14 私ってば、何を浮かれているのだろう……
〜リリナ視点〜
冒険者予備校の受付の窓口業務をしていた私が、初めてその男の子を見た時、流行り病で死んだ弟の面影を思い出していた。
その男の子が『この冒険者予備校に入学希望で、ベルゲル先生の紹介状もあります』と紹介状を手渡してきた。
紹介状を確認すると本物だ。
あの人は、あまり紹介状を書かないと聞くので、この彼は優秀なのか余程気に入られた子なのだろう。
緊張しきりの様子が何だか微笑ましく感じたので、思わず頑張って下さいね、と声をかけてしまった。
我ながら、どういう風の吹き回しだろう。
……やっぱり弟に似ていたからかな。
メディア校長との面接を終えた彼は、見るからに落胆していた。
まさか、入学不可になったとか?
そんな事態になってなければいいのだけど……。
聞いてみると、魔力の出力値が少なくて上手く魔法が使えないかもしれないと。
その上、メディア校長達を落胆させてしまったと落ち込んでいる様子。
魔法が使えない苦痛は私にも理解できるので、なんとかフォローをしたくなって、つい変なアドバイスをしてしまった。
……半分は自分への慰めの言葉だったのかもしれないけど。
彼を寮室まで案内して持ち場に戻ると、顔見知りの図書館職員が私を探していた。
なんでも、司書の一人が急な怪我で休養する事になって、司書の資格を持つ私にヘルプで入ってほしいとの事だった。
上司である校長の許可も出たので、明日からしばらくは図書館の司書だ。
……本は好きなので、ちょっと楽しみかも。
図書館業務に就いた早々、あの彼がやってきた。
背負っている大きな物はなんだろう?
彼と挨拶がてら軽く話をしていたら、いきなり私の事を努力家だったのでは、と言われてしまった。
今までそんな評価を面と向かって受けた事が無くて、なんと返していいのか困ってしまった。
彼はこちらの空気を読んだのか、そのまま図書館利用の目的を伝えてきた。
なので、私も仕事モードに戻る。
……この彼って、意外と周囲に気が使える子なのかな。
しばらくしたら、おかしなチャイム音が聞こえてきた。音の発生源はあの彼だった。
図書館では静かにして下さいね。
夕方になり、小さいお子さんや家庭を持つ職員さん達には早く帰ってあげて下さいと残務を引き受けたものの、一人では結構な作業量で軽く後悔する。
でも途方に暮れていても仕方ないので、本の整理を始めてしばらくすると、彼がやって来て手伝うと言ってくれる。
流石にそれは……と思ったけど、大変なので素直にお願いしようかしら。
案外、私は見栄っ張りなのかもしれない。
今日も他の職員を帰してしまって一人で残務を片付けていると、また彼がやって来て手伝ってくれた。
……もし、弟が生きていたら、こんな感じで私の世話を焼いてくれたのだろうかと思ってしまった。
現実ではそんな事は起こらないのにね。
彼が手伝ってくれたお礼に、今度お茶をご馳走してみよう。
ここ数日、いつも彼が残務を手伝いに来てくれた。
もしかしたら、私もそれを楽しみにしていたのかもしれない。
そんな気の緩みだったのか、書架を整理中に彼の頭に本が落ちてきて当たったとの事。
慌てて確認したら、彼の頭にたんこぶが出来ていた。
冷やす物を探しに行こうとしたら、彼は笑って『大丈夫、気にしないで』と言ってくれた。
お詫びに今日はとびきり美味しい紅茶をご馳走しないと!
休憩室で一緒にお茶を飲んでいると、彼が私の淹れた紅茶を褒めてくれた。
ちょっと嬉しい。
でも、手袋の話をされて現実に引き戻された。
私ってば、何を浮かれているのだろう……。
その時、先日のチャイム音が彼の背負っている袋から聞こえた。
話題を変えようと思って中身を聞いてみたら、なんと探し求めていた大容量の蓄魔石だった。
この充填された魔力量だったら、私の呪われた指輪をどうにかできるのではないかと、淡い期待を持ってしまった。
彼を騙して迷惑を掛ける事になるけれど、指輪さえ壊せれば後でいくらでも謝ろう。
そう思って蓄魔石に触れようとしたら、火花と共に弾かれてしまった。
……彼を騙して利用しようとしたので、罰が当たったのかもしれない。
翌日、また彼が来てくれた。
騙そうとした事で顔を合わせづらかったけど、彼はいつも通りに接してくれた。
その上、今さら残務整理を一人では無理です、と他の職員に言えなくて正直困ってる事を薄々感付いていたみたいで、彼は私の事を心配してくれた。
こういう風に気遣ってもらうのも久しぶりだから、つい嬉しくなってしまった。
そして今日も彼の頭上に本が落ちた。しかも数冊も。
心の中では否定したいけど、きっと私のせいだ。
とにかく早く駆け付けようとしたら、あんなことになるなんて……。
つまずいて転び掛けたのを彼に抱きとめられてしまったのだ。
……こんな気持ちになったのは、何年振りだろう。
恥ずかしいけど、すごくドキドキしてしまった。
昨日の事があったので、今日は業務に身が入らない。
気付いたら閉館時間も迫ってきた頃、彼が女の子と一緒にやって来た。
え? どういう事?
しかも、その女の子が彼の腕に抱きついているのを見てしまい、一瞬頭が真っ白になってしまった。
でも女の子がピアリ君だとすぐ気付いたので、安心した。
……私ってば、一体何を考えてるのだろう。
また彼が手伝うと言ってくれた。
これ以上何かが起きたら怖いので断ろうとしたのだけど、笑い飛ばされてしまった。
もしかしたら、本当に大丈夫なのかな。そんな期待が私の中に生まれた。
それにしても、この二人は本当に仲が良さそうね。
去年のピアリ君を知っているだけに、安心したら思わず笑顔になっていた。
作業中はピアリ君が色々お喋りしてくれたので、嫌な事も思い出さずに無事に書架整理を終えられた。
そのお礼として、二人にお茶をご馳走する。
途中でピアリ君が、いきなり彼が私の笑顔が素敵だと褒めていたと言い出した。
それからまた私の頭が真っ白になって——
……その後の事は思い出したくない。
もうどうしたらいいのか分からなくなり、あの男をいくら恨んでもどうしようもなくて、泣いても何も解決しないのは分かっている。
冒険者時代に覚えた感情をコントロールする方法で、悲しみをひたすら押し殺す。
今までだって、辛い事があれば感情を押し殺してきたのだから、今回もやる事は同じだ。
そんな時、突然彼が戻ってきて真っ直ぐな目で私の指輪の呪いを解除したい、私の事を助けたいと言ってくれた。
——お願い助けて。もう感情をコントロールしても涙を止められなくなっていた。




