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第41話「或る反応が本能的な物なのか、それとも後天的に身に着いた物なのかを判断する術が無い」

「……なるほど。流石は四十年来……いえ、三十五年来の幼馴染は伊達じゃない、という事ね」


「え?」


 そうして俺が視線を下げてから更に暫し経った頃、これまでは明瞭な声で話していた春菜が小声で何やら呟くと、良く聞き取れなかった俺は反射的にそう聞き返す。いや、厳密には概ね聞き取れてはいたのだが、その内容が予想外な物というか、その意味を理解する事が難しい物であった事もあり、その自らの認識の正しさに自信を持つ事は出来なかった。


「いえ、何でもありません。そういう事なら、それを用意したお母さんもきっと喜ぶと思いますよ」


 しかし、その呟きはやはり他人に聞かせるつもりは無かったのか、春菜は明らかにそれと分かる様にその俺の疑問を誤魔化すと、続けて先程の言葉に対する返答を口にする。それは俺がその疑問を解決する機会は永久に失った事を意味していたが、別にそんな事は気にする程の事でもない。無論、自らの認識が正しいのかという事や、その言葉の真意が一切気にならないという訳ではないのだが、相手が隠そうとしている事をわざわざ暴く様な趣味は俺には無かった。


「……そうだと良いけどね」


 ともあれ、その春菜の言葉に対する返答を暫し考えてはみたものの、俺にはそう短く答える事しか出来なかった。いや、俺にとっては帰郷の理由の一端を占めていた人物であるのだから、無論その「お母さん」、則ち若菜に対する興味が無いなどという訳ではないのだが、だからこそ、その当人について話す事に一定の羞恥を覚える事を措いておくとしても、と或る人物についてその娘の前でどう話すべきかという事を、残念ながら俺はこの半生で学んで来てはいなかった。


 それはさておき、俺のその返答はやはり十分にその期待を満たせるものではなかったのか、此処に来て再度春菜の返事が滞る。尤も、俺から見ればこれまで殆ど途切れずに即答し続けていた事が大したものであるので、別にそれを責める様な気は毛頭無いのだが、自身が頻繁にそれを作り出す側であるにもかかわらず、この沈黙は中々に精神に堪えるものだった。


「ところで」


「ところで、あ、お先にどうぞ」


 やがてその沈黙に耐えかねたのと、その間の思考により漸く気付いた事について話そうとした時だった。話題の転換の為の接続詞を口にした瞬間、同時に春菜もまったく同じ言葉を口にする。だが、驚きによりそこで言葉を詰まらせた俺とは異なり、春菜は瞬時に俺に発言権を譲る旨を口にしており、そのコミュニケーション能力の差は歴然だった。


「いや。発言の順番的に考えても、そっちこそお先にどうぞ」


 とはいえ、そこで歳が半分程の少女に簡単に譲られてしまっては大人としての沽券に関わる。などと無駄なプライドを刺激された俺は敢えてそれを辞退すると、会話の流れを重視するというコミュニケーション強者を気取り、大人としての余裕を見せるという意味も込めてその発言権を再度春菜へと譲り返す。


「何ですかそれ? 別に発言の順番なんてどうでも良いじゃないですか。寧ろそういう事なら、年長者であるそちらが先に話すべきですよ。何でも良いから、気になるので早く話してください」


 だが、その俺の大人としての余裕のアピールも虚しく、譲った発言権はあまりにもあっさりと春菜の手、もとい口によって再度俺の許へと突き返される。とはいえ、無論その春菜の言動に対し、自身の好意を無下にされただとか、その年長者に対する態度がどうだなどと憤る事は無いが、真のコミュニケーション強者としての格の違いを見せ付けられた俺には、最早大人しくその言葉に従う他は無かった。


「……それじゃあ、お言葉に甘えて先に話させて貰うけど、別に大した話じゃないよ? ただ、さっき言った様に俺は助かるから別に良いんだけど、何で朝からステーキなんて用意してあったのかなって」


 だが、その春菜の言に従って、こうして先程言い掛けた言葉を口にしたにもかかわらず、春菜の反応は意外なものだった。というのも、その俺の言葉を聞き終えた春菜は暫し目を見開いて此方を凝視していたが、やがて呆れた様な表情を浮かべると共に深い溜め息を吐いたのだった。


「……一応訊いておきますけど、それって本気で言ってるんですよね?」


 その表情通りの感情を隠す事も無く、それがありありと感じられる口調で春菜がそう尋ねて来るが、俺にはその突然の態度の変化の理由は分からなかった。いや、前置きした様に大した話ではない事は自覚してはいたのだが、これまでの春菜の言動から推測する限りでは、その呆れはそういった理由によるものではない様に思えた。


「……いや、その通りなんだけど、俺、何かおかしい事を言ったかな?」


 とはいえ、その理由が分からない事には変わりはない為に、俺はただ正直にその質問に答えると、こちらもその春菜の質問の意図を尋ねる形でその態度の変化の理由を尋ねる。尤も、それを聞き終えた春菜が再度溜め息を吐いた事からも、恐らくはその質問に期待する様な答えは返っては来ないだろうが、俺が正直に答えているのはあくまでも俺自身の都合の為に過ぎないので、別にそれでも一向に構わなかった。

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