42 楽する事を覚えると、ロクな大人にならないよ
馬車の荷台でミっちゃんが物騒な事を言うから、アンこ先輩が怯えてしまっていた。
「ああ、すまない。別に彼らと好んで争いたい訳では無いから安心してくれ」
「……本当ですか? 一応は生徒向けの依頼なので、トラブルになったら活動停止やパーティーを解散する事になっちゃいますからね。気を付けて下さい」
やっぱり、そういうペナルティってあるんだな。
「でも先輩、そんなトラブルって当事者同士で口裏合わせしたりして黙ってたら、バレないんじゃないですかね?」
気になったので、後ろの荷台の先輩に向かって聞いてみた。
なにも全てをバカ正直に答えるまでも無いだろう。
「その事ですが、今回は予備校からこの様な魔道具を渡されました。みなさんの人数分があります」
そう言って、先輩が鞄からリストバンドの様な物を取り出した。
よく見ると、それぞれに小さな魔石が縫い付けられている。
なんの魔道具なんだろうな?
「これはですね、身に着けている間はその人の行動が記録される魔道具だそうですよ。記録された情報は、この水晶板を経由して予備校側に送信され、依頼終了後に各個人の報酬の査定等に利用されるみたいです」
先輩の持つ水晶板は、以前メディア校長が使っていたタブレットと同じ物みたいだ。
監視社会恐るべし!
とは言っても、誰が何を討伐したかとかの揉め事も記録が残っていれば、トラブルになる事とかも減りそうなので、一概に良くない事とも言えなさそうだな。
それから途中で休憩を挟んだりしつつ、昼を大分過ぎた頃に目的地の村に到着した。
村の周辺は牧草地が広がっていて、牧畜が主産業の村みたいだ。
馬車から降りると、村長らしき年配の男性と数人の男達が出迎えてくれた。
「ようこそおいで下さりました。私は村長のゴーダと申します」
村長さんは、学生の俺達にもきちんと挨拶をしてくれた。
しかし他の男達は、あからさまに落胆している表情が見て取れる。
恐らくは、屈強な冒険者達がやってくると思っていたのだろう。
俺達は頼りなく見えるのだろうな。
「お初にお目にかかります。王都の冒険者予備校から派遣されてきました、ケフィン・ジオアトラと申します──」
うむ。流石はいい所の生まれだな。
挨拶も様になっている。変態だけど。
「貴族さまなんだから、依頼人とのやり取りは、もう全部アイツに任せちゃっていいんじゃないかな?」
優雅に挨拶をしているのを見てると、俺達の出番は無さそうだ。
だが、すかさずピアリに注意されてしまった。
「リョウヤ君、駄目だよ。楽する事を覚えると、ロクな大人にならないよ」
うむ。大変耳が痛いでございます。
しかし、思わぬ所から俺への同意の言葉が向けられる。
「でもセッキーの言う事も一理あるんじゃないかな☆」
「そうですの。依頼者が不安を抱えている場合は、彼の様に妙な自信に溢れる方に対応して頂くと、相手の方も安心されますの」
意外にもロワりんとメルさまが擁護してくれた。
二人が敵に回ったためか、ピアリが珍しく不満顔である。
ま、色んな意見や考えがあった方がいいと俺は思いますよ。
それから村長さんと依頼についての詳細なやり取りは、ケフィンと先輩が担当することになり、俺達は村の集会所へ案内された。
アンこ先輩って少し頼りないと思っていたけど、こういう場では普通に頼れる先輩なんだなと、ちょっと失礼ながら見直してしまった。
案内された集会所で先輩達を待つ間、俺達は用意された遅めの昼食をご馳走になった。
食事中、レイズとノノミリアを含めて依頼の再確認等をしていたが、ゲンゲツさんとレイメイさんは、ミっちゃんを警戒してなのか、こちらと積極的に交流を持とうとしなかった。
ちなみに昼食は、この村で育てている羊の肉の煮込み料理だった。
羊肉って結構クセがあると思けど、ジンギスカン鍋とか美味しいよね。
食事を終えたレイズだが、例の二人の沈黙に耐えきれなかったみたいで、彼らに色々と話し掛けている。
「……ところで先輩達は、まだ彼女を警戒しているのですか?」
流石に二人のミっちゃんへの視線には、レイズも気付いていたか。
