41 ……褒めたって何も出ないぞ
アンこ先輩が受注した魔狼討伐を開始する日が早くもやってきた。
冒険者予備校の正門出入口で、もうひとつのパーティーと合流するとの事だ。
俺はピアリと見送りに来てくれたリリナさんと一緒に待ち合わせ場所に向かうと、既にアンこ先輩達が待っていた。
よく見ると、先輩達に交って巫女服を着たキツネ耳の美少女が佇んでいる。
刀を持つ姿が凛々しくて、正直ここにいる誰よりも美人かもしれない。
「……もしかして、ミっちゃんなのか?」
「セッキーの目は節穴か? 私以外に誰がいるのだ」
だって、いつものジャージ姿じゃないし、眼鏡も掛けていないので誰だか分からないですがな。
「美人すぎて、分からなかったんだよ」
「……褒めたって何も出ないぞ」
ミっちゃんは少し頬を染めながら答えた。
ある意味、本当の勝負服なのかな。凛とした佇まいだ。
そんな彼女をロワりん、メルさま、先輩の三人がはやし立てる。
「おやおや、照れるなんてミっちゃんも乙女だねぇ☆」
「褒められて嬉しくない女子はいませんの」
「うわあ! 素敵なロマンス到来の予感がしますね!」
「う、うるさい! そんなんじゃない!!」
ミっちゃんも顔を真っ赤にして、反論しなくてもいいのに。
魔狼討伐に向かうというのに、緊張感の欠片も無いと思ったが、これぐらいで丁度いいのかもしれない。
先輩も、すっかりいつもの調子に戻ったみたいだし。
俺の隣でリリナさんがミっちゃんを物珍しそうに見ている。
「ミサキさん、外見もだけどいつもと雰囲気が違うわね。なんだか魔力が溢れているみたい……」
確かに雰囲気は違うと思うけど、魔力云々はよく分からない。
一緒に見ていたピアリが説明してくれた。
「彼女の眼鏡は魔力封じの魔道具らしいよ。眼鏡を外すと抑えていた魔力が解放されるけど、好戦的になるのだとか」
何その設定!? 魔眼封じみたいで厨二心がうずくな!
そうこうしているうちに、もう一方のパーティーがやってきた。
相手方のリーダーは、騎士みたいな鎧を着込んだイケメンだ。
はて? どこかで見掛けた様な気がするが……。
イケメンを見たピアリが露骨に嫌そうな顔をしている。デジャブかな?
他のメンバーは、大剣を担いだ厳つい大柄な男と槍を持った優男、それにレイズとノノミリアも一緒だった。
あの二人は、このパーティーのメンバーだったのか。
向こうも、すぐに俺に気付いたみたいだ。
「よお! 同行するパーティーって、リョウヤの所属パーティーだったんだな」
「リョウヤ君、流石に今回はジャージじゃなくて、制服なんだね」
レイズとノノミリアは気軽に挨拶する一方、大剣使いと槍使いの人はこちらの様子を窺って、軽く会釈するだけにとどまった。
俺も二人と挨拶していると、アンこ先輩とイケメンの二人でリーダー同士の挨拶をしているのが目に入る。
ふと、あのイケメンの正体を思い出した。
大浴場で人間風車をやっていた男だ。
「いつぞやの変態イケメンか!」
俺がボソっとつぶやいた途端、
シュババババババ!と凄まじい速さで変態イケメンが俺の方に高速移動してきて俺の腕を掴んだと思ったら、そのまま物陰に連れ込まれた。
あまりの早業で抵抗する間も無かった。
「君、あの時にピアリと一緒にいたよね。頼むから、女性陣の前であの事は言わないでくれるかな?」
「あの事って? ……ち〇こ振り回していた事ですかね?」
「分かってるなら、言わなくてよろしい。僕にもイメージという物があってね……」
「ち〇こをブルンブルン振り回しておいて、イメージ云々と言われましてもねえ」
