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Replica  作者: 根岸重玄
登校騒乱編
76/286

『覚醒者』の末路

 2036年6月7日午後5時50分


天乃(あまの)? どうしたの?」

「いや、たぶん、そろそろ来る」

(だれ)が?」

「……死神(しにがみ)、かな」

「どういう意味?」

「どうもこうもない、知っとんたんか、少年」


 水無月(みなづき)の疑問に声を出したのは魔導書(まどうしょ)虚空の旋律(コクウノシラベ)』である。


「知ってた? 何を?」

「言うたやろ、嬢ちゃん。

覚醒者(かくせいしゃ)』ってやつは『超越者(ちょうえつしゃ)』に対するカウンター装置(そうち)のことや。

 つまり、『超越者(ちょうえつしゃ)』を討伐(とうばつ)した『覚醒者(かくせいしゃ)』は、『超越者(ちょうえつしゃ)』すら上回る人類の脅威(・・・・・)ってわけや」

「なッ……!? 次は天乃(あまの)が世界を(ほろ)ぼすっての?」

「そうは言うとらん。けどな、世界は直接『超越者(ちょうえつしゃ)』を消すことができんからそういうイレギュラーを消去するために『覚醒者(かくせいしゃ)』を生み出す。

 で。仕事を終えた『覚醒者(かくせいしゃ)』はどうなると思う?」

「『覚醒者(かくせいしゃ)』は世界が生み出した存在だから、『超越者(ちょうえつしゃ)』と違って世界が処遇(しょぐう)を決められる?」

「正解や、(じょう)ちゃん」

「待って、待ってよ。

 ――天乃(あまの)、アンタ、死ぬの?」

「たぶん」


 そう述べた天乃(あまの)水無月(みなづき)から視線を()らす。


「諦めてる、わけじゃないわよね?」


 天乃(あまの)は、静かに目を閉じる。

 そして、言葉では答えず、代わりに指先を――何もない空間に向けて、そっと(かか)げた。


「……オレが『覚醒者(かくせいしゃ)』として得た魔術(まじゅつ)は《境界(きょうかい)書換(かきかえ)》。

 物事(ものごと)の境界を書き換えることができる魔術だ。

 それがたとえ概念(がいねん)でも」


 水無月(みなづき)は一瞬、息を()んだ。


「まさか……それを使ってアンタを『覚醒者(かくせいしゃ)』でなくするつもり?」

「それは無理だ。《境界(きょうかい)書換(かきかえ)》は『覚醒者(かくせいしゃ)』として得た力だ。それを否定することは因果に矛盾(むじゅん)を生じさせることになる」

「だったら、どうやって?」

「要は、『覚醒者(かくせいしゃ)』なのが問題なんじゃなくて『超越者(ちょうえつしゃ)』ほどの存在を討伐(とうばつ)できる『覚醒者(かくせいしゃ)』が存在することが問題なんだ。

 ――つまり」

「少年、まさか、辰上(たつかみ)を『超越者(ちょうえつしゃ)』でなくすつもりか!?」

「――そうだ。辰上(たつかみ)が『超越者(ちょうえつしゃ)』でなかったとしたら?

 オレはただのオレでいられる、はずだ」


 天乃(あまの)はそういうと指先を――辰上(たつかみ)の消え去った空間に向けて、そっと(かか)げ、眼を凝らす。

 辰上(たつかみ)残留(ざんりゅう)した魔力(まりょく)反応(はんのう)から『超越者(ちょうえつしゃ)』としての要素(ようそ)を見つけ出す。

 そして、その境界を書き換えるべく、指に力を()める。


「――――《境界(きょうかい)書換(かきかえ)》」


 辰上(たつかみ)の『超越者(ちょうえつしゃ)』としてのステータスが境界を書き換えられたことで自然(しぜん)霧散(むさん)していく。


「――完了っと」

「これで大丈夫なのよね? ね?」

「たぶんな。辰上(たつかみ)は『超越者(ちょうえつしゃ)』でなかったことになった」

「やるやん、少年」

「もともと、『覚醒者(かくせいしゃ)』の末路(まつろ)には当たりをつけていた。

 これくらいのズルは見逃してもらいたいね」


 そういうと天乃(あまの)はふっと笑う。

 それを見た水無月(みなづき)若干(じゃっかん)紅潮(こうちょう)した(かお)を伏せて隠していたが、気を取り戻したように宣言(せんげん)する。


「じゃ、アタシ、朱音(あかね)の捜索に戻るから」

「待て、多分だが、オレに心当たりがある」

「え、どこよ?」

「――この区画(くかく)のどこか」

「ふぇ?」


 もちろん根拠(こんきょ)はある。

 辰上(たつかみ)相庭(あいば))は様々な魔術を術式(じゅつしき)再現(さいげん)していたが、二回以上使った魔術は非常に少ない。

 つまり、術式再現の条件としては、回数(かいすう)制限(せいげん)があると考えるのが自然だ。

 そして、その回数制限を無視できるとすれば、それは臣民と化した術者が《王の法》の範囲内にいることであると考えられる。その根拠は三俣(みつまた)が監禁されていた事実だ。いざというときに自在に転移(てんい)できる《俯瞰(ふかん)地図(ちず)》は回数無制限で確保しておきたい魔術だろう。

 そして、辰上(たつかみ)天乃(あまの)の前で二回以上使った魔術といえば天空の使った《氷天》と《天空召喚・・・・》だけだ。

 つまり、狗飼(いぬかい)は《王の法》の範囲内――()(すい)総合(そうごう)研究所(けんきゅうじょ)の付近にいたことになる。

 だが、三俣は狗飼の居場所について「――僕は、彼女(かのじょ)を知っているが、居場所(いばしょ)までは知らない」と回答している。

 天乃(あまの)は当初、これをこの建物にはいないということだと解釈(かいしゃく)したが、もう一つ、解釈(かいしゃく)の余地がある。それは、三俣が用いていた見取り図に記載(きさい)されていない区画にいるという可能性だ。

 この地下室(ちかしつ)は階段が隠すように配置(はいち)されており、天乃(あまの)の覚えている限り、三俣の見取り図に地下一階の存在(そんざい)はなかった。

 すなわち、《王の法》の範囲内(はんいない)で三俣の見取り図の範囲外(はんいがい)になるのは建物の囲繞地(いにょうち)とこの地下だけになるのである。

 天乃(あまの)は以上を()い摘んで話し、水無月(みなづき)納得(なっとく)を得る。


「じゃあ、天乃(あまの)はこの相庭あいばさんだっけ? 見といて。

 アタシは(ひょう)()()ぇを呼んでくるから」

「え? あの人来てるの」


 天乃(あまの)には殺されかけたトラウマしかない。

 苦笑(くしょう)した水無月(みなづき)は、そのまま地下室から出て行った。


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