不死と不壊
2036年6月7日午後6時9分
砕けた床に、爆ぜる魔力の残響が響く。
拳と魔力の応酬は、すでに十数合を超えていた。
「――くはっ、てめェ……どこまで鉄壁なんだよ」
伏見は、額から流れる血を拭いもせずに笑った。
その笑顔には、苛立ちよりも興奮が浮かんでいる。
目の前の美女――エリザベート。
金髪金眼の美貌、白磁の肌、そして全身を覆う装甲《漆黒の翼》。
その身体は、人間ではない。魔導書《闇の眷属》が形を成したものである。
「そなたこそ、しぶといのぅ。いくたび肉を砕かれても、すぐさま再生するとは――」
「これが《正常稼働》。俺が死なねェのは、仕様なんだわ」
再生と拒絶。
殴っても通らない。焼いても効かない。
不死と不壊――この戦いに終わりは存在しなかった。
「ところでうぬ、ここにはなぜ来たのじゃ?」
エリザベートが、ふと問いを投げる。
「……あ?」
伏見が一瞬、動きを止める。
(ああ……そうだ。俺は狗飼を……探して……)
だが、すぐに笑う。
「はは、クソッたれ……。
いいじゃねェか、少しぐらい楽しんだってよッ!!」
再び拳を振りかぶり、エリザベートに叩き込まれる。
「うむ。実に壊しがいのある男よ。
そなたも――小夜の痛みを、思い知るがよい!」
そのときだった。
「――我、汝らに伏臥を命ず」
まるで空間そのものに命令が下されたかのような、
透き通った少女の声。
次の瞬間、伏見も、エリザベートも、反射的にその場に膝をついた。
「ッ、ちょっ……!? 風華お嬢!?」
声の主は、制服のまま立ち尽くす――水無月風華であった。
そして、その瞳には怒りが浮かんでいる。
「アンタ、ここで何してんのよ?」
「いやっ……そ、そりゃァ……」
伏見は呻くように答えたが、抗うことはしなかった。
伏見は第3高校の教師ではあるが、本来は水無月の実家の用心棒という立場であり、教師をしているのは水無月の義父である右京の意向である。すなわち、学校を出ればその力関係は一瞬で逆転するのだ。
一方、エリザベートは伏したまま顔を上げ、水無月をまじまじと見つめていた。
「ほう……そなたが、命令を下したのか。
なかなかの威力じゃな」
水無月はエリザベートを睨み返す。
「……誰よ、アンタ。アタシの先生に何してたの?」
「名乗るほどの者でもないが……わっちを“エリザベート”と呼ぶ者もおる。
そなたこそ、何者じゃ? その魔術、見事なものであったぞ」
「水無月風華。
アンタの事情は知らないけど――今日は、ここまでにしなさい」
エリザベートは数秒沈黙した後、くつくつと笑った。
「ふふっ、これは興味深い……実に、興味深いのう」
「てめぇ、まだやる気じゃねぇだろうな……」
伏見が警戒しながら睨み返すが、エリザベートはゆっくりと立ち上がり、魔力を解いた。
「十分に楽しませてもらった。
小夜の件も、ある程度の痛みを与えただけでも、多少は気が晴れた」
「ちっ……この借りは、返すぞ」
「楽しみにしておるぞ。伏見鋼一――“不滅の英雄”よ」
エリザベートはその場を去る。
水無月は伏見に向き直った。
「ほんと、バカなんだから。まったく……」
「……すまねぇ、お嬢。少し、熱くなりすぎたみてェだ」
「次に戦いたくなったら、アタシにちゃんと許可取ってからにして」
「……へい」
水無月は、ため息をひとつだけついた。
そして、ようやく訪れた静寂が、壊れかけたフロアに舞い降りた。