「あれは一種のストレス発散なのだよ。男湯だからこそ解放できる情熱なのだ。それにピアリみたいな子に見せると、なんとなく背徳感があるだろう?」
あ、駄目だこの人。
悪気があるとかそういうレベルじゃない。
会話は可能だけど、話が通じない系の人だ。
「それとレイズにも秘密にしておいてくれないか? 彼は僕に憧れを抱いてくれていてね、イメージを壊したくないんだ」
「だったら、最初からち〇こを振り回さなければいいんじゃないですかね」
「それとこれとは話が別だ。人に見せる快感とイメージを保つ事の矛盾の大きさを君は理解できないだろう?」
「ちょっと、本気で何を言ってるのか分からないんですけど……」
「とにかくだ。君のパーティーの女性陣及び、レイズにノノミリアにも秘密にしておいてくれ!」
そう言って、半ば強制的に話を打ち切った変態イケメンは、みんなの所へ戻って行った。
一人取り残された俺は、何もしていないのにどっと疲れてしまう。
そして戻るなり、ロワりんが大声で聞いてくる。
「ねえねえ、セッキー。なんの話をしていたの? あいつに人間風車のやり方でも伝授されてたの?」
ロワりんさん。あなたにはデリカシーって物が無いのですかね……。
絶対アイツに聞こえるように言ってるよね。
「まあ! 人間風車とはあの方だったんですの?」
「それならば、自慢のモノを切り落としてやるか」
当たり前の様に、メルさまとミっちゃんが追い打ちを掛ける。あなた達は鬼ですかね。
彼女達の会話が聞こえていたのか、変態イケメンが引きつった表情を浮かべる。
いい気味と言えば、いい気味だ。
状況がよく分かっていないアンこ先輩が、不思議そうな顔で俺の袖を遠慮がちに引っ張ってきた。
「先輩、どうしたんですか?」
「セッキー君。人間風車とは、どういった物なのでしょうか?」
「……難しい質問ですね。人間風車の第一人者の彼に直接聞くといいですよ」
俺は先輩に答えながら、変態イケメンを指し示す。
奴はさらにギョッとした表情になった。
「分かりました。早速聞いてみますね!」
曇りのないキラキラした瞳で頷いた先輩が小走りで変態イケメンの元へ向かう。
そして先輩からダイレクトに質問されたご本人は、この世の終わりみたいな顔をしてこっちを見ていた。
笑いを堪えている俺をピアリがジト目で見てくる。
「リョウヤ君……。キミって結構えげつない事をするよね」
「普通にあの男の自業自得だろ。それにピアリに嫌がらせをした仕返しだ」
俺がそう答えると、ピアリは意外そうに目を瞬かせている。
そして、はにかみながら微笑んだ。
「……そっか。ありがとね、リョウヤ君」
危ない。
可憐な笑顔に一瞬ドキッとしてしまったが、ピアリは男だ。
俺はまだそっちの趣味は無いぞ。
その後、レイズとノノミリアから『なんの話だったんだ?』と聞かれたが、『世の中には、知らない方がいいこともある』と今更だけど、彼の名誉の為に答えておいた。
些細なトラブルがあったものの、リーダー同士の打ち合わせも済ませ、お互い簡単にメンバー同士で自己紹介をする。
ちなみに変態イケメンは、ケフィン・ジオアトラという名で名門騎士貴族家のご令息だそうだ。
そんな貴族さまが、なんで冒険者予備校に通ってるのかは謎である。
斬馬刀みたいな大剣使いと槍使いの二人は、ケフィンの従者だそうだ。
それぞれゲンゲツ、レイメイと名乗った。
ゲンゲツさんは短髪で大柄、レイメイさんは黒髪の長髪で普通にモテそうな優男である。
従者と言っても、友人みたいな間柄でケフィンとは気の置けない仲間って感じらしい。
その二人だが、ミっちゃんに対して向ける視線が鋭いのが気になった。
