82 毒なんて入ってないから早く食べろ
目が覚めるとソファーに腰掛けたままだった。
どうやら、あのまま寝てしまっていたらしい。
神様と色々と話していた気がするのだけど、何を話していたのかよく思い出せなかった。
なんとなく窮屈に感じて周囲を見ると、両脇からピアリとロワりんが俺にもたれかかって寝ていた。
またこんな狭い所に……と思ったが、俺に毛布を掛けてくれたついでに二人して一緒に寝てしまったのだろうなと想像すると、なんだか微笑ましく思えた。
二人を起こさない様にして毛布を掛け直してあげ、室内に備え付けてある洗面台で顔を洗う。
今日は朝一番でメディア校長の所へ向かわないといけないのだった。
城からの呼び出しって、具体的にどんな用件なのだろう。
シーラに関してなのは、分かってるけどさ。
そういえば、シーラって結局どこで寝たんだ?
ロワりんがこっちに来てたから、みんなの部屋かリリナさんの部屋で寝たのかもしれないな。
「取り敢えず、リリナさんの部屋から行ってみるか」
決して、寝起き姿のリリナさんを見たいという邪な理由ではないからな。絶対に。
そのまま身支度を整えて部屋を出ると、既に日が昇っていた。メディア校長との約束の時間はかなり早かったので、あまり悠長にしてはいられない。
リリナさんの部屋のドアをノックする。
しばらくして眠そうなリリナさんが顔を出した。
「おはよう……って、こんな時間にどうしたの?」
寝起き姿も素晴らしい! ……じゃなくて。
なんだか珍しいな。いつも彼女は朝に強いはずだと思ってたのだが。
「朝早くにすみません。そちらにシーラいますか?」
「うん。そこでアンちゃんと一緒に寝てるよ。起こそうか?」
ビンゴだ。しかもアンこ先輩もこっちに泊ったんだな。
三人でどんな話をしていたのだろう。
きっと女子会で盛り上がったに違いない。羨ましいぞ。
「お願いします。これから校長の所へ向かわないといけないので……」
「朝から大変ね。ちょっと待ってて。起こしてくるから」
程なくして、リリナさんに連れられてパジャマ姿のシーラが出てきた。
「……まだ眠いよう。もう少し寝かせてよう」
流石に寝起きだとキャラ設定がブレてるな。
そもそも、あの変な言葉使いを無理して続けなくてもいいのに。
「ほら、さっさと顔を洗って着替えろよ。校長の所へ行くぞ」
「やだよう……眠いよう……」
俺が急かすと、シーラはぶつぶつ言いながらも素直に顔を洗いに行ったようだ。
「ところで、リリナさんも眠そうですね。みんなで夜更かしでもしてたのですか?」
さっきから、彼女も眠そうに目をこすっている。
こんなにもシャッキリしていない姿は、初めて見たかも知れない。
「うーん、そういう訳ではないのだけど……。リョウ君は気づかなかった?」
「何がです?」
「夜中に二階から足音が聞こえてきたの。それを聞いて私とアンちゃんは怖くなって朝方まで眠れなくなってしまって。シーラさんは何もない天井をずっと見つめてるし」
そう言うと、リリナさんは不安そうな表情で自分の両肩を抱いた。
二階の足音って、シーラが昨日言ってた奴か。
「それってベルゲル先生じゃないんですか? 夜中に急に反復ダッシュの練習を始めたとか。もしくは泥棒とか……?」
「先輩は昨日の夕方から同期の会合だとかで泊りで出掛けたから、ここにいるはずが無いのよ! それに侵入者だったら防犯装置に反応するから!」
冗談のつもりだったが、リリナさんに強く否定されてしまった。
俺はその時間帯は多分、神様と話していたか熟睡していたから気づかなかったのだろう。
これは一度、ちゃんと調べないといけないかもな。
「それで、ロワリンダの方はどうしたの?」
話題を変えようとリリナさんが昨夜の事を聞いてきた。
やっぱり気になるよね。
しかし、リリナさんが相手だと答えにくいなぁ。
「えっと……別の意味で泣かせてしまいました」
俺は正直に答える。
泣かせないでねと言われたけど、緊張の糸が切れて泣いてしまったのは不可抗力だよな。
「ええっ!? 私的には、そういう事ってまだ早いと思うのだけど……その、私とだって、まだしていないじゃない?」
リリナさんは赤面しながら何かモゴモゴ言っている。
「……多分、リリナさんの想像している事とは違いますよ?」
何かいけない想像をしている彼女をからかおうとしたら、涙目になったリリナさんに無言でバシバシ叩かれた。
「痛い、痛いですって! 本当ごめんなさい!!」
ヤバい。これ割と結構本気で怒っているんじゃないか?
