825 私の拳も受け止めてくれる?
メグさんが怖い顔で自分の隣に座れとジェスチャーしてくるので、彼女の左隣に恐る恐る腰を下ろす。
流石に密着するのはアレなので、敷物から出るか出ないかのギリギリの位置だ。
「そんな端っこじゃ雨に濡れちゃうよ? もっとこっちにおいでよ」
おいでよと言う割には強引に引っ張られるのですが……。
「ねえ、なんで私の事を避けるの? ちょっとよそよそしいよね」
「いえ、そんなつもりは……」
「だから遠慮しないでって」
密着されてしまった。
実際遠慮してるのは事実なので、どうも気まずいのだ。
その気まずさに拍車を掛けるような沈黙が続く。
雨は一向に止む気配は無く、ただ雨音が聞こえるのみ。
雨音だけの静けさに段々と眠くなってきたところで、メグさんが沈黙を破った。
「……ねえ」
「なんでしょう?」
「やっぱり、私って迷惑?」
俺の右隣で膝を抱えて座るメグさんが首をかしげるように、俺の顔を窺ってきた。
その表情は不安の色にまみれている。
「迷惑だとは……思ってませんよ」
「そうなの? でも歯切れが悪いよね。あのね、気を使わなくていいよ。迷惑なら迷惑と言ってくれれば、これから気をつけるから」
そんな寂しそうな顔で言われたら、迷惑だって言えないだろうよ。
実際のところ、迷惑だとは思っていないが戸惑っている。
「ええと、ちょっと分からないんですよね」
「何が分からないの?」
「なんでメグさんが、そこまで俺の事を気に入ってるんだろうって」
「えー、今更それを言うの? 前に私の家でも話したじゃん。私は今まで男の人とお付き合いした事もなくて、異性の友達もいなかったって。だからこうやって仲良くしてくれるリョウヤ君ともっと近づきたいなあって」
それはそうなのだが、別に年下の俺じゃなくてもいいと思うのだが……。
メグさんぐらいの人なら、男なんて選び放題だと思うんだけどな。
「……ねえ、私って魅力が無い?」
「いきなりどうしました?」
流し目で見つめられて、少しドキッとしてしまった。
まったく心臓に悪いぞ。相変わらずブラウスは濡れて透けてるし。
「だってさ、こうやってくっついてるのに何もしてこないし」
「流石に誰彼構わず襲いませんよ」
「じゃあ、やっぱり私は魅力がないんだね」
「そうは言ってませんよ」
メグさんもすっかり面倒な女性になってしまったよ。
「それに私、ユズリみたいに胸も無いし。……テルアイラよりはあるけど」
今シレっと、テルアイラさんをディスりませんでしたかね。
それはさておき、メグさんもそういう事を気にする女性だったんだな。
「まあ、女性の魅力って人それぞれですから……」
「じゃあ、私の魅力って?」
「ええと……」
「言い淀むって事は、無いんだよね? 変に期待を持たすような事を言われるのは嫌かな」
今日のメグさんはいつもより面倒くさいぞ。
普段はサバサバしてるのに、虫の居所でも悪いのだろうか。
猫だし、雨だと不機嫌になるのかも。
「魅力はありますよ。ただ、ちょっと言いづらいというか……」
「遠慮しないで言ってよ。気にしないから」
「じゃあ言いますけど、俺はメグさんの脚が素敵だと思うのですよ」
「私の脚?」
予想していなかったのか、キョトンとしている。
本当のところは無難に綺麗な髪とか言おうと思ったのだけど、ここは自分に素直なろう。
膝を抱えて座るメグさんのスカートから伸びる脚が素晴らしいのですよ。
覗き込めば、パンツが見えそうなのもポイント高し。
「ほら、スラっとしてて、太過ぎず細過ぎずってのが素晴らしいのですよ」
「そ、そうなんだ……」
流石に引いたのか、俺から顔を背けて正面を向いてしまった。
しばらく互いに無言が続き、気まずくなってきたところでメグさんがこちらを見る。
「気になるんだったら、私の脚を触ってみる?」
なんですと。
とても嬉しい申し出だけど、流石にそれはどうなのかと。
「ほら、遠慮しないで」
「あっ……」
手を掴まれ、強引にメグさんの膝の上に置かれてしまった。
うむ、すべすべしていらっしゃる。
このまま撫でまくりたいところだが、痴漢っぽいので自重しておこう。
「遠慮しなくてもいいんだよ?」
そう言いながら、俺の手を持ったまま足の間から太腿の内側へ移動させる。
なんと大胆な!
「遠慮するなと言われても、メグさんの顔が真っ赤ですよ」
「だ、大丈夫だから!」
「何が大丈夫なのか分かりませんけど、このままだとパンツ見えちゃいますよ」
見たいけど俺は紳士なのだ。
でも見たい!!
「あ、それは大丈夫。見えてもいいのをはいてるから」
空いた方の手でスカートをピラっと捲りあげる。
丈の短い薄手のスパッツだ。これなら見えても大丈夫だろうけど……ほとんど普通のパンツだよね?