敵意とまではいかないが、彼女にあまり良くない感情を持っているのだろうか……。
両パーティーの顔合わせも滞りなく終わり、俺達はリリナさんに見送られて王都を出発した。
俺は最後までリリナさんと別れを惜しんでいたので、皆からは呆れられたけど。
こんな事を考えたくないけど、万が一の事があれば、もう会えなくなるかも知れないからだ。
これは冒険者の宿命なのだろう……と格好良く言ってみる。
それはさておき。
魔狼の討伐を依頼してきた村に向かう移動手段は、借りてきた荷台付きの馬車だ。
先日のメンバールーム改装にお金を掛け過ぎて(主にロワりん達が)、ちゃんとした馬車を借りる余裕が無かったのだ。
先輩が負担してくれると言ったが、あくまでも全員平等にという事で丁重にお断りした。
しかし、意外な事にメルさまが馬の手綱を取っている。
彼女はいい所のお嬢様みたいだけど、馬車の操縦もできるのか。
貴族の嗜み……ではないよな。
御者台にはメルさまと俺、荷台には残りのメンバーが乗り込んでいる。
ちなみにケフィンのパーティーは、ちゃんとしたキャビン付きの馬車だ。
ゲンゲツさんが御者で、その隣にレイズが座って馬の操り方を習っている様子だった。
やっぱりケフィンみたいな貴族だと、自家用の馬車を持ってるのかな。
俺も専用の乗り物とか欲しいなぁ。
神様見てくれてるかなぁ。俺の心の声を聞いてくれてるかなぁ。
などと、心の中で強く念じておく。
魔狼討伐を依頼してきた村は、王都から半日ぐらいの距離との事である。
道中でアンこ先輩から聞いた話によると、今回の依頼は本来ならプロの冒険者に任せる案件なのだが、近年の冒険者の質の低下によりそれも難しくなり、冒険者ギルドでもずっと残っていた依頼だったそうだ。
ギルド職員が半ばヤケクソ気味に、学生向けの依頼に混ぜてしまったのを先輩が請けてしまったのが今回の流れである。
デザロが弱者を排除したがっていたのも、冒険者の質の低下に危機感を持っていたからだろう。
それにしても、あのやり方は許されないけど。
そんな事を考えていると、後ろの荷台からロワりんとミっちゃん達の会話が聞こえてきた。
「ねえ、ミっちゃん。さっきのゲンゲツとレイメイだっけ? あいつら、なんだかミっちゃんに敵意を向けてなかった?」
ロワりんも彼らの意味有りげな視線に気付いていたみたいだ。
それを聞いて不安になったのか、先輩が訴えかける。
「そうなのですか? ここでケンカは止めてくださいね……」
「心配ない大丈夫だ。向こうから仕掛けて来ない限りはな。恐らく、彼らは私と近い文化圏の生まれなのだろう」
「ミっちゃんさんのご実家に近い生まれの方だと、何か問題があるのでしょうか?」
メルさまが馬を操りながら疑問を口にする。
「私が暮らしていた村は、キツネの獣人は神の使いだと信じられていて、信仰の対象にされたり、畏れの対象になったりもした。それで彼らが私にあまり良い感情を持っていないのだろうな……」
複雑な表情を浮かべたピアリが続けて質問する。
「それって、獣人みんながそんな扱いを受けるの?」
「いや、特殊な力を持つキツネの獣人だけだ。今の私を見たら、なんとなく察しはつくだろう?」
眼鏡を外したミっちゃんは美しいのだが、なんだか危険な美しさなのだ。
手にした刀を鞘から少し抜いて、刀身をうっとり見つめるミっちゃんに何か形容しがたい恐ろしさを感じる。
これが妖気なのだろうか。
「……仮にあの二人が襲い掛かってきても、返り討ちにするけどな」
不敵に笑う彼女の周囲の温度が少し下がった気がした。




