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Replica  作者: 根岸重玄
記憶喪失編
8/286

魔眼

2036年6月6日午前11時14分


「あぁ,お陰様(かげさま)でな。危うく死ぬところだったよ」


 天乃(あまの)間森(まもり)の姿をした何者かに返答する。


「どういう意味だ?」


 間森(まもり)は首を(かし)げ,天乃(あまの)の方に一歩踏み出す。

 ところが,この間森(まもり)は姿を幻覚で偽装した偽者であると,天乃(あまの)はほとんど確信している。


「待った。確認したいことがある」

「何だ?」

「オマエ,守護霊を呼び出したとき,スマホを持っていたな」

「そう,だな。

 持っているな。ここに」


 そういって偽間森(まもり)は足を止め,(ふところ)からスマートフォンを取り出す。


「そうか。これで確定した。お前は偽者だ」

「……どういうことだ?」

「ちょっとした実験をした。

 水無月(みなづき)の言葉を覚えているか?

 ここは外部との連絡が遮断(しゃだん)されてるって話」

「あぁ」

「まずは警備隊に連絡を入れてみた。見事に遮断(しゃだん)されていたよ。

 でも,水無月(みなづき)と連絡先を交換して,水無月(みなづき)に連絡を取ってみたところ,問題なく(つな)がったんだよ。

 つまり,結界の内部では連絡可能だったんだ。

 その後は,もう言わなくてもわかるよな。

 オレが忘れちまっても,機械ってのは間森(まもり)啓吾(けいご)の連絡先をきちんと覚えていたみたいだぜ」


 天乃(あまの)もポケットからスマートフォンを取り出すと間森(まもり)啓吾(けいご)の連絡先を表示して画面を示すように偽間森(まもり)に向ける。


「なるほど。

 確かに君のスマートフォンには登録されているのだろうな。

 本物の間森(まもり)啓吾(けいご)の連絡先が。

 そこに連絡したにも(かかわ)らず,通じなかったというわけか。

 これは,失敗したな。

 やはり,君と水無月(みなづき)風華(ふうか)を2人きりにすべきではなかった」


 偽間森(まもり)天乃(あまの)(げん)素直(すなお)に認めると,それまでと,異なる雰囲気を(かも)し始める。


「ふむ。確かに,私は間森(まもり)啓吾(けいご)ではない。

 本名・所属・正体を偽った方法については機密事項(ゆえ)黙秘(もくひ)させてもらうが,正体を隠して近づいた目的については語ることができる。

 簡単に言うと護衛だよ。君を狙うものは多い。

 理由は様々だが,私の所属する組織においては,とりあえず,君には無事でいてもらわないと困るのだよ」

「は? おい,待て。

 つまり,()()()()()()()()()()()()()()()使()()()()()()()()と,そういってるのか?」

「そのとおりだが?」


 悪びれることもなく,偽間森(まもり)は言い放つ。


(あり得るのか?

 オレと水無月(みなづき)は,間森(まもり)が正体を偽っている=襲撃(しゅうげき)者の前提で話をしてきたが……

 確かに正体を偽ることと襲撃(しゅうげき)することは別といわれればそのとおりだ。

 信用してもいいのだろうか。

 いや――)


「確認したい。

 オレを護衛することがアンタらの利益につながるとして,どうして,今日,正体を偽ってまでここに来た。

 しかも,間森(まもり)はクラスメイトだぞ?

 後で確認すれば,必ず偽者だったと判明する。

 ここまで強硬な手段をとった理由を聞かせてもらいたいものだ」

「さぁな。私は命令があったからそれに従っているにすぎない。

 そこまで詳しい理由については教えられていない」

「そうか。だったら,俺はアンタを信用できない」

「構わない。私としては君が無事ならそれでいいのだから。

 もっとも,水無月(みなづき)風華(ふうか)が奮闘した結果,私の仕事はこの《結界》から無事に君を連れ出すことだけになったがな」


(これじゃだめだ。結局真偽不明のままだ。

 襲撃(しゅうげき)者とコイツを結ぶ糸がない。

 ん? ()()()

 …………やってみるか)


「なぁ,魔力(まりょく)ってやつは魔術師(まじゅつし)でないと見えないのか?」

「……そうだな。魔力(まりょく)の流れを知覚できるのは優れた魔術師(まじゅつし)だけだ。

 それも,限られた存在だな。皆が知覚できるわけではない。

 その中でも見えるというのは極僅(ごくわず)かだ」

「――――――そうかい。オレはさ,どうも見えるみたいだな」

「ッ!?」


 ここにきて,天乃(あまの)には,偽間森(まもり)に動揺のようなものが初めて見えた。

 もっとも,それは,()()()()()()()()()()()()であったのだが。


「初めて自覚的に見えたのは多分,水無月(みなづき)に矢が飛んできたときだ。

 あのとき,確かに,矢の形をした何かが水無月(みなづき)の体を覆う何かに当たって霧散(むさん)するのを見た。

 次に見えたのは水無月(みなづき)が飛んでる様子を見たときだな。

 水無月(みなづき)の体から赤い翼のようなものが出ているのが見えた」


「……ほう」


「それでよう。見えてたんだよ,アンタからも。

 1本と5本,合計6本の線がさ。1本はすぐそば,残り5本はまるで糸のように伸びてるのがな。

 そいつを辿ってけばあの甲冑(かっちゅう)に辿り着くんじゃねぇのか?」

「――フフフフ。

 なんだ,できるではないか。()()()

