表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/265

第29話「好きな女の子の前で張り切れるかが男の価値だ」

 ともあれ、その温いお茶で一先ずは渇きを癒した俺はパソコンの前の席に着くと、いよいよ仕事を始める為に適当にマウスをクリックし、自動的にスリープになっていたディスプレイを再度点灯させる。だがその瞬間、間の抜ける様な機械音声による挨拶が流れ出し、俺は思わず肩を落としながら慌ててその動画の再生を止める。先程の動画の再生を終えた画面で放置していた為、その適当なクリックは次の動画のリンクを押してしまっていたらしい。


 漸く燻り始めたやる気に早速水を差された事に苦笑いを浮かべつつも、先ず使用している小説投稿サイトを開いてからその動画サイトのタブを閉じる。日によって……どころか執筆をする毎に状況が変化するのではっきりとした事は言えないが、俺の場合は大抵BGM等を流していると作業には集中出来ない為である。尤も、体調や精神状態等の影響か逆に無音だと集中出来ない時もあるのだが、この様な場合には確率が高い方を先ず選んで置けば問題は無いだろう。


 何はともあれ、此処まで随分と長かった様にも思えるし、逆にあっという間に休日が終わってしまった様な気もするが、俺はその小説投稿サイトの執筆画面に直接打ち込む形で遂に執筆を開始する。かつて夢と共にこの街を出た頃から今に至るまで、俺は下書きや細かい設定の有無等、様々な異なる執筆の方法を試みて来たが、この現在も毎日の更新を続けている作品に関しては、俺の本来の執筆の方法で書き続けていた。


 則ち、かなり大まかな流れだけは流石に事前に決めてはいるが、一つ一つの部分に関しては殆どぶっつけ本番で、各キャラクター自身の動きや俺自らの筆が乗るままに書いていく、というスタイルである。とはいえ、無論投稿前には一定の推敲は行うし、それどころか一文を書く毎に言葉のリズムや活字の並び等を見て書き換えたりもするのだが、それ故にかいつまで経っても俺の執筆は他の作家の様に速くはならなかった。


 いや、無論それでも流石に当初よりは速くなってはいるのだが、時折目にする時間毎に何文字のペースという話に対し、碌に推敲もせずに書いているだけだろうと毒づきたくなる程度には、今でも俺は多くの時間と労力を掛けて毎日の執筆を進めている。無論、それは現在進行形で進めているこの作業も例外ではなく、ある程度の文字数を打ち込む度に、俺は何度もその表現の美しさ、もとい据わりの良さを確かめていた。


 とはいえ、それでも当初よりは本当に、それこそ比べ物にならないと言っても過言ではない程には、時代と共に執筆の環境は良くなったものである。スペースキーを押すだけで勝手に変換してくれる為に漢字に悩む様な事も無いし、言葉の意味に迷ったらネット検索で直ぐにそれを教えてくれる。それどころか、自身ではその名前の記憶すら曖昧な事象でさえ、同様の手順で画像まで付けて詳細な情報を調べる事が出来てしまう。


 尤も、その情報の全てが正しいという保証は無いし、その様に手軽には調べられない難しい言語や物事も多々ある事は確かなのだが、それでも昔よりは圧倒的に執筆が楽になったという事は間違いなかった。そして、こちらは喜んで良い事なのかは毛頭自信は無いが、そもそも現在の、少なくとも俺が食う為の仕事で書いている様な小説を取り巻く環境を考えれば、最早その様な難しい言語や情報などを作品に使用する必要は無かった。


 だが、それが悪い事なのかと言えば、決してその様な事は無いと俺は思っている。というのも、難しい言葉を用いて書かれた小説は格好良いというか、確かにそうでない物と比較して芸術性に優れている感は出るものの、現代人から見ればはっきり言って非常に読み辛いものである。


 作品の内容にしても、重厚なテーマを美しい文章で緻密に描くのは確かに立派な事だが、そもそも小説よりも漫画の方が圧倒的に市場規模が大きいという時点で、少なくとも比較的多くの人は、芸術性よりも娯楽性を求めるものである事は明白である。斯く言う俺も読者としては漫画の方を好む性質なので、仮にも作家でありながら最早その事実を否定しようとも思わなかった。


 では何故この道を選んだのかと言えば、世の多くの人間がそうである様に、単に自身の持つ才能というか、能力を最も活かせる方法がこれであったというだけである。もし俺に一定以上の絵心というものが備わっていたのであれば、恐らく俺はそれを活かす道を志していた事だろう。


 ……いや。確かに八割方……いや半分程度はその通りなのだが、この道を選んだのにはまた他の理由があった事を思い出した。尤も、無論この様な事を忘れる訳はないので、実際には思い出すまでもなくしっかりと記憶していた事は明白なのだが、兎に角俺が作家を目指した事には或る自分以外の人間の影響があった事は確かである。敢えてその具体的な人物名を上げる事はしないが、思春期の男が好きな女の子の前で格好付けるという事は、決して珍しい事ではないだろう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