「でも、あんまり見ないでね」
残念。隠されてしまった。
それはそうと、俺の手はいまだメグさんの太腿内側に触れている。
このままだと、足の付け根まで触ってしまう事になるぞ。
事実、俺の手は足の間の奥深くへ向かっている。
いやあ、止めたくても自然に手が下がっていくんだよね。
遂に俺の手は股関節まで到達し、センシティブな部分に触れてしまっている状態になってしまった。
「………!!」
メグさんは真っ赤な顔で急に足を閉じるが、俺の手は太腿に挟まれてしまい抜くに抜けない。
別の意味で抜きたくなってきた……って、そんな事はどうでもいい。
「ご、ごめんね! ちょっとビックリしちゃって……」
自分で触らせておいて、なんて言い草だと言いたいところだけど、あたふたするメグさんが可愛く思えてきた。
普段は絶対に見せないであろう表情が見られるのもポイント高し。
「恥ずかしいから見ないで!!」
「おわっ!?」
慌てた顔を見られるのがよっぽど恥ずかしかったのか、俺の頭を抱えるように抱き込んできた。
ちょうどメグさんの胸に顔を押し当てている体勢である。
うむ、確かに慎ましやかだが柔らかく良い感触だぞ。
その胸から心臓が早鐘を打っている音が聞こえてきた。メグさんがこんなにも緊張してるのって、物凄くレアなんじゃないか?
そんな体勢で過ごす事数分。
ようやく抱きしめ攻撃から解放された。彼女の体温が心地良かったので、少し離れ難い。
「……ごめんね。色々ビックリしちゃって、自分でも何をしてるのか分からなくなっちゃって」
成人してるのに、女の子みたいな表情して上目遣いで見ないでくれませんかね。
俺もドキドキしちゃうじゃないですか。
「ええと、俺も気にしてませんので……」
「あ、ありがと……」
互いに照れ隠しなのか、しばし正面を向いたまま黙り込む。
すると、突然メグさんが笑い出した。
「あははは、なんだかおかしいね」
「そうですね、あはは……」
俺だって何人かの女性と関係を持ってるのに、こんな事でドキドキしてしまうなんて、なんだか笑えてきた。
まったく変な気持ちだよ。
そんな事を思いながら、ふとメグさんの方を見ると彼女は涙を流していた。
「あれ? どうしてだろう。私、笑ってるのになんで泣いてるの……?」
慌てて涙を拭うが、涙は止まらずにポロポロと流れ落ちている。
俺は懐からハンカチを出して差し出した。
「これ、使ってください」
「ありがとう……うぅ……」
ハンカチを受け取るなり、顔をクシャクシャにして泣き出してしまった。
「おかしいよう……楽しかったのに……なんでこんなに悲しいの……」
俺は迷った。
ここで安易に慰めていいのだろうか。いつものみんなだったら、すぐさま抱きしめていただろうな。
でも、メグさん相手だと躊躇してしまう。
彼女の事が嫌いとかじゃなくて、なんとなくそういう関係になるのが想像できない。
例えるなら、メグさんは近所の面倒見のいいお姉さんって感じだ。
面倒見のいいお姉さんは、個人的には恋愛対象に結びつかないというか……。
困った時に聞こえてくる、いつもの女神の念話も聞こえてこない。
もっとも、ここで助言なんてされたらカッコ悪いのは確かだ。
女神に頼らず自分に素直になれということだろう。
自分に素直……。
ふと考える。
メグさんのパンツが見たいかどうか。
うむ、普通に見たいな。
俺の心は決まった。
「大丈夫。俺はここにいますから」
俺はメグさんの肩を抱いた。
彼女は抵抗せずに俺に体重をあずけてくる。
しばらくして落ち着きを取り戻したメグさんが、自分の事をポツリポツリと話し始めた。
「……私、小さい頃に魔王軍の襲撃で両親と離れ離れになったって知ってるでしょ」
メグさんは今までの事を語って聞かせてくれた。
育ての親に早く恩返しがしたいと冒険者養成学校に入った事、そこで頭角を現してトップに上り詰めた事、強くなりすぎたために誰もパーティーを組んでくれなかった事……。
「あれは結構ショックだったなあ……『女のくせに俺より強い奴となんか組みたくない』って面と向かって言われちゃって。女の子のパーティーにも入れてもらおうとしたけど、『男子受けが悪くなるからゴメン』だって。意味が分からないよね……」
俺が知らないメグさんは、ナイーブな女の子だったらしい。
その後、程なくしてメグさんの強さに白羽の矢が立つ。
魔王軍に故郷を滅ぼされた悲劇のヒロインとして、魔王討伐の勇者の仲間に選ばれたそうだ。
抜擢というと聞こえはいいが、強すぎて手に余るので厄介払いの面もあったらしい。
余談だが、その勇者はユーの兄のカデンドロスである。
なんか勢いで魔王討伐に向かったそうだが、その話はさておき。