「……何を朝から二人してじゃれ合ってるのだ?」
突然シーラに声を掛けられて俺達は驚いた。
いつからそこにいたんだよ。全く気配を感じなかったぞ。
これも魔人の能力なのだろうか……。
「いや、二人が自分達の世界に入り込み過ぎて、わらわに気づかなかっただけだと思うぞ。朝から仲睦まじいな」
冷静に分析しないでくれませんかね。
「もう、シーラさんったら!!」
リリナさんが今度はシーラをバシバシ叩いてる。
あのう、彼女は王都を火の海にできると豪語する魔人なんですよ。
あまり手荒に扱わないであげてくださいね。
「助けてくれリョウヤ~、リリナが怖い~」
シーラが半泣きになって俺の背後に隠れてしまった。
本当にこいつは魔人なのだろうか。段々自信がなくなってきたぞ。
それにしても、リリナさんも変わったよな。
知り合った頃の彼女は、異性と仲良くなると呪いの影響が出てしまうので、ひたすら自分を押し殺していたのだ。
今ではすっかり性格も明るくなって、色々な人達から慕われてるらしい。
魅力的なので異性からモテるみたいだが、そこは塩対応で突き通しているとかなんとか。
リリナさんの塩対応って、ちょっと想像できないや。
「以前のリリナさんも素敵でしたけど、今のリリナさんも俺は素敵だと思いますよ」
素直な気持ちを伝えると、リリナさんが顔を赤くしてうつむいてしまった。
「……ありがとう、リョウ君」
「わらわは朝から何を見せられているのだろうなぁ……」
そんな俺達を見て、シーラが呆れ顔でつぶやいた。
そうだった! 校長の所へ行かないといけないんだった。
「それじゃ、校長の所へ向かうとしますか」
シーラの視線を受けて居たたまれなくなったので、早速出発する事にした。
まだ顔が赤いリリナさんに見送られながら、俺達は校長の私邸に向かう。
校長宅へ向かう途中、シーラが真面目な顔で語り掛けてきた。
「リョウヤは羨ましいな。ああいう風にじゃれ合ったり、本音を伝えられる相手がいて」
「シーラにはそういう相手がいなかったのか?」
「そうだな……一人だけいた。今思えば、もっと大切にしてあげれば良かったと思う。……正直、戻れるのならあの頃へ戻りたい」
そう言って、シーラは目を伏せた。
残酷な事を聞いてしまったかもしれない。
この時代で目覚めたばかりのシーラには、過去の自分を知っている相手がいないのだった。
「あのさ、俺はこの世界でシーラの居場所を作るよ。寂しい思いはさせないから」
俺はシーラの小さな手を握る。
彼女は一瞬驚いた表情をしたが、わずかに微笑んで俺の手を握り返した。
「……期待しているからな」
「任せておけ」
そして私邸が見えて来た頃、シーラがお腹の辺りを押さえながら聞いてきた。
「なあリョウヤ。わらわはお腹が空いた。朝食はどうするのだ?」
そういえば、俺も朝食はまだだった。
それにしても、昨日はシーラも散々食べただろうに。食べた物が魔力に変換される系なのかな?
