魔眼
2036年6月6日午前11時14分
「あぁ,お陰様でな。危うく死ぬところだったよ」
天乃は間森の姿をした何者かに返答する。
「どういう意味だ?」
間森は首を傾げ,天乃の方に一歩踏み出す。
ところが,この間森は姿を幻覚で偽装した偽者であると,天乃はほとんど確信している。
「待った。確認したいことがある」
「何だ?」
「オマエ,守護霊を呼び出したとき,スマホを持っていたな」
「そう,だな。
持っているな。ここに」
そういって偽間森は足を止め,懐からスマートフォンを取り出す。
「そうか。これで確定した。お前は偽者だ」
「……どういうことだ?」
「ちょっとした実験をした。
水無月の言葉を覚えているか?
ここは外部との連絡が遮断されてるって話」
「あぁ」
「まずは警備隊に連絡を入れてみた。見事に遮断されていたよ。
でも,水無月と連絡先を交換して,水無月に連絡を取ってみたところ,問題なく繋がったんだよ。
つまり,結界の内部では連絡可能だったんだ。
その後は,もう言わなくてもわかるよな。
オレが忘れちまっても,機械ってのは間森啓吾の連絡先をきちんと覚えていたみたいだぜ」
天乃もポケットからスマートフォンを取り出すと間森啓吾の連絡先を表示して画面を示すように偽間森に向ける。
「なるほど。
確かに君のスマートフォンには登録されているのだろうな。
本物の間森啓吾の連絡先が。
そこに連絡したにも拘らず,通じなかったというわけか。
これは,失敗したな。
やはり,君と水無月風華を2人きりにすべきではなかった」
偽間森は天乃の言を素直に認めると,それまでと,異なる雰囲気を醸し始める。
「ふむ。確かに,私は間森啓吾ではない。
本名・所属・正体を偽った方法については機密事項故に黙秘させてもらうが,正体を隠して近づいた目的については語ることができる。
簡単に言うと護衛だよ。君を狙うものは多い。
理由は様々だが,私の所属する組織においては,とりあえず,君には無事でいてもらわないと困るのだよ」
「は? おい,待て。
つまり,自分は襲撃者じゃない,あの甲冑の使い手は別にいると,そういってるのか?」
「そのとおりだが?」
悪びれることもなく,偽間森は言い放つ。
(あり得るのか?
オレと水無月は,間森が正体を偽っている=襲撃者の前提で話をしてきたが……
確かに正体を偽ることと襲撃することは別といわれればそのとおりだ。
信用してもいいのだろうか。
いや――)
「確認したい。
オレを護衛することがアンタらの利益につながるとして,どうして,今日,正体を偽ってまでここに来た。
しかも,間森はクラスメイトだぞ?
後で確認すれば,必ず偽者だったと判明する。
ここまで強硬な手段をとった理由を聞かせてもらいたいものだ」
「さぁな。私は命令があったからそれに従っているにすぎない。
そこまで詳しい理由については教えられていない」
「そうか。だったら,俺はアンタを信用できない」
「構わない。私としては君が無事ならそれでいいのだから。
もっとも,水無月風華が奮闘した結果,私の仕事はこの《結界》から無事に君を連れ出すことだけになったがな」
(これじゃだめだ。結局真偽不明のままだ。
襲撃者とコイツを結ぶ糸がない。
ん? 結ぶ糸?
