選ばれた罰と、壊れていく日常
2036年6月22日午後10時22分
御堂彩芽が《行き止まり》と行動を共にするようになって、半月が過ぎていた。
――たった半月。
そう言ってしまえば簡単だ。
けれど、その日々は、彼女にとってあまりに長く、冷たく、そして重かった。
最初は背伸びだった。
任されたことが誇らしくて、怖がる自分を押し殺しながら「大丈夫」と自分に言い聞かせていた。
けれど、時間は御堂から確実に“正常”を奪っていった。
人が倒れる音。
血の匂い。
肉体が崩れる手前の、刹那の沈黙。
魔術が世界を塗り替えるたび、自分が“正しい側”にいるという確信は、薄れていく。
「……撃つしか、なかった。仕方なかった……でも……」
任務帰りの夜。
制服のまま、自室の床に座り込む。
膝を抱えた御堂の視線の先には、壁に立てかけられたスリングショット。
手甲型のその武器は、彼女にとって“ただの道具”ではなかった。
それは、意思と結果を直結させる“引き金のない引き金”だった。
引かなくても、放てる。
放てば、何かが壊れる。
誰かの人生が終わる。
彼女は、それを理解しすぎていた。
「……こんなの、普通じゃない……」
呟きはかすれ、部屋の空気に溶けて消える。
それでも、翌朝になれば、また《行き止まり》との任務が待っていた。
彼は何も言わない。
必要なことしか口にしない。
御堂が感情を漏らしても、それに応じることはなかった。
「決めたのは、テメェだろ」
その一言だけ。
慰めでも、叱責でもない。
ただ事実を突きつけるような、温度のない声。
感情の機微を持たない人間。
あるいは、それをあえて封じている異物。
御堂にとって、《行き止まり》は人間の形をした魔術そのものだった。
そして、頭の奥では、ある言葉が静かに反響していた。
――あなたは、貴重な選択肢を一つ失ったのです。
百目鬼亜澄が告げた“厳罰”。
その意味が、じわじわと彼女の現実を蝕みつつあった。
それは、誰にも知られず、本人にだけ効いていく毒のようだった。
だからこそ、彼女は《行き止まり》と距離を取ろうとした。
必要最低限の会話と報告。それ以外は極力接触を避け、任務が終わればまっすぐ帰る。
けれど、完全に無関係でいることなどできるはずもなかった。
2036年6月23日午後4時22分
その日、放課後の校舎裏。
御堂は静かな声に呼び止められる。
「……御堂さん。ちょっと、いいかしら」
振り返ると、そこには十河刹那が立っていた。
腰まである長髪をかき分けるようにして無駄のない立ち姿をしている。
そのまなざしには、余計な感情も言葉もない。
「顔色、悪いわよ。何かあったのかしら」
「……別に、大丈夫」
「ならいいわ。けど、言っておこうかしら」
十河は視線を逸らさず、淡々と続けた。
「自分で決めたことだったとしても、限界はあるわ。
壊れる前に引くのも、選択よ」
御堂は言葉を返せず、ただ俯く。
「それも、わかってるわ」
十河はわずかに息を吐いてから、やや声を落として続ける。
「必要なときは言いなさい。御堂さんが潰れるのは見たくないの。友人としての忠告よ」
それだけを言い残し、刹那は足音も立てずにその場を離れた。
御堂は返事をしなかった。
けれどその背中に、小さな息を吐く。
(……私、本当に大丈夫って思ってるのかな)
風が吹き抜け、御堂の髪を揺らす。
その中で、誰にも見せないように、彼女は小さく目を伏せた。