「……ああ。そこの君に恨みは無いが、どうしてもキツネの獣人は苦手でな」
腕を組みながら顔をしかめるゲンゲツさんが、ミっちゃんを見て言いづらそうに答えた。
でも、少しホッとした。
直接ミっちゃんに敵意を向けていた訳では無かったのだ。
「私もそうだ。少々昔のトラウマを思い出してね……」
レイメイさんも、過去に何があったのだろうか。
「構わないよ。私も理解はしているつもりだ」
ミっちゃんが目を伏せ、そう答えた。
やはり差別みたいなのは、どこの世界でも根が深い問題なのかな……。
そんな空気の中、ノノミリアが努めて明るく振る舞う。
「先輩達って、昔なにかあったのですか? 案外こういうのって、話してみたら気が楽になったりしますよ!」
ノノミリアが彼らのデリケートな部分に踏み込もうとする。
うちの先輩方に負けず劣らず、ノノミリアも恐ろしい事を平気で言うなぁ。
その言葉にゲンゲツさんが腕を組みながら天井を見上げる。
「あれはまだ俺が幼かった頃だ──」
ゲンゲツさん、普通に語っちゃうのかよ……。
「母親に頼まれて近所のキツネの獣人の家に、お裾分けの団子を持って行ったのだ。それがまた旨そうな団子でな。道中、ついこっそりつまみ食いをしてしまったんだが、あまりの美味さに止まらなくなり、結局全部食べてしまったのだ。それが親父にバレて、しこたま殴られて以来、キツネの獣人が苦手になったのだ……」
「…………」
全員が無言になる。
どうするんだよ、この空気!
あまりのバカバカしさに、下手な事を言える雰囲気じゃないぞ!
必死に打開策を考えていると、ロワりんと目が合った。
彼女にアイコンタクトで『どうにかして』と伝える。
激しく嫌そうな顔をしているが、最終的には恨みがましい目で頷いてくれた。
「……えっと、それは大変だったね?」
ロワりんが一応心配する感じで言うと、取り敢えず皆が頷いた。
無表情のミっちゃんが物凄く怖いです。
というか、今の話はどうなの?
これ絶対にウケ狙いの話だよな!?
ああ、我慢できない!!
「いやいや! 団子を全部食ったアンタが悪いだけだろ!!」
結局俺は我慢できずにツッコんでしまった。
どんだけ重い話かと思ったら、あまりに下らなさ過ぎて泣けてくるわ。
「ふむ……確かに言われてみると、俺が悪いかもな」
ゲンゲツさんは俺のツッコミに感慨深そうに大きく頷いて納得している。
この人、本当に大丈夫ですかね?
「私も子供の頃の話なのだが──」
ええ? レイメイさんも語りだしちゃうの!?
「実家の隣にキツネの獣人の一家が住んでいてね。そこの女の子が私と同い年ぐらいでよく一緒に遊んだものでした。いつしか私は彼女に恋心を抱き、勇気を出して告白をしました。だが、彼女からは『今はまだ、お友達でいてください』と断られてしまいました。傷心の私はそれからというもの、キツネの獣人が苦手になってしまったのです」
「…………」
また全員が無言になり、ピアリ達が『どうする?』という感じで目配せをしている。
その場でアイコンタクトの戦いが始まり、いつどうやって勝負がついたのか分からないが、メルさまが悔しそうに唇を噛んだ。
「……なんて悲しいお話ですの」
嫌々ながらもメルさまが涙ぐむ演技をすると、取り敢えず皆が頷いた。
ここはボケ倒さなくてはいけない空間なのか!?
「いやいや、それキツネの獣人関係ないでしょ! というか、まだ脈がある返事じゃないですか!! あきらめないでよ!!」
またしても黙っている事ができなくて、ツッコんでしまった。
そもそも相手の女の子が普通の人間だったら、人間嫌いになったとでも言うのか!?
「なんと!? 彼女の返事には、まだ脈があったのか……!!」
レイメイさんは目からウロコみたいな顔をしていた。
確信した。この二人もアレな人達だ。
そもそも、仕えてる相手がケフィンだしな。
相変わらず無表情のミっちゃんが、俺の方へ顔を向ける。
怒りを露わにするより怖いんですけど……。
「なぁ、セッキー。私はこいつらを殴りたくなってきたのだが、構わないよな?」
「アンこ先輩が困るからダメですよ」
俺も努めて無表情で返す。
なんだか今後の事が急に不安になってきたよ……。