「物凄く大変だったけど、なんとか魔王を倒したんだ。その後は私達も急に英雄扱いで色々な人達にチヤホヤされたなあ。男の人達も沢山寄ってきて、お金持ちや貴族の人から求婚されたけど、みんな『魔王を倒した英雄』としての私達にしか興味が無い人達ばかりだったよ。実際のところ、本当の私の事なんて興味すら持ってもらえなかったな……」
自身の家柄に箔をつけるために、彼女達の名声が目当てだったのだろう。
いつの時代も、そんな輩は現れるものだ。
「その点、テルアイラとユズリは割り切って上手く流していたけど、私は無理だった。私はちゃんと男の子とお付き合いしたかったし、デートとかもしたかったよ。だけど、全部すっ飛ばしていきなり結婚とか無理。そういう事を相手に伝えたら、心底呆れた顔をされるか、可哀想な人を見る目で見られたよ……」
貴族社会なんて政略結婚が当たり前なので、当人同士の気持ちなんて考慮されない。
要は『魔王を倒した英雄』の血筋が欲しいだけなのだ。
「結局、私のやってきた事ってなんだったんだろう。学生時代は男子達から疎まれ、いきなり魔王討伐に駆り出され、それこそ泥水をすするような戦いを経て英雄扱いされても誰も本当の私の事なんて興味を持ってくれなかった……」
彼女はそう言って、自分の膝に顔を埋めた。
「メグさん……」
慰めるように背中を撫でると、突然抱きついてきて号泣しだした。
「私だってみんなと遊びたかったよ! 男の子と手を繋いでデートしたりしたかった!! 結局パーティーには入れてもらえないし、嫌だった魔王討伐も頑張ったのに、なんで優しくしてくれないの!? なんで褒めてくれないの!? いきなり知らない人の子供を産めとか言われても嫌だよ!! せっかく両親と再会しても、弟が生まれてて甘えられないし、王女としての私を求められるし!! ねえ、なんで……なんで……私は甘えちゃいけないの……」
彼女はその強さのあまり、今まで泣き言を言えなかったのだろう。
魔王を倒すぐらいの強さだ。弱音なんて吐ける空気じゃないし、許されなかったに違いない。
それを隠すため、飄々とした自分を演じていたのだと思う。
◆◆◆
雨が降りしきる中、少し離れた場所の木陰でテルアイラ、ユズリ、ミンニエリの三人がリョウヤとメグナーシャを見守っていた。
「……ユズリ、ミンニエリ。戻るぞ」
「え? あのままにしておいていいのですか?」
「最初は二人きりになんてさせてやるものかって、息巻いてましたよね?」
「お前らさあ、あのメグの様子を見たら邪魔なんてできる訳がないだろ」
「そうですね……。私、メグさんが泣いてるところなんて初めて見ました」
「彼女でも取り乱す事があったのですね。いつも余裕の表情だったので驚きです」
「まあ、アイツも色々溜め込んでる物があるんだろう。私達の態度も追い詰めていたのかもしれん。落ち着くまで好きにさせておこう」
「分かりました。メグさんには貸し一つですね」
「ふふ、テルアイラさんも優しいところがあるのですね」
「やかましいわ! 頭突きするぞ!!」
「あいた! ミンニエリさんじゃなくて、なんで私にするんですか!?」
「そのでかい胸が邪魔なんだよ!!」
「意味分からないんですけど!? 喧嘩だったら買いますよ!!」
「望むところだ!!」
「お二人とも、やっぱり仲が良いですよね~」
「誰がこんな奴と!!」
「誰がこんな人と!!」
「ほら、息ピッタリ──痛い痛い! 叩かないでください!!」
降りしきる雨の中、三人は殴り合いとなった。
◆◆◆
メグさんが子供みたいに泣きじゃくっている。
俺が彼女にしてあげられる事は一つ。
「大丈夫。俺はずっとそばにいますから。色々落ち着いたらデートしましょう」
「……本当に? 本当にデートしてくれるの? 手を繋いでくれるの?」
俺の胸に顔を埋めたまま尋ねてくる。
その声音は信用したくとも信用しきれないって感じだ。
「俺で良ければですけど」
「うん……」
「まだ信用できませんか?」
「…………」
「じゃあ、俺がメグさんの全部を受け止めます」
「本当に?」
少し浮上した感じの声になった。
あともう一押しだろうか。
「本当です」
「じゃあ、私の拳も受け止めてくれる?」
「え……?」
「言ったよね。私の全部を受け止めるって」
前言撤回したらメグさんからの信用はガタ落ちになるし、メグさん自身が人間不信に陥ってしまうだろう。
ここは覚悟を決める場面だ。
「どんと来い!! なんなら、今からでも受けて立つぞ!!」
「分かった!! 今から手合わせしよう! 本気でいくからね!!」
ガバっと起き上がったメグさんの目は真っ赤に腫れ上がっていたが、表情に弱さはすっかり消え去っていた。
そんでもって、俺には後悔という物が圧し掛かってくる。
「ええと、竜人の姿になってもいいですかね……?」
「いいよ! その代わり、私の本気を受け止めてね!」
それから雨の中、メグさんとの激しい殴り合いが繰り広げられたのであった。
どうしてこうなった。




