不死と不壊の決着
2036年6月7日 午後6時09分
砕けた床に、爆ぜる魔力の残響が響く。
拳と魔力の応酬は、すでに十数合を超えていた。
「――くはっ、てめェ……どこまで鉄壁なんだよ」
伏見は、額から流れる血を拭いもせずに笑った。
その笑顔には、苛立ちよりも興奮が浮かんでいる。
目の前の美女――エリザベート。
金髪金眼の美貌、白磁の肌、そして全身を覆う装甲《漆黒の翼》。
その身体は、人間ではない。魔導書《闇の眷属》が形を成したものである。
「そなたこそ、しぶといのぅ。幾度肉を砕かれても、すぐさま再生するとは――」
「これが《正常稼働》。俺が死なねぇのは、仕様なんだわ」
再生と拒絶。
殴っても通らない。焼いても効かない。
不死と不壊――この戦いに終わりは存在しなかった。
「ところでうぬ、ここにはなぜ来たのじゃ?」
エリザベートが、ふと問いを投げる。
「……あ?」
伏見が一瞬、動きを止める。
(ああ……そうだ。俺は狗飼を……探して……)
だが、すぐに笑う。
「はは、クソッたれ……いいじゃねェか、少しぐらい楽しんだってよッ!!」
再び拳を振りかぶり、エリザベートに叩き込まれる。
「うむ。実に壊しがいのある男よ。そなたも――小夜の痛みを、思い知るがよい!」
拳同士がぶつかる。その余波で周囲の建物に振動が伝わる。
もともと伏見が暴れていたせいで壁に穴が空き、床が既にボロボロであったことも関係するのであろう。有体に云って、その衝撃に建物のほうが耐えきれなかった。エリザベートと伏見の足元が崩れたのだ。
「何と!」
「――おらァ!」
エリザベートが一瞬そちらに気を取られたのを伏見は見逃さなかった。
砕けた拳を引きながら、崩れた足場にも拘らず踏み込み、渾身の膝蹴りをエリザベートの顎に向かって繰り出す。
「む」
エリザベートは咄嗟に左手を伏見の膝との間に差し込み、その一撃を掌で受け止める。そして、そのまま伏見の膝をその握力でもって握り潰す。
「ちィ」
「甘い甘い。わっちがこの程度、対応できぬとでも思うたか」
「だったら、これはどうよ?」
伏見の背中から魔力が一気に噴出される。これにより、砕けた膝蹴りが更なる勢いを得てエリザベートの顔に迫る。
「くかか、その程度か?」
「まだまだァ!」
今度は伏見の足元から魔力が噴出される。これにより、エリザベートの身体は浮き上がり、五階の天井へと叩きつけられる。
「うおおおおォォおおおおらァああああ!!」
「よい! では、次はわっちの番じゃ」
エリザベートが自分の手首ごと伏見の膝を固定し、急速に回転させることで脚の膝から先を一気に捻じ切った。
脚を失った伏見の表情が歪む。
「わっちは云ったな、小夜と同じ目に遭わせると」
エリザベートの声から温度が失われ、その掌から『漆黒の翼』が噴き出す。
身体をコーティングすることで防御に回していた『翼』を攻撃用に転化したのだ。
一閃。
それはまるで刃物のような鋭さをもって伏見の胴体を切断した。
「ぬおっ、マジ、かよ」
「まだまだじゃ」
次の瞬間、高速で繰り出された拳の連打によって伏見の上半身が文字通り消し飛んだ。
そして、無残にバラバラにされた伏見の肉片が周囲に飛び散る。
だが――
「《正常稼働》」
それでも伏見はすぐさま元通りに立ち上がる。
呪いにも似たその不死身の肉体が、彼の活動を停止させることを許さない。
四階の床に立ち上がった伏見と五階の天井付近で浮遊するエリザベート。
二人の視線が交わった瞬間、エリザベートが伏見に向かって突撃を敢行する。それはほとんど一瞬で二人の距離を縮め、拳同士がぶつかり合う。
二人のぶつかり合った右腕が互いに消し飛んだ。
エリザベートの左手に飛翔の役目を終えた『翼』が刃物となって出現する。
一方、伏見の飛び散った右腕は既に再生していた。
再生能力は伏見が、破壊能力はエリザベートが勝る。
このまま、永遠の千日手が続くと思われた――そのときだった。
「――我、汝らに伏臥を命ず」
まるで空間そのものに命令が下されたかのような、
透き通った少女の声。
次の瞬間、伏見も、エリザベートも反射的にその場に膝をついた。
「ッ、ちょっ……!? 風華お嬢!?」
声の主は、制服のまま立ち尽くす――水無月風華であった。
そして、その瞳には怒りが浮かんでいる。
「アンタ、ここで何してんのよ?」
「いやっ……そ、そりゃァ……」
伏見は呻くように答えたが、抗うことはしなかった。
伏見は第三高校の教師ではあるが、本来は水無月の実家の用心棒という立場であり、教師をしているのは水無月の義父である右京の意向である。すなわち、学校を出ればその力関係は一瞬で逆転するのだ。
一方、エリザベートは伏したまま顔を上げ、水無月をまじまじと見つめていた。
「ほう……そなたが、命令を下したのか。不意打ちとは云え、なかなかの威力じゃな」
水無月はエリザベートを睨み返す。
「……誰よ、アンタ。アタシの先生に何してたの?」
「名乗るほどの者でもないが……わっちを“エリザベート”と呼ぶ者もおる。そなたこそ、何者じゃ? その魔術、見事なものであったぞ」
「水無月風華。あんたの事情は知らないけど――今日は、ここまでにしなさい」
エリザベートは数秒沈黙した後、くつくつと笑った。
「くかかっ、これは興味深い……実に、興味深いのう」
「てめぇ、まだやる気じゃねぇだろうな……」
伏見が警戒しながら睨み返すが、エリザベートはゆっくりと立ち上がると、魔力を解いた。
「わっちはもう十分に楽しませてもらった。小夜の件も、ある程度の痛みを与えただけでも、多少は気が晴れた」
「ちっ……この借りは、返すぞ」
「楽しみにしておるぞ。伏見鋼一――“不滅の英雄”よ」
そう云い残し、エリザベートはその場を去る。
水無月は伏見に向き直った。
「ほんと、バカなんだから。まったく……」
「……すまねぇ、お嬢。少し、熱くなりすぎたみてェだ」
「次に戦いたくなったら、アタシにちゃんと許可取ってからにして」
「……へい」
水無月は、ため息をひとつだけついた。
そして、ようやく訪れた静寂が、壊れかけたフロアに舞い降りた。




