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Replica  作者: 根岸重玄
登校騒乱編
79/286

嗤う鉄扇

 2036年6月7日 午後9時23分


 窓の外で、夜風がカーテンを揺らしていた。

 狗飼(いぬかい)は、ベッドの上で胡坐(あぐら)をかき、頭の上に光の()を浮かべる。


「……天空(てんくう)ぅ、出ておいで~」


 軽やかな声で詠唱(えいしょう)ともつかない言葉が放たれると、そこにふわりと現れたのはメイド姿の女性であった。

 しかしその表情には、どこか複雑(ふくざつ)なものがあった。


「お嬢様、この度の失態(しったい)は、大変申し訳なく――」

「失態? 何のこと?」

「いえ、その、えっと?」

「あぁ、そっかぁ。天空(てんくう)、わたくしの鉄扇(てっせん)もってる?」

「はぁ、持っていますが」

「ほれほれ、渡して渡して」


 急かす狗飼いぬかい天空(てんくう)は忍ばせていた鉄扇(てっせん)を渡す。


「ここをこうして――ほいっほいっと」


 狗飼いぬかい鉄扇(てっせん)を閉じたり開いたりしながら鉄扇(てっせん)に刻まれた複雑な模様で魔法陣(まほうじん)を作っては(くず)し、作っては(くず)しを繰り返す。


「……どう? 記憶、戻った?」

「――ええ、最悪の気分です。羞恥(しゅうち)でどうにかなってしまいそうです」

「うんうん、そうでしょそうでしょ!

 わたくしってば、立ち回り完璧だったもんね~♪」


 天空(てんくう)は呆れたようにため息をつく。


「お嬢様……ほんとに、わかっててやったのですか?」


 狗飼いぬかいは首を(かし)げた。


「ん? うん。だってさ、あーくんとふぅちゃんが一緒に戦って、世界を救って、みんなハッピー! って、超尊(ちょうとうと)くない? 超アリじゃない? わたくし、超幸せだしぃ!」

「……お嬢様、全部アウトです」

「えっ、うそ!? でも結果オーライだよ? 

 当初の計画と違って誰も死んでないし、最後にはちゃんと世界も守られたし!」


 天空(てんくう)は頭を(かか)えるが、狗飼いぬかい(わる)びれる様子すらない。


宗次郎(そうじろう)さんが生きているって知ってからここまで来るの、本っ当に大変だったんだからぁ。

 まず三年前の『辰上(たつかみ)亡霊(ぼうれい)』事件を徹底的(てっていてき)に調査して関係者(かんけいしゃ)を洗い出したでしょ?

 病院に行ってお医者様に宗次郎(そうじろう)さんから『超越者(ちょうえつしゃ)』だけを取り出せるか、確認したでしょ?

 その結果を一臣(かずおみ)さんに持っていって『覚醒者(かくせいしゃ)』を使って宗次郎(そうじろう)さんを救う方法を教えてあげたでしょ?

 三俣(みつまた)先生の情報を一臣さんに渡したでしょ?

『覚醒者』の候補者としてあーくんのことを教えてあげたでしょ?

 《契約》で一臣さんと三俣先生の口を(ふさ)いだでしょ?

 嫌がる天空(てんくう)の記憶を消して天乃(あまの)くんにわたくしを助けに来てもらうよう誘導係(ゆうどうかかり)に任命したでしょ?

 ()(もり)くんを勧誘して英莉(えり)ちゃんの足止めをお願いしたでしょ?

 地下室(ちかしつ)召喚(しょうかん)魔法陣(まほうじん)を作成したでしょ?

 そして、(さら)われた被害者の名演技(めいえんぎ)でしょ?」

八面六臂(はちめんろっぴ)暗躍(あんやく)ぶりですね、お嬢様」

皮肉(ひにく)ありがと~。

 でもさ、わたくしはさ、ただ『みんなのためになること』をしたいだけなんだよ?

 だってそれって、わたしの幸せにもなるし、結果、全員幸せじゃん?」

「……いえ、たまたまに過ぎません」


 狗飼いぬかいはふふっと笑う。


「うん、それ、よくわかる~。

 確かに、ふぅちゃんが参加しちゃったのも、伏見(ふしみ)先生があんなに出張ってきたのも予想外だったもんなぁ。

 今回はあーくんを『覚醒者』にするだけの予定だったのにぃ。

 まぁ、ふぅちゃんの参加は全然結果オーライ。むしろ良し!

 でもでもぉ。もし英莉ちゃんがいなかったら伏見先生が『亡霊』退治しちゃうところだったよぉ。こっちは最悪ぅ」

「確かに、それは(いな)めませんね。『覚醒者』の成立条件は資質の他にも唯一の対峙者(たいじしゃ)であることも含みますから」

「そぉなの。やばかったの」

「あの、お嬢様。()(あそ)びはこれくらいしませんか?

 旦那様はともかく朱雀(すざく)様にこれ以上隠し通すのは無理があります」

「でもね、わたし、まだちょっぉとだけやりたいことが残ってるの」

「まだやる気ですか……」

「うん。だってさ、ふぅちゃんがまだぜーんぜん(むく)われてないんだもん。

 次こそ、もっともっと(とうと)いやつにしてあげるの!」


 純真(じゅんしん)無垢(むく)微笑(ほほえ)み。

 その奥にあるのは、善意(ぜんい)執念(しゅうねん)(かみ)一重(ひとえ)になった、天然(てんねん)の“狂気(きょうき)”。

 狗飼いぬかいは窓の外を見ながら、ぽつりと呟いた。


「だって、わたくしの“推し”なんだもん。幸せにならなきゃダメでしょ?」


 月の光が、彼女の笑顔を照らす。

 その姿は――(きよ)らかで、恐ろしいほどに純粋(じゅんすい)だった。

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