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第42話「努力次第で追い付ける才能の差もあるが、そうではないものもある」

「いいえ? 別にそんな事はありませんよ? 何でそんな高級なステーキが用意されていたかなんて、私もぜーんぜん、ちーっとも分かりませんから」


 そして案の定、春菜が先程からの呆れの感情を隠す事も無く、というよりも寧ろそれがより顕著に表れた口調で、俺の疑問の答えを教えるつもりはない旨を口にする。いや、その言葉の意味をそのまま受け取れば、春菜もそれを知らないという事にはなるのだが、流石の俺でもそう受け取るべきではないという事位は理解出来ていた。


「……成程、そういう事なら仕方が無いね。それじゃあ、俺の話はこれで終わりだから、次は春菜ちゃんどうぞ」


 とはいえ、本人がそう言っている以上はそれを嘘だと追及する事も角が立つし、そもそも先述の通り、俺には別に他者が隠したい事をわざわざ暴く趣味も無い。それ故に、無論その答えが気にならない訳ではないが納得の意を表明すると、十代にして自身を遥かに超えるコミュニケーション能力を持つ春菜へと先程賜った発言権を返却する旨を申し入れる。なお、これは嘘ではないのかという話ではあるが、少なくともその相手の選択には納得をしている訳なので、まあ自身の信条には反していないと言えるだろう。


「あ、はい。それじゃあ、今日この後の事なんですけど、何か予定とかってありますか?」


 ともあれ、その俺の言葉を聞いた春菜は即座に相槌を返すと、直前までの態度が嘘の様な元の明朗な口調でそう尋ねる。それは思わず自身の直近の記憶を疑いたくなる程の急激な変化であったが、眼前の少女からは演技をしている様な違和感は一切感じられなかった。尤も、別に俺は演技を見抜く眼力が優れているという訳ではないのだが。


「え? いや、荷解きというか、未だ車に残っている荷物を家に運ぶ位で、後は仕事? をするだけ……いや、後で歯ブラシとかを買いに行かなきゃいけないんだった。まあ、そんな感じだけど、それがどうかした?」


 それは兎も角、その春菜の突然の……いや、発言自体は自分から促したのだが、その内容が予想外にも程があったというか、その意図が一切読めないという意味での突然の質問に、俺は思わず間抜けな声を出した後、ややぐだぐだと、だがやはり正直に答えを返す。


 この様な予想外の質問や言葉を投げ掛けられた時、無論直ぐに冷静に返答をする事が出来る人間も世の中には居るのだろうが、俺の様なコミュニケーション弱者の場合の反応は大きく分けて二つになるだろう。則ち、返答に窮して言葉を詰まらせるか、或いは十分な思考をせぬままについ答えてしまうかなのだが、今回はその後者になったという訳である。


「なるほど、ありがとうございます。ところで、その買い物って急ぎの用事だったりしますか?」


「いや、別にそういう訳じゃないけど」


 ともあれ、その俺の回答を受け取った春菜は納得した様子で礼を言うと更に質問を続けるが、やはりその意図を読めない俺は、再度十分な思考をせずにそう即答する。とはいえ、俺の一日の予定やら買い物のタイミングを知って何になるのかは甚だ疑問だが、別に知りたいというならば隠す様な事ではないので、訊かれれば答える事には特に何の抵抗も無かった。尤も、無論その質問をする相手にもよるのだが、少なくとも眼前の少女に関しては、そうする事に何の抵抗も感じる理由は無かった。


「それは良かったです。それじゃあ、その買い物は私の学校が終わってからにして頂けませんか? 是非一緒に行って欲しい所があるんです」


 その俺の胸中の疑問に答えるかの様に、春菜が俺の実際の言葉に対する返答を口にするが、それを聞き届けた俺は先程までとは異なり、暫し呆けたまま言葉を発する事も出来なかった。則ち、今度は先述の二択の内の前者が選ばれたという訳だが、この場合は返答に窮したどころか、そもそもその春菜の言葉を正しく理解する事にすら窮していた。


 尤も、仮にも物書きを生業としている身として、無論その春菜の言葉が表す内容、則ち日本語としての文法上の意味が理解出来ないという訳ではない。だが、その意図する所、則ち一見……もとい一聴するとデートの誘いの様にも聞こえるその発言に込められた真意が、俺のあまりにも乏しい人生経験に基づく思考では理解出来なかったのであった。


「……え?」


「嫌ですか? 勿論、それなら無理にとは言いませんけど」


 とはいえ、だからと言って相手の発言に対していつまでも無言のままという訳にはいかない為、何とか自身が疑問を抱いている事だけは伝わる様にそう間抜けな声を出すと、それを聞いた春菜は間髪入れずにそう悲しげな表情を浮かべて口にする。それが本心からの物なのか、或いは何らかの目的を果たす為に俺に断らせまいとする演技なのかは分からないが、その表情は見た者の、少なくとも俺の胸中に強烈な罪悪感を抱かせるには十分だった。


「いや? 別に嫌な訳じゃないけど、こんな――」


「それじゃあ決まりですね! 学校が終わったらまた声を掛けさせて貰いますので、そのステーキを食べて荷解きやお仕事を頑張ってくださいね。それじゃあ、私は学校があるので失礼します!」


 その感覚に促されるまま、俺はその春菜の発言を否定して自身の言動の意図を説明しようとするが、春菜は笑顔でそれを勢い良く遮ると、続けて捲し立てる様にそう言い残し、俺の返事も待たずあっという間にその場を走り去る。その一連の勢いに圧倒された俺は、その遠ざかる背中に別れの声を掛ける事すら出来なかったが、それを待たずに走り去ったという事は本人も別にそれを求めてはいないのだろう。

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