「今,3本になった。

 水無月(みなづき)が破壊したんじゃねぇの?」

「ふう。伏兵の数まで当てられるとは,どうやら本物のようじゃあないか。

 さすが,百目鬼(どうめき)の血を引いているだけはある。

 魔眼(まがん)に関しては本物だな」


 偽間森(まもり)は踏み出していた一歩を引く。


「『変幻(へんげん)――偽装(ぎそう)騎士(きし)』」


 偽間森(まもり)の目の前の空間に突如として甲冑(かっちゅう)騎士(きし)が現れる。そこからはカシャカシャという金属が擦れる音が響きわたる。


「そうかい,もう隠す意味もないってことか」

「そうだな。だが,()せん。

 なぜ魔力(まりょく)の糸を指摘した。

 それがなければ,私はこのまま黙って君とともに《結界》を抜けて立ち去るつもりだったのだがね」

「信じられないな」

「本当なのだがね」


 そう言って偽間森(まもり)は肩を(すく)めて見せる。


「君も,まさか,この騎士(きし)に素手で(かな)うとは思っていたわけでもあるまい。

 ちなみに,水無月(みなづき)風華(ふうか)は残り2体で足止めしている。

 あと2分はこちらに来させんよ?」

「そうかよ。

 まあ,()いて言うなら,試してみたくなったってだけだよ。

 オレの直観(ちょっかん)ってやつを」

「やはり,理解できんな。

 ちなみに,私が君の護衛をしようとしているというのは真っ赤な嘘だ。

 このまま君を殺すが,問題はないかね?」


 偽間森(まもり)の召喚した騎士(きし)が大剣を構えながら,人間の膂力(りょりょく)を明らかに超えた速度で踏み込んでくる。


「問題ありまくりだなッ。

 頼んだ,()()()


 天乃(あまの)は手元のスマートフォンをスピーカーモードにし,通話中の水無月(みなづき)に声を掛ける。


『了解。『我,傀儡の自壊を命ず(壊れなさい)』!』


 これも事前に検証していたことである。

 水無月(みなづき)の《王宮勅令(おうきゅうちょくれい)》は,指向性マイクを介しても効果があったことから,電話越しでも効果があるのではないかと天乃(あまの)が提案し,試した結果,効能が減じられるものの,一定の効果が認められることが判明したのである。

 天乃(あまの)は,崩れ落ちる甲冑(かっちゅう)騎士(きし)()()()(),同時に,注意深く魔力(まりょく)の流れを観察する。

 偽間森(まもり)甲冑(かっちゅう)をつなぐ糸のような魔力(まりょく)が切れ,甲冑(かっちゅう)がただの金属の集合体になろうとしていた。

 しかし,次の瞬間,糸は瞬時に修復され,崩れかけた騎士(きし)が体勢を大きく崩しながらも大剣を天乃(あまの)に向けて振り下ろしてくる。

 天乃(あまの)は冷静に後ろに下がり,大剣は空を切る。

 キーンという音を立て,大剣が屋上に激突する。


『どうしたの!? 何の音!?』

「やっぱり無理だ。一瞬で再生した。

 術者が近いと自壊してもすぐに修復されるみたいだ」


 甲冑(かっちゅう)騎士(きし)は関節の()()を直すようにカシャカシャと音を立てて関節を動かすと,大剣を構え直す。


「ふむ,少し驚いたよ。だが,これで終わりかね?」

天乃(あまの),逃げなさい!』


 偽間森(まもり)天乃(あまの)に問い掛け,電話越しに水無月(みなづき)が叫ぶ。


「無理だ。相手の方が早い。もう,()()しかない」

『正気!?』


 甲冑(かっちゅう)騎士(きし)が1歩踏み出し,横()ぎに大剣を振るおうとする。


「時間がない。頼む」

『絶対死ぬんじゃないわよ。

 『我,汝に傀儡の破壊を(その鎧をぶち壊しな)命ず(さい)』!』


 甲冑(かっちゅう)騎士(きし)の横薙ぎの1撃は亜音速で振りぬかれる。

 ところが,次の瞬間,背後からの1撃によって首が飛んでいたのは()()()()()()()()()()


 その光景を後ろから見ていた偽間森(まもり)戦慄(せんりつ)する。

 天乃(あまの)は,亜音速で振りぬかれた()()()()()()()()()()()()甲冑(かっちゅう)の背後まで大剣が振りぬかれると,その速度を殺すことなく,そのままの速度を利用して()()()()()()()()()()()()()()のである。

 もちろん,甲冑(かっちゅう)の中身は空であり,首を飛ばされた程度では戦闘に支障はほとんどない。しかし,この1撃を見ただけで偽間森(まもり)は,この偽装の騎士(きし)1体では天乃(あまの)に対して勝ち目がないことを瞬時に(さと)る。


天乃(あまの)(しん)水無月(みなづき)風華(ふうか),これほどとはな)


 その後の偽間森(まもり)の動きは無駄がなく,おそらく最適の行動であったと思われる。

 まず,偽間森(まもり)水無月(みなづき)の相手をさせていた甲冑(かっちゅう)への魔力(まりょく)を断ち,全魔力(まりょく)を目の前の偽装の騎士(きし)に投入しつつ,全力で偽装の騎士(きし)天乃(あまの)から離すように建物の端に向かって走らせた。

 この騎士(きし)は《偽装(ぎそう)騎士(きし)》という名のとおり,他の甲冑(かっちゅう)騎士(きし)とは異なる性質を持つ。

 すなわち,その姿を偽装することができるのである。

 偽間森(まもり)が守護霊と偽った犬のような獣も《偽装(ぎそう)騎士(きし)》が姿を偽装したものであった。

 そして,《偽装(ぎそう)騎士(きし)》の姿をハングライダーに偽装し,自身がそれを使って屋上から飛び立った。

 この間僅か3秒ほどであり,天乃(あまの)はほとんど反応することもできずに離れていくハングライダーを眺めていた。


「何だってんだよ……いったい」

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