96 そんな物に近づきたくはない!
「先生、取り敢えず水でも飲んで落ち着いてくださいよ」
興奮するベルゲル先生に椅子を勧め、水を注いだコップを手渡す。
先生は俺から奪い取る様にして、コップの水を一気に飲み干した。
少しは落ち着いてくれただろうか。
そんな先生の姿を鏡子さんが椅子にちょこんと座って見守っている。
はたから見ていると、古風な良家のお嬢さんって感じだな。
さて、先生にはどう説明したものか……。
「取り敢えず、何から説明しましょうかね……?」
「……まずそこの彼女は何者だ? あの鏡から出てきた様に見えたんだが」
難しい顔をした先生が俺に詰め寄ってくる。
そんなに怖い顔しないでよ。
「彼女は鏡子さん。鏡の精霊みたいなものです」
一瞬呆気に取られた先生だが、顔を真っ赤にして怒鳴った。
「お前、俺を馬鹿にしてるのか!?」
「馬鹿にしてませんよ、本当の事なんですから」
俺は困ってしまって、鏡子さんに助けを求める。
すると彼女は椅子から立ち上がり、姿見の前に立った。
「信じていただくには、実際に見てもらった方が早いですね。こちらへどうぞ」
そのまま姿見の中へ半分入って、先生を誘う。
「ちょっと待て、その鏡は呪いの鏡だ! 妙な魔力を感じる! そんな物に近づきたくない!」
先生が慌てて拒否する。
もう面倒くさい人だなー。
俺は先生の腕を引っ張って姿見の方へ連れて行く。
「うわなにをするやめろ!!」
騒ぐ先生を鏡に押し込んで俺も入る。
中に入ってみると、家具の配置が変わっていた。
どうやら鏡子さんは、模様替えをしていた最中だったらしい。
ようやく観念して大人しくなった先生が真っ青な顔で周囲を見渡している。
「一体なんなのだ、ここは……」
「さっきの鏡の中ですよ。これで少しは信じてもらえましたかね?」
先生は言葉が出ないのか、無言で頷いていた。
そして俺達は鏡の空間から外へ出て、鏡子さんと鏡についての説明を続ける。
「今のが鏡の中だったなんて、信じられないな……」
先生が大きく息を吐いている。
「それで先生。この姿見が呪いの鏡って、どういう事なんですかね?」
最初は封印のお札がびっしりと貼られていたこの姿見が、普通の鏡では無いのは分かる。
そもそも鏡子さんが憑いてるんだし。
そういえば、シーラも呪われた鏡だとか言っていたな。
先生は一呼吸置いてから語り始めた。
「……この鏡は、とある大貴族の家に古くから伝わる物で、その家のご令嬢が使っていたらしい。ご令嬢が嫁いだ後に不要になったとかで寄贈された……と、俺は聞いている」
「その話と呪いはどう関係があるんですか? それに寄贈された物なのに、なんでここにあるんですかね?」
先生の今の説明では、全く呪いについて分からない事だらけだ。
「まあ、そう急かすなって。この冒険者予備校だが、昔は普通の学院だったんだ。その学院に寄贈されたので目立つ場所、校舎の玄関口だな。そこにこの鏡は置かれていたそうだ」
鏡の寄贈の話よりも、前身の学院の話の方が気になるんですけど……。
「それからしばらくして、異変が起き始めたらしい。具体的に言うと生徒の神隠しだ。その行方不明になった生徒が、数日後に衰弱して発見される事件が何件か立て続けに発生したと聞く」
先生の話を聞いた鏡子さんが、何やら考え込んでしまった。
「鏡子さん、今の話に心当たりがありますか?」
「……はい。段々と思い出してきました。姿見の持ち主であった女の子がいなくなった後、私は寂しくなって仲良くしてくれそうな子をつい鏡の中へ連れ込んでしまった事が何度かありました……」
俺の問いに鏡子さんが申し訳なさそうに答えた。
そんな彼女を先生が恐ろしげに見ている。
「それでか。発見された生徒は、皆一様に『鏡が……』と言っていたらしい。それでも大貴族からの寄贈の品を廃棄処分する訳にはいかないとの事で、その筋に詳しい極東の国の僧に頼んで封印してもらったそうだ。……以上が俺がここの生徒時代に聞いた話だ。でもって、この建物で実物を見た時には、あまりの禍々しさに恐怖を抱いたのも事実だ」
うーん、なんともやるせない話だなぁ。
持ち主のご令嬢がこの姿見を大切に扱っていたからこそ、その気持ちに応えて鏡子さんが生まれたのかも知れない。
そのご令嬢がいなくなってしまい、寂しくなった鏡子さんが友達になってくれそうな子を鏡の世界に連れ込んでしまった。
それが事件になり、最終的に封印されてしまった……。
ご令嬢がこの姿見を嫁ぎ先に持って行っていれば、事件は起こらなかったのだろうか。
まあ、それを今考えてもどうしようもないな。
それよりも、先生の生徒時代の話が凄い気になるんですけど。
そのうち聞くとするか。
「それで先生は、この姿見をどうするつもりなんですかね?」
ここまで話を聞いてしまった手前、先生がこの曰く付きの姿見を放置しておくとは思いにくい。
破壊するとか言い出したら、全力で止めるぞ。
「分からん。俺はこの鏡を管理している訳ではないからな。……悪いが、俺としては不気味で仕方が無いので、ここに置いておきたくない」
