44 魔狼討伐・後編
アンこ先輩が叫ぶと同時に巨大な影が俺達を覆った。
「!?」
影の主は先程の魔狼より、一回りも二回りも大きな魔狼だった。
その巨大な魔狼が俺達を見下ろしている。
あまりの大きさと威圧感に、その場の全員の足が竦んでしまったみたいに動けなくなってしまった。
巨大魔狼は俺達が討伐した二頭の死体を見ると、唸り声を上げて身をかがめる。
それを見たケフィンが叫ぶ。
「全員、陣形を組め!! 来るぞ!!」
その声に全員が弾かれた様に動き出すが、それよりも早く魔狼は動いた。
獣の本能なのか、パーティーで一番弱そうなアンこ先輩に狙いを定めて襲って来た。
させるか!!
とっさに先輩を突き飛ばし、魔狼の巨体に直撃される寸前で魔力障壁を展開したのだが、そのまま体当たりを食らい十メートル程吹っ飛ばされて転がった。
魔力障壁のおかげで致命的なダメージは負わなかったが、身体のあちこちを打ち付けたみたいで、一瞬息ができなくなった。
朦朧とする意識の中、なんとか顔だけを起こして周囲の様子を見ると、先輩を庇ったのか、ピアリとミっちゃんとメルさまも魔狼の攻撃を受けて弾き飛ばされていた。
ちゃんと受け身を取っていたので、俺の様に無様な転がり方はしてない。
それでもダメージは軽くなさそうだ。
三人が負傷した事でロワりんが激高した。
「──この野郎! ぶっ殺してやる!!」
彼女の周囲に風が巻き上がる。
普段は絶対に見せない怒りの表情で、彼女は目にも止まらない速さで魔狼に飛びかかった。
「駄目だ! 単独では危険だ! 下がれぇっ!!」
ケフィンが叫ぶも、彼女は一対のショートソードで魔狼に斬りかかる。
まるで風に乗っているかの様な動きで、魔狼の足元から腹部に向かって斬り付けるが、刃が通らずにかすり傷程度のダメージしか与えられていない。
それを見ていたゲンゲツさんとレイメイさんが飛び出した。
「おい! 一人で無茶をするな!!」
「皆と連携を取って下さい!!」
二人がそれぞれ魔狼の背後から斬り込むが、奴の背中に目でもあるのか、簡単にかわされて後脚で蹴り飛ばされて転がる。
二人を追撃しようとする魔狼の足元に雷撃が落ちた。
続いて二発、三発と連続する雷撃に魔狼が後ずさる。
「レイズ、お願い!!」
ノノミリアが雷撃魔法で攻撃しながら、レイズの剣に雷の魔法を付与する。
「くっそぉお!! なんでこんな化け物がいるんだよ!!」
ノノミリアの雷撃に足止めされている魔狼にレイズが斬りかかるが、ムチのようにしならせた尾で叩き伏せられてしまった。
魔狼の追撃からレイズを守ろうとしたケフィンも盾ごと弾き飛ばされる。
……くそ、体の痛みよりも恐怖で足が動かない。
みんながやられているのに、俺だけ何もできないなんて!!
その間にも、ロワりんが流れるような動きで魔狼の攻撃をかわしつつ斬り付けるが、スピード重視の攻撃のためなのか、有効的なダメージを与えられていない。
それに魔狼の方もロワりんの攻撃を見切り始めているのか、攻撃を巧みに避けている。
そして敢えてロワりんを無視するかの様に、再びアンこ先輩に狙いを定めた。
「魔狼のくせにっ!!」
焦ったロワりんがつまずいて体勢を崩してしまった。
その一瞬の隙を魔狼は見逃さない。そのまま一気にロワりんの右肩に食らいつく。
「放せっ……この!!」
噛みつかれた彼女の上半身がみるみるうちに赤く染まっていく。
魔狼はそのまま丸飲みするでもなく、いたぶる様に楽しんでいる様にも見える。
アンこ先輩が食らい付かれたロワりんを見て、声にならない悲鳴を上げた。
俺はそんな光景をどこか他人事の様に見ている。
あまりに非現実的な状況に現実逃避でもしているのだろう。
……そして、骨を噛み砕いた嫌な音が聞こえた。
「あああああああぁ!!」
苦痛の表情を浮かべるロワりんを見て、俺は朦朧とした意識から一気に現実に引き戻される。
俺はこんな時に何をやってるんだ!?
目の前で殺されそうになっている子がいるのに、見てるだけなんてヘタレじゃないか!!
何が異世界転生だこんちくしょう!!
力の入らない足を何度も殴りつけて立ち上がると、魔狼へ向かって駆け出した。
もう恐怖とかそういう感情は麻痺しているのか、とにかく魔狼に突っ込む事しか考えられなかった。
その間にもケフィンが盾を使って魔狼に体当たりを仕掛け、レイズ達も援護に回るが、ロワりんに噛み付いた魔狼を攻めあぐねて逆に防戦一方になっている。
既にロワりんは意識を失っているのか、噛み付かれたままだ。
……ここで彼女を助けられなかったら、俺は絶対に後悔する。
この世界に転生してやっと出会えた仲間だ。
彼女を失って、みんなが悲しむ顔なんて絶対に見たくない。
俺は走りながら意識を集中して、魔力剣の柄に念じる。
オオツカさん、頼む。彼女を助けたいんだ!!