…………やってみるか)
「なぁ,魔力ってやつは魔術師でないと見えないのか?」
「……そうだな。魔力の流れを知覚できるのは優れた魔術師だけだ。
それも,限られた存在だな。皆が知覚できるわけではない。
その中でも見えるというのは極僅かだ」
「――――――そうかい。オレはさ,どうも見えるみたいだな」
「ッ!?」
ここにきて,天乃には,偽間森に動揺のようなものが初めて見えた。
もっとも,それは,魔力の流れのわずかな乱れであったのだが。
「初めて自覚的に見えたのは多分,水無月に矢が飛んできたときだ。
あのとき,確かに,矢の形をした何かが水無月の体を覆う何かに当たって霧散するのを見た。
次に見えたのは水無月が飛んでる様子を見たときだな。
水無月の体から赤い翼のようなものが出ているのが見えた」
「……ほう」
「それでよう。見えてたんだよ,アンタからも。
1本と5本,合計6本の線がさ。1本はすぐそば,残り5本はまるで糸のように伸びてるのがな。
そいつを辿ってけばあの甲冑に辿り着くんじゃねぇのか?」
「――フフフフ。
なんだ,できるではないか。6本か」
「今,3本になった。
水無月が破壊したんじゃねぇの?」
「ふう。伏兵の数まで当てられるとは,どうやら本物のようじゃあないか。
さすが,百目鬼の血を引いているだけはある。
魔眼に関しては本物だな」
偽間森は踏み出していた一歩を引く。
「『変幻――偽装の騎士』」
偽間森の目の前の空間に突如として甲冑の騎士が現れる。そこからはカシャカシャという金属が擦れる音が響きわたる。
「そうかい,もう隠す意味もないってことか」
「そうだな。だが,解せん。
なぜ魔力の糸を指摘した。
それがなければ,私はこのまま黙って君とともに《結界》を抜けて立ち去るつもりだったのだがね」
「信じられないな」
「本当なのだがね」
そう言って偽間森は肩を竦めて見せる。
「君も,まさか,この騎士に素手で敵うとは思っていたわけでもあるまい。
ちなみに,水無月風華は残り2体で足止めしている。
あと2分はこちらに来させんよ?」
「そうかよ。
まあ,強いて言うなら,試してみたくなったってだけだよ。
オレの直観ってやつを」
「やはり,理解できんな。
ちなみに,私が君の護衛をしようとしているというのは真っ赤な嘘だ。
このまま君を殺すが,問題はないかね?」
偽間森の召喚した騎士が大剣を構えながら,人間の膂力を明らかに超えた速度で踏み込んでくる。
「問題ありまくりだなッ。
頼んだ,水無月」
天乃は手元のスマートフォンをスピーカーモードにし,通話中の水無月に声を掛ける。
『了解。『我,傀儡の自壊を命ず』!』
これも事前に検証していたことである。
水無月の《王宮勅令》は,指向性マイクを介しても効果があったことから,電話越しでも効果があるのではないかと天乃が提案し,試した結果,効能が減じられるものの,一定の効果が認められることが判明したのである。
天乃は,崩れ落ちる甲冑の騎士を視ながら,同時に,注意深く魔力の流れを観察する。
偽間森と甲冑をつなぐ糸のような魔力が切れ,甲冑がただの金属の集合体になろうとしていた。
しかし,次の瞬間,糸は瞬時に修復され,崩れかけた騎士が体勢を大きく崩しながらも大剣を天乃に向けて振り下ろしてくる。
天乃は冷静に後ろに下がり,大剣は空を切る。
キーンという音を立て,大剣が屋上に激突する。
『どうしたの!? 何の音!?』
「やっぱり無理だ。一瞬で再生した。
術者が近いと自壊してもすぐに修復されるみたいだ」
甲冑の騎士は関節のずれを直すようにカシャカシャと音を立てて関節を動かすと,大剣を構え直す。
「ふむ,少し驚いたよ。だが,これで終わりかね?」
『天乃,逃げなさい!』
偽間森が天乃に問い掛け,電話越しに水無月が叫ぶ。
「無理だ。相手の方が早い。もう,アレしかない」
『正気!?』
甲冑の騎士が1歩踏み出し,横薙ぎに大剣を振るおうとする。
「時間がない。頼む」
『絶対死ぬんじゃないわよ。
『我,汝に傀儡の破壊を命ず』!』
甲冑の騎士の横薙ぎの1撃は亜音速で振りぬかれる。
ところが,次の瞬間,背後からの1撃によって首が飛んでいたのは甲冑の騎士の方だった。
その光景を後ろから見ていた偽間森は戦慄する。
天乃は,亜音速で振りぬかれた大剣の上に跳躍して着地し,甲冑の背後まで大剣が振りぬかれると,その速度を殺すことなく,そのままの速度を利用して甲冑の首から上を蹴り飛ばしたのである。
もちろん,甲冑の中身は空であり,首を飛ばされた程度では戦闘に支障はほとんどない。しかし,この1撃を見ただけで偽間森は,この偽装の騎士1体では天乃に対して勝ち目がないことを瞬時に悟る。
(天乃慎と水無月風華,これほどとはな)
その後の偽間森の動きは無駄がなく,おそらく最適の行動であったと思われる。
まず,偽間森は水無月の相手をさせていた甲冑への魔力を断ち,全魔力を目の前の偽装の騎士に投入しつつ,全力で偽装の騎士を天乃から離すように建物の端に向かって走らせた。
この騎士は《偽装の騎士》という名のとおり,他の甲冑の騎士とは異なる性質を持つ。
すなわち,その姿を偽装することができるのである。
偽間森が守護霊と偽った犬のような獣も《偽装の騎士》が姿を偽装したものであった。
そして,《偽装の騎士》の姿をハングライダーに偽装し,自身がそれを使って屋上から飛び立った。
この間僅か3秒ほどであり,天乃はほとんど反応することもできずに離れていくハングライダーを眺めていた。
「何だってんだよ……いったい」




