表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Replica  作者: 根岸重玄
加速停止編
90/286

交差する視線、凍結する空気

 2036年6月23日 深夜1時28分


 拳が空を裂くたび、空間がかすかに震えた。

 《行き止まり(デッドエンド)》の連撃は容赦なく続く。天乃(あまの)はそのすべてを、紙一重で回避していた。


 彼にそれを可能にしているのは《魔術師殺し》。

 魔力の流れを視認し、未来予測の精度すら引き上げる魔眼。

 そして、それを即座に行動へと変換する”直観”。


 身体への負荷は限界に近づいていた。呼吸は荒れ、筋肉は警告を発していた。

 だが、まだ崩れてはいない。


「よく避けるな、お前……」


 《行き止まり(デッドエンド)》が言葉を零す。

 その表情に、微かだが確かな笑みが浮かんでいた。

 無表情を貫いていた男の顔に、初めて感情の色が灯る。


「大したもんだ。俺の拳をここまで回避する奴は、そうはいねェ。」


 その声には嘲りも苛立ちもない。

 純粋な評価。敵として認めたという、静かな敬意が滲んでいた。


 次の瞬間、空気の“密度”が変わった。

 わずかに肌を刺すような重さが広がる。


「……なら、こっちはどうだ?」


 魔眼が即座に反応した。

 《行き止まり(デッドエンド)》の足元から展開される“停止領域”が、ゆっくりと広がり始めていた。


(まずい……領域を拡大してくる)


 あの領域に触れた瞬間、動きは奪われる。即死に等しい。


 天乃(あまの)は即座に地面へ指を伸ばす。


「――《境界書換きょうかいかきかえ》」


 世界の認識を操作する魔術。

 広がりゆく“停止の膜”の境界へと干渉し、構造の定義を上書きする。


 結界は、その輪郭を保ったまま膨張を止めた。

 まるで見えない障壁にぶつかったかのように、領域は押し留められた。


(領域の拡大を止めやがった……いや、“通せない”と定義した?)


 自らの目論見を阻まれ、そう思考する《行き止まり(デッドエンド)》はそれでも攻撃を継続する。

 天乃(あまの)は歯を食いしばる。動きは止めない。

 魔眼が次なる危険を示し、直観が安全な軌道を導き出す。


 跳ぶ。


 しかし、《行き止まり(デッドエンド)》も手を緩めない。


(このままじゃ、ジリ貧だ……)


 守るだけでは勝てない。魔力も体力も、じわじわと削られていく。


(ならば、突破する)


 天乃(あまの)の瞳に光が宿る。視線が鋭く定まる。


「――《境界書換きょうかいかきかえ》」


 今度は、領域そのものの“定義”を塗り替えた。

 《行き止まり(デッドエンド)》の停止フィルター。その内部に存在する対象の一部として、“天乃(あまの)しん”自身を定義から除外する。


 すなわち、自らを「停止させない存在」として書き換える。

 奇しくも記憶を失う前のかつての自分と同じ方法である。


 跳躍。

 魔眼が導いた最適軌道をなぞり、拳を振るう。


 だが――


 手応えは、なかった。


 拳は空を切り、標的はそこになかった。

 《行き止まり(デッドエンド)》が、回避していた。


 意表を突かれたのは天乃(あまの)だけではない。


 《行き止まり(デッドエンド)》もまた、わずかに目を見開いた。


「……俺が、避けた?」


 本来ならば、天乃(あまの)の拳は領域で停止する。

 回避する必要はない。だが彼は、無意識に動いていた。


(……また、止められなかったらと……)


 一度だけ、天乃(あまの)は領域を突破した。

 その記憶が、《行き止まり(デッドエンド)》の内部に、深く焼き付いていた。


 一瞬の静止。空気が沈黙を孕む。


 だが次の瞬間、《行き止まり(デッドエンド)》は表情を引き締め、低く呟いた。


「……じゃあ、そろそろこっちも本気を出すか」


 深く、静かに息を吐く。詠唱が始まる。


「“原初に抱いた我が情景は、世の理をおかす思想“

 “汝らよ、どうか我が眼前を駆け抜けて欲しい”

 “汝らの疾走を阻むことこそが我が唯一の渇望であるが故に”

 “停止した世界こそ最も穏やかで安らげる居場所となるのだから”

 “終焉しゅうえんの幕はもう下りない、此処ここが終点――《行き止まり(デッドエンド)》”」


 詠唱の終わりと同時に、空間が変質した。

 空気が重くなる。粘性を帯びた何かが、天乃(あまの)の動きをむしばんでいく。


(これは……“停止”じゃない……“減速”……!?)


 新たに展開された領域――《減速領域》。


 それは「止めたい」という《行き止まり(デッドエンド)》の願望と、「動きたい」という対象の意志が衝突した結果、契約として成立する干渉。

 御堂の《拒絶の場》などと同様に”嵌合”と呼ばれる魔術現象である。


 それは完全なる静止ではない。

 しかし、それは確実に意志の速度を奪い、行動そのものを鈍らせる。


 空間そのものが、《行き止まり(デッドエンド)》の意志と結びついていた。

 そこは、彼の望む“終点”として定義されていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