魔力の刃を細く、鋭利に研ぎ澄ます。
そのイメージだけを集中する。
この感覚は、リリナさんに取り憑いた煙男を倒した時に感じた物だ。
とにかく彼女を救う事しか頭に無かった。
アンこ先輩を庇い続けながら戦うも、攻め手を欠くケフィンに魔狼の爪が襲い掛かろうとしたその瞬間、俺は魔力強化で瞬発力を上げると、魔狼との間合いを一気に詰めて振り上げた左前脚に斬りつける。
「うおぉぉぉ!!」
刃は通ったが深手ではない。無意識にオオツカさんを手離し、両腕を魔力強化してそのまま左前脚を力任せに殴りつける。
殴り付けた左右の拳から血が吹き出るが、奴の骨を砕いた感触があった。
それでも、奴はロワりんに噛み付いたまま離さない。
いい加減に諦めろっての!!
その時、ミっちゃんの声が聞こえた。
「セッキー! もう少し時間稼ぎをしてくれ!」
彼女ならなんとかしてくれる。そう思って再び俺は走った。
お安いご用だ、なんて冗談でも言える状況じゃないが、魔狼の足に刺さったままのオオツカさんを回収して構えるのと同時に、奴の尻尾が横薙ぎで襲い掛かってくる。
やられるか!
さっきレイズが叩き付けられていたのを見ていたので、尻尾を魔力剣で受け止める。
くそ重い!
まるで丸太でも受け止めたかの様な重さと衝撃で弾かれる。
だけど、引く訳にはいかない!!
ロワりんみたいには動けないけど、魔力強化の高速移動で魔狼の背後に回り込み、後脚に斬り付ける。
だが、手応えがない。
これでも通らないのかよ!?
奴の毛皮は鋼鉄なのかだろうか?
万事休す、と思ったところで再びミっちゃんの声が上がる。
「セッキー、よくやった!!」
呆然としていた俺の脇を凄まじい速さで抜けたミっちゃんが、魔狼の負傷している左前脚を刀で切断した。
とんでもない切れ味だ。それとも彼女の技量のなせる技なのだろうか。
気のせいか、ミっちゃんの尻尾が二本に見えたのだが……。
「グワァァァ!!!」
流石に魔狼も堪らず叫び声を上げ、咥えていたロワりんを放り出した。
落下するロワりんを駆け付けたメルさまが抱き留める。
間髪入れずに魔狼の右眼に光る矢が突き刺さった。
ピアリが放った魔力の矢だ。
その隙にロワりんを抱きかかえたメルさまが魔狼から離脱する。
入れ替わる様に、レイズが突っ込んだ。
「さっきはよくもやってくれたな!!」
怯んで一瞬動きが止まった魔狼の尻尾をレイズが切り落とす。
続いてゲンゲツさんが大剣を振りかぶった。
「これでも食らえや! オラァ!!」
そのまま大剣を叩きつけて後脚を圧し折る。
今度はレイメイさんが駆け抜けていく。
「覚悟しなさい!!」
バランスを崩した魔狼の腹部に槍を幾度も突き刺した。
最後はケフィンが突っ込む。
「これで……倒れてくれよっ!」
勢いをつけたまま盾で魔狼の顔面を殴り付けると、片手剣を喉元に突き立てた。
「グアオォォォッ!!!」
……だが魔狼は倒れない。
最後の足掻きなのか、喉元に剣が刺さったまま死に物狂いの動きでみんなを吹っ飛ばす。
血走った目でアンこ先輩を狙って喰い付こうとした瞬間だった。
「お願い! もう倒れて!!」
ノノミリアが放った雷撃がケフィンの片手剣を通して魔狼の頭部を焼いた。
肉の焦げる臭いとともに、口から煙を吐き出しながら、ついに巨大魔狼が倒れた。
やったのか……?
だがそんな事よりも、ロワりんの状態の方が気になる。
メルさまの所へ急いで向かうと、回復薬を何本も使ったのか、薬の空き瓶が散乱していた。
「ロワりんは大丈夫ですか?」
「止血もしましたし、一応傷は塞がったはずですの……」
メルさまがそう答えると、抱き抱えられたままのロワりんが薄く目を開いた。
出血は止まっているみたいだが、血で真っ赤な上半身が痛々しい。
「……みんなに迷惑をかけてしまって……ごめんなさい」
ロワりんが集まった俺達に弱々しく謝る。
「そんなこと! 私の事も命懸けで守ってくれたじゃないですか!!」
アンこ先輩が血で服が汚れるのも構わずに、ロワりんに抱き着いて泣き出した。
皆がそれを悲痛な表情で見ている。
せっかく助かったのに、お通夜みたいな空気でいたたまれなくなってしまう。
ここは場の空気を軽くしないとな。
「いやあ、ロワりんが食い付かれた時は俺も心臓が止まるかと思いましたよ!」
冗談ぽく明るく言ったつもりだったのだけど……。
「私だってキミが魔狼に吹っ飛ばされたのを見て、心臓が止まる思いをしたんだからね……」
ロワりんから弱々しい微笑みを向けられてしまい、俺は何も言えなくなってしまったのだった。




