70 魔人ってなんなの?
すっ転んだ俺達は、メルさまにもらった回復薬で傷を癒した。
シーラがまた押し潰されるのではないかと怖がったので、今度は背負っていく事にする。
そもそも彼女は、靴を履いていなかったので素足で歩かせるのは可哀相だ。
「いやぁ、さっきはとんでもない目に遭ったよー」
もろに顔面を打ったロワりんがブーブーと文句を言う。
それはあなたのワガママと、他二名の悪ノリが原因ですよ。
でも顔に傷が残らなくて良かった。
「リョウヤは、わらわを圧死させるつもりだったのか? まったく酷いやつなのだ」
シーラも文句を言ってくるが、なんだか楽しそうな口ぶりだった。
そんなシーラを恐々と見つめるノノミリアが聞いてきた。
「今更なんだけどさ。魔人ってなんなの? 伝承で耳にする事はあっても、どういった存在なのか正直知らないんだよね」
「同じく俺もサッパリ分からんぞ」
レイズが腕を組んで偉そうに言う。
そこは威張るところじゃないだろ。
とは言うものの、俺もどういった存在なのか知らない。
竜だったら古今東西最強種と言われるので、分かりやすいのだけど。
メルさまもニッコリ笑って言った。
「お恥ずかしながら、わたくしも全く存じ上げませんの」
ミっちゃんの方は真面目な顔だ。
「魔人はとてつもない魔力を秘めた存在だと、母上から聞いた事があるな。具体的に何がとてつもないかは分からないが……」
そう言いながらミっちゃんは、俺に背負われているシーラを横目で見つめる。
よくあるよね。凄い凄いと言われてるけど、実際に何が凄いのか分からないのって。
俺のすぐ隣を歩くロワりんが何かを思い出す様に天井を見上げている。
「親戚に物知りなおばさ……お姉さんがいてさ、少しだけ聞いた事があるよ」
おばさんと言い掛けてお姉さんと言い直したのは、ツッコまないでおくか。
「どんな話なんだ?」
俺は話の先を促す。
「うん。……魔人は魔族の始祖だって話」
ロワりんが答えを求めるようにシーラに視線を送る。
「この時代の者達は、ろくにわらわ達の事を知らないのだな……。その通りだ。魔族はわらわ達の血肉から生まれた存在だ。言わば眷属なのだ」
シーラが俺の背中で大きくため息を吐いたのを感じる。
同時にミっちゃんが疑問の声を上げた。
「ちょっと待ってくれ。一般的に魔族って、ゴブリンやオークみたいな亜人ばかりと聞くぞ。そんなのを生み出したのか?」
「それは雑多に種族を交配させた魔物であろう。魔族はもっと知能が高い。わらわが生きていた時代でも、既にそのような知能が低く凶暴になった魔物は現れていた。魔法王国の遺伝子操作技術もろくな物ではなかったな……」
後半、聞き捨てならなかった。
亜人系の魔物、俗に言うモンスターは遺伝子操作で生まれた存在だというのか?
少なくともこの世界ではそういう事なのか?
とは言っても、まだそういった亜人のモンスターの実物は見た事がないんだけど。
「遺伝子……?」
ミっちゃん達が首を捻っている。
「簡単に言うと、体を構築するための設計図みたいなもの……だったかな」
俺は前世で習った、うろ覚えの知識を記憶の隅から引っ張り出した。
確かそうだったよな? 専門に勉強してる訳ではないので自信がない。
「なんだ、分かっているじゃないか。伊達に学生をやっている訳ではないのだな」
シーラがえらいえらい、と俺の頭を後ろから撫でてくる。
なんだろう。年下(外見的に)の子に撫でられたら、妙な気分になるのですけど。
年下の少女に甘えたいって人の気持ちがちょっと分かった気がする。
まあ、シーラが何歳なのかは聞かない方が良さそうだけど。
場合によっては、ロリババアに分類されるかもしれないし。
そんな事を考えていると、怪訝な表情のロワりんが俺の顔を覗き込んできた。
「なんでセッキーがそんな事を知ってるのさ?」
他のみんなも訝しんでる様子だ。
ヤバい、口が滑ったか……。
でも魔法の言葉『実家の蔵書』は万能なのだ。
「実家の蔵書にそんな様な事が書かれた本があってね」
途端にミっちゃんが食い付いてきた。
「ほう、セッキーの実家は面白そうだな。ところで親御さんは何をしているんだ? 差し支えがなかったら教えてくれ」
どうでもいいけど、親の職業はこの話に関係があるのか?