「多分、朝食は向こうで用意してくれてるはずだよ」
失敗したな。何かお菓子でもいいから持ってくるべきだった。
そう思っているうちに校長宅の前に着くと、そこには立派な馬車が停まっていた。
「これは俺達の出迎えなのかな?」
「ここに停まっているのだから、そうなのだろうな」
二人して馬車を見ていると、校長が姿を見せた。
「約束通り来たな二人とも。まずは馬車に乗ってくれ」
昨日の女性らしい雰囲気は封印して、いつものビシッとした姿である。
そのまま促されて馬車に乗り込んだ。
外見と同じく内装も豪華な馬車で、椅子の座り心地も素晴らしい。
先日の軽トラとは大違いだ。
「このまま城に行くんですかね?」
俺は向かいに座るメディア校長に聞いた。
「それよりも朝食がまだだろう? これを食べておけ」
そう言って、俺とシーラに包みを渡してきた。
包みを開けてみると、中身はサンドイッチだった。
これは校長の手作り……なのか?
「毒なんて入ってないから早く食べろ」
俺が躊躇していると急かされた。
受け取っておいて食べないのは失礼だよな。
隣を見ると既にシーラが一心不乱に食べている。
喉を詰まらせそうな勢いなので、もらったお茶をシーラに手渡した。
サンドイッチは厚切りのレタスサンドに卵やハムが挟んであるオーソドックスな物だったが、具材が新鮮で店に出してもお金を取れるレベルだ。
「ご馳走様でした。校長って、料理系のスキルとか持ってるんですか?」
「いや、スキルには頼っていない。慣れれば誰でも作れるだろう?」
自力で料理かあ。昨夜のビーフシチューもだけど、本当に料理が好きな人なんだな。
「あ、そうだ。昨日ご馳走してもらった話をしたら、リリナさん達も校長の手料理を食べたいと言ってましたよ」
「そ、そうか? だったら、考えない事もない……」
クールぶっているが、あれは満更でもない顔だな。
校長は普段から怖そうな顔をしてるから、生徒からの評判があまりよろしくない。
でも本来は、優しい人なのだろうなと思う。
「それはそうと、今日は城で何をするんですかね?」
正直、シーラの事絡みだったらシーラだけが呼び出されるはずだ。
俺まで呼び出される意味が分からない。
「そうだな。まずはシーラ嬢の素性調査だ。本当に魔人族なのかを見極められる人物が城にいる。リョウヤはシーラ嬢の保護者代わりで付き添いだ」
「俺はオマケかよ!」
思わずツッコんでしまった。
というか、いつのまに俺が保護者になってるんだよ。
「そうは言うが、出会ったばかりだと言うのにシーラ嬢は、リョウヤに懐いているではないか」
「うむ。リョウヤが保護者と言われるのは納得いかぬが、リョウヤと一緒でなければわらわは城まで出向かないぞ」
えー。いつの間に俺はそんな大層な存在になってたんですかね。
シーラを解放してしまった者に課せられた運命とかなのか?
「後は、私個人の要件だな」
「校長個人のですか?」
「ああ。私個人と言うと誤解を招くかもしれないが、昨日の事情聴取の場での男達を覚えているか?」
男達って、あの偉そうなおっさん達か。
シーラにビビって逃げ出した時の表情は傑作だったな。
当のシーラは俺達の話に興味が無いのか、車窓を眺めている。
「彼らは冒険者予備校に出資したり、資金援助してくれていた者達だ。正直、学費や寄付金だけでは予備校の運営も難しい」
校長もあの場では、彼らの意見を受け入れらざるを得なかったのだろうな。
でも、その男達をシーラが脅してしまった。
何かしらの影響が出ないはずが無いだろう。
「もしかして、今後の資金援助を打ち切られる可能性も……?」
「その可能性もあるだろう。彼らも慈善事業で援助している訳ではないからな。だから国王陛下に直談判に行くのだ」
「国王に!? 校長って、やっぱり貴族なのですか?」
俺の問いに、校長はただ少し困った様に微笑むだけであった。




