53 姉に焼きそばパンを買ってくるのだ
「リョウ君のお姉ちゃんになったって、いきなりどういう事なの!?」
飲んでいたお茶を噴いてしまい、しばらく咽ていたリリナさんがロワりんを問い質した。
「いやぁ……、なんだか成り行きって感じで?」
ロワりんが頬をかきながら誤魔化す。
成り行きで姉になられては困るのですが……。
そんな中、メルさまが不穏な発言をする。
「思ったのですが、ここにいる全員がセッキーさんより年上ではないですか? それなら全員が姉になれると思いますの」
なんでそうやって、トラブルになりそうな事ばかりを言うのですかね。
絶対に分かってて言ってるよね。
「ふむ。確かにそう言われれば、そうだな……」
ミっちゃんが何かを考え込み始めてしまう。
「セッキー君が弟ですか〜。なんだか困っちゃいますね〜」
アンこ先輩が勝手な想像しているのか、頬を両手で挟んでニヨニヨしている。
可愛いなあ、まったくもう!
「そうしたら、ボクはお兄ちゃんだね」
ピアリが楽しそうにこちらを見てくる。
お兄ちゃんとかマジでやめて下さい。
己の立ち位置を奪われかけているリリナさんが青ざめているけど、後でちゃんとフォローしておかねば。
でも、これ以上ここにいるとロクな事が無さそうなので、リリナさんには申し訳ないけど姉談義で盛り上がる皆を横目に自室にこっそり戻ることにした。
自室に戻り、ソファーに座ってから一息ついたところで、彼女らが姉になった場合を想像してみた。
まずミっちゃんの場合はどうなるのか……。
『おいセッキー。私は空腹だ。姉に焼きそばパンを買ってくるのだ』
パシリにされる未来しか見えない。
メルさまだとどうなのか……。
『セッキーさん。わたくしお腹が空きましたの。早く焼きそばパンを買ってきてください』
これもパシリにされる未来だ!
暫定姉のロワりんは……。
『セッキー。お腹空いたから焼きそばパン買ってきて。断ったらボコボコだよ☆』
駄目だ! どうやってもパシリから抜け出せない!!
しかも、なんで全員が焼きそばパンばかりなのだ! カレーパンじゃ駄目なのか!?
せめてアンこ先輩の場合は、大丈夫だと願いたい……。
『セッキー君。お腹が空きましたよう。焼きそばパンを買ってきてくれませんか?』
……これは案外普通だな。いや、むしろ普通に焼きそばパンを買ってあげたくなる。
ついでにチョココロネをおまけして先輩を甘やかしたい。
「残るはピアリだけど……、まあどうでもいいか」
「ボクの事はどうでもいいって、酷くない?」
気付いたらピアリが隣に座っていた。
「うおっ! なんでここにいるんだ!?」
「ますます酷いや! ここはボクの部屋でもあるんだよ? キミがこっそり部屋に戻るから、付いてきたんだけどね」
「ああ、ごめん。最近みんなに振り回されている気がして、ちょっと疲れてるんだと思う……」
いきなりで驚いてしまった。しかも心の声が普通に漏れていたとは。
「ボクにもさ、姉が何人かいたから、なんとなく気持ちは分かるよ」
「へえ、ピアリに姉がいるのか。……あれ? 俺が入校する前の長期休みって、実家に帰ってなかったよな。帰省しなくても良かったのか?」
入校する前は、ずっと俺と一緒にいてくれてたので、帰省なんてしてるはずがない。
「それは……色々と家庭の事情があるんだよ」
ピアリの表情が少し曇った。
「そうだったのか。……なんかごめん」
他人のプライベートな事を聞くのは、マナー違反だよな。
「ううん、別にいいよ。いつかリョウヤ君にも紹介できたらと思うけど、難しいかなぁ」
「なんだよそれ」
そんな取り留めのない話をしていると、泣きそうな顔のリリナさんが部屋にやってきた。
「私って、リョウ君のお姉ちゃんだよね……?」
涙目になって訴えてくるので、なんだか不憫に思えてきた。
少し胸が痛むが、俺は敢えて否定する。
「いいえ。リリナさんは俺の姉じゃありません」
「そんな……」
リリナさんが大きく目を見開いた。
隣のピアリは俺を非難する目で見てくるが、敢えて無視する。
「リリナさんは姉ではなく、俺の大切な人ですよ」
そう言って、彼女を抱きしめる。
我ながら、これはちょっとキザ過ぎたかなと思う。
隣ではピアリが唖然として、口をぱくぱくして何かを言いたそうにしているのが見える。
まったく、さっきから表情がころころ変わって忙しい奴だなあ。
しばらくして落ち着いたのか、俺から離れたリリナさんが目を閉じて小さく息を吐き、胸に手を当てる。
「……そうね。私、どうかしていたわ。リョウ君はリョウ君だものね」
そして満足げに微笑むと、久しぶりに俺の為に紅茶を淹れてくれると言って、部屋の備え付けのキッチンへ向かった。
その後ろ姿は、どこか嬉しそうである。
「キミって、いつからそんな軽いキャラになったの? そのうち女たらしとか言われるよ?」
ジト目のピアリに失礼な事を言われた。
そんな予定は無いはずだぞ。……多分。
リリナさんが紅茶を淹れる準備をしていてくれる間、俺は机に向かう。
先程アイシャさんに頼まれた服の三面図を描くためだ。
「それがさっき言っていた服のデザイン?」
ピアリが右隣から覗き込んできた。
「ああ。でも背面のデザインをどうしようかと思って……」
「それなら、ここの腰の部分に飾りのリボンを付けると可愛いんじゃないかな☆」
いつの間にかロワりんが左隣から覗き込んでいる。
一体、いつ入ってきたんだ。それに距離がかなり近いのでちょっと焦った。
お互いの顔が触れている状況だ。
気付いたら、みんな俺の部屋に集まっていた。
しかも、リリナさんの淹れた紅茶を飲んでくつろいでるし。
これじゃ俺が逃げて来た意味が無いじゃないか。
そしてお湯が無くなってしまったので、俺の紅茶は再びお湯が沸くまでお預けになった。
今更だけど、どういう原理でお湯を沸かしているんだろうな。
見た感じIHヒーターみたいなので、魔力を利用して沸かしているのだろうか。
そうだとしたら、どこから魔力を供給しているんだろう……。
考えだしたら、疑問がどんどん湧いてくる。
今度ベルゲル先生にでも聞いてみるか。
そんな事を考えながら、再度みんなの方へ振り返るとアンこ先輩が俺のベッドに潜り込んでいるのが見えた。
そして何故かリリナさんも俺のベッドに潜り込もうとしていた。
取り敢えず見なかった事にして、俺は作業に戻る。
……俺の紅茶は、いつもらえるのだろうな。