「俺の親父は考古学者をやってたはずだ。……そういえば昔、本を何冊か出してたとか聞いた事があったな」
「考古学者って、まさかフラッツ・セキ先生か?」
ミっちゃんが目を見張る。
「そうだけど、……俺の親父って有名人なの?」
「有名も何も! 古の神々について独自の解釈を主張して学会を追放された人だぞ!」
ミっちゃんが興奮して熱く語っている。
学会追放だなんて初耳だが、そもそも追放されてちゃ駄目だろうよ。
実家にいた頃、よく親父のフィールドワークに付き合わされたものだが、過去にそんな背景があったんだな……。
「よくそんな事を知ってるね。ミっちゃんも隠れ考古学ファンなのか?」
「いや、好きな作家の作品が歴史を扱う内容だったので、少し齧っただけだ」
それでもその学ぶ姿勢は立派だよ。
すると、ノノミリアが何か思い出した様に声を上げた。
「そういえば、あたしも聞いた事ある。神代戦争の古の神々は異世界からの侵略者だったって説でしょ? 出版された本もトンデモ本扱いされてるみたいだけど」
「ねえノノじ、その話は本当なの? 古の神々が異世界の侵略者って、どんな与太話なんだよ。セッキーのお父さんも変わってるね☆」
ノノミリアはともかく、ロワりんは失礼だよ。
「まあ、セッキーさんのお父様は有名な方だったのですね。機会がありましたら是非ご挨拶したいですの」
メルさま、俺の親父は見世物じゃないからね。
一方、レイズは女子達の盛り上がりに呆れ顔だ。
「ぶっちゃけ、俺は歴史に興味がない」
うん。ミーハーで騒がれるより好感が持てるぞ。
すると、今まで沈黙を守ってきたシーラが口を開いた。
「その話は嘘ではないぞ。実際に奴らは異世界から来た侵略者だった」
なんですと。
神代戦争って、おとぎ話じゃなかったのか?
「この時代では先の戦い、今は神代戦争と呼んでるのか? その宿敵の事ですら正しく伝わっていないのか。なんと嘆かわしい……」
俺の背中越しからでもシーラが落胆しているのが分かる。
「まさか本当に異世界の侵略者だったのか!? やはりフラッツ先生の説は正しかったんだな!」
珍しくミっちゃんが真面目な事で興奮している。親父の隠れファンなのかな?
それはともかく、話が変な方向になってしまったな。
歴史談議はアンこ先輩がいる時にお願いしたい。
……そういえば、あの銀髪の子はどうしたんだろうな。
霧みたいに消えてしまったけど。
無事でいてくれると嬉しいのだが。
気付くと地上への出口はもうすぐだ。
結局、非常出口とやらは使わずじまいだったな。
「えっと、みんな盛り上がってるところ悪いんだけどさ。そろそろ地上に出るし、シーラの事はどうしようか?」
俺はみんなに問い掛けた。そもそもシーラの件は、俺一人でどうにかしようとは思っていなかったし。
ミっちゃんが腕を組みながら天井を仰ぐ。
「そうだな……。存在が存在だから、公に知られるとどうなるかは分からないから役所に任せる、と言う訳にもいかないよなぁ」
俺もそれは悪手だと思う。
「彼女はリョウヤ君が発見したのだから、この件はあたしはノータッチで」
「俺もリョウヤに任せるよ」
ノノミリアとレイズめ、逃げやがったな。
元はと言えば、お前達が横穴を発見したのが発端じゃないか。
「私達で連れて帰るしかないよね。後は、信頼出来る人に相談かな☆ メディア校長辺りとか?」
意外にもロワりんがまともな意見を出してくれた。
「連れて帰るのは良いとして、当面の彼女の身分はどうしますの?」
メルさまの心配ももっともだ。
こんな人形みたいな女の子を連れていたら嫌でも目立つ。
「だったら、ベルゲル先生の隠し子という事にしちゃえ☆」
それは流石に無理があるんじゃないですかね、ロワりんさんよう。
だけど他に良い案も浮かばず、しばらくはシーラを俺達で匿う事にした。
「でも、俺達でシーラの正体を説明するにしても難しいよな。何か証明する物があればいいのだけど……。さっきの機械人を持ち帰れなかったのは痛いなぁ」
よく分からないが、証拠隠滅でシーラが閉じ込められていた空間は、土砂と岩で埋まってしまったのだ。
「ああ、それならあるぞ」
おもむろに、ミっちゃんが背負っていたリュックから機械人の頭部を取り出した。
「って、なんで持ってるんだよ!?」
「そりゃ脱出する時に拾ってきたに決まってるだろう。セッキーは馬鹿なのか?」
馬鹿は余計なんだけど。でもこれなら説明もしやすくなるだろう。
俺の横でノノミリアとロワりんが瞳を輝かせている。
「ひょっとして、あたし達は世紀の大発見って事で表彰されたりしてね」
「もしそうなったら、新聞とか雑誌の取材が来ちゃうかな?」
……その後、あんな事態になるとは誰一人として予想していなかったのだった。




