いと思われる為に、このオンボロにも、そしてその後部座席にも活用の機会があるかもしれないという考えから、俺は面倒を負ってでもそれを元の状態に戻す事にしたのだった。


 要するに、それは俺の勝手な、見様によっては自意識過剰も良い所である期待に基づいた行動でしかないのだが、その俺の期待する様な理由によるものかは兎も角としても、実際にその様な活用の機会が訪れる可能性はそう低くはない様に思えた。というのも、仮にあの親子の何れかが何かしらの大きな、或いは重い物を買いたいと思った時に、わざわざ高い送料を支払うよりはあの人に頼もうと考えるであろうという程度には、彼我の距離は遠くはないと俺は思っていた。


 尤も、この考えはあくまでも昨日からの二人の、則ち若菜と春菜の俺に対する態度に基づく推測に過ぎないのだが、もしそれらが演技、或いは俺の思い違いだとした場合、正直に言って俺は残りの人生を全うする事が嫌になる程度のダメージを負う事にはなるので、流石に信じても良いだろうと俺は思って、いや信じていた。


 というよりも、今更になって気付いた、もとい思い出したのだが、そう言えばこの後に春菜と買い物に行くという約束を交わしており、春菜が何処に行くつもりかは不明だが、少なくとも徒歩で無理なく往復出来る範囲にはその目的を果たせる様な店舗は存在していないので、このオンボロを活用する事は実は既に確定していた。


 まあ、それだけであれば別に後部座席の状況は関係無いのだが、現時点で春菜の方がそれに抵抗を抱いていない位なのだから、いずれはそちらも活用する機会が訪れる可能性は低くはないだろう。


 ともあれ、その光景を想像して顔がにやけてしまうのを我慢した結果、今の俺はさぞかし気持ちの悪い表情を浮かべているだろうが、俺はそれを企図した当初よりも明確な目的意識を持って、折り畳まれた後部座席を元の状態へと戻していく。


 それは不慣れな、どころか生まれて初めての作業である為、その進捗は決して順調ではなかったが、我ながら非常に珍しい事に、その苦労にも俺は何の負の感情を抱く事も無かった。それが明確な目的を持っての作業である為か、それともその目的の内容故のものなのかは分からなかったが、その謎をわざわざ解き明かそうとは思わなかった。ただ、このあまりにも久し振りな精神状態に、やはりこの帰郷は正解だった、などとだけ思っていた。

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