先生は困った顔で頭をかきながら、鏡子さんをジロジロと見ている。微妙に腰が引けてるみたいだ。
見つめられて居心地が悪いのか、鏡子さんも落ち着かない様子だ。
「それって、鏡子さんにここから出ていけと?」
「そりゃそうだ。そもそも鏡の精霊だと世間に公表したら、とんでもない騒ぎになるぞ」
そんな事を言ったら、魔人のシーラの件はどうするんですかね。
そっちの方が問題な気がする。
「それはシーラみたいに黙ってれば大丈夫ですよ。それにほら、今の鏡子さんは人畜無害そうじゃないですか」
自分が鏡の中に引きずり込まれそうになった事は伏せておく。
余計な不安をあおっても逆効果だ。
「だがなぁ……。この鏡の精霊をここに置いて、何かメリットがあるのか? 俺には全く感じられないのだが」
呪われた鏡に相当なトラウマがあるのか、先生が中々首を縦に振ってくれない。
鏡子さんも悲しそうな表情を浮かべている。
「私の事を穀潰しと仰るのですね。そうですよね、私はなんのお役にも立てませんし……」
「お、おい! そこまでは言ってないぞ!」
「分かります。私の事を引きこもりのニートだと思っていらっしゃるのですよね。ええそうですとも、私は自宅警備員ですからね!」
「だから違うって!!」
鏡子さんもいい性格をしてるよなあー。
これは絶対に先生をからかっている。
それにしても、自宅警備員か……。
そこをどうにかすれば、先生を言いくるめられるかも知れない。
「じゃあ先生。こういうのはどうですかね? 鏡子さんに働いてもらうのですよ」
二人が困惑の表情で俺を見る。
「リョウヤ、お前は何を言ってるのだ? こんな怪しい……失礼。精霊に働き口があるとでも?」
「そうですよ。そもそも私は、この建物から移動できないのですよ」
「ですから、鏡子さんにはこの建物の掃除をしてもらうんです。早い話がメイドさんですかね」
これまた二人が呆れた顔で俺を見ている。
「どうしたら、そういう話になるんだよ……」
「まあ、一階限定ですが清掃ぐらいはできますけど……」
簡単な話だ。俺がメイドさんに憧れてるだけである。
鏡子さんは見た目も悪くないし。いや、むしろ良い方だ。
さぞかしメイド服が似合うだろうな。
そして、俺の掃除当番が無くなる! これって最高じゃないか!!
「ね? これなら鏡子さんがここにいてもいい理由にはなるでしょう? それに文字通り警備員ですよ。不審者がいたら鏡に監禁する事も可能でしょうし」
俺の話を聞いていた先生は、自分の頭をワシワシと乱暴かいている。
「……そうか。ならば俺の立場からは何も言う事は無い。それはそうと、何故わざわざ二階にあった鏡をここに置いたんだ?」
姿見をこの部屋に持ってきた理由か……。
俺は改めて、二階から聞こえた足音の件から順を追って先生に説明をした。
「お前らがこのお嬢さんと仲良くなった経緯は分かった。だが、この鏡がリョウヤの部屋に置かれている理由の説明が無い。どうなんだ?」
これって、一番説明しにくい部分だよなぁ。
俺がピアリや他の女の子と『いかがわしい事』をしない様に見張りをする為だなんて、口が裂けても言えない。
「私はリョウヤさんがピアリさんと『いかがわしい事』をしないか、見張るためにここにいます」
さらっと普通に言いやがったよ!!
もう! なんでそういう事を言っちゃうの!?
俺はあなたにされた事は黙ってたよね!?
ねえ、お願いだから空気を読んでよ!!
「……お前、男相手でもそういう事をするのか?」
ほら、面倒な空気になってきたよ。
しかも先生が俺から微妙に距離を取り始めてるし。
「私は男性同士も素敵だと思いますが、ピアリさんは女性ですよ」
言わなくていい事をまた!!
それよりも、男性同士も素敵ってどういう事ですかね……。
「ピアリが女……? んんー?」
先生が首をかしげながら俺を見てくる。
「その辺の詳しい事は、アーヴィルさんの件も含めてメディア校長に説明してるから、彼女に聞いてください」
もう面倒なので、校長に丸投げする事にした。
俺がアーヴィルさんの魔力欠乏症を治療した事も、いずれは先生の耳にも入るだろうし説明の手間を省きたい。
「アーヴィルって……お前、あいつに会ったのか!?」
「だから、その事も含めて校長から聞いてください。それよりほら、俺はテスト勉強があるんですから、用が済んだら出て行ってくださいよ」
「あ、こら待て! 俺をそんな雑に扱うな!!」
「でしたら、鏡子さんの部屋で話の続きでもしますか?」
「お前それは卑怯だぞ! 俺はあんな空間はお断りだ!!」
「左様ですか……。私の部屋なんてお断りなのですね。せっかく楽しんでもらえる様に模様替えもしていたのに……」
「先生! 鏡子さんを悲しませないでくださいよ! デリカシーの無い事を言ってると鏡の中に監禁しますよ!」
「お前がデリカシーを語るな! ……くそう、後でおぼえておけよ!!」
先生が逃げる様に行ってしまった。
それにしても、校長はアーヴィルさんの件をプロポーズの事も含めて、弟のベルゲル先生にどう説明するんだろうな。
想像したら、ちょっと笑えてきたのだった。




