荒魂大顕現、絶つ神
2036年6月7日午後5時20分
《無貌》の男が魔法陣の中心に立つ。
そして、魔法陣に足元から魔力を注ぎ込むと、魔法陣が光を灯し始める。
「“我は支配の頂点、偉大なる『超越者』の器なれば”
“今宵この時をもって器としての役割を全うする”
“――それこそが我が唯一の贖罪なれば“」
《無貌》の男が詠唱を開始すると、魔法陣の光が宙に浮きあがり、幾重にも分裂して《無貌》の男を囲んでいく。
「“世を開き、世を移ろわせ、世を支配せよ”
“それが其の権能なれば”
“第伍の神威をここに示せ”」
(唯一の贖罪? 第伍の神威?)
天乃は《無貌》の男の詠唱にいくつか気になるワードを見つけたが、今はそのようなことを考えている場合ではない。
ついに、『辰上の亡霊』が降臨するのだ。
「“《超越者憑依降臨術式――――荒魂大顕現、絶つ神》”」
光が収束する。
その場には、《無貌》の男は既にいなかった。
その顔はもうはっきりと見える。
(これが『超越者、辰上の亡霊』!!)
天乃は油断せず魔眼で魔力の流れを辿り、あらゆる攻撃に備える。
だが、たっぷり1分が経過しても『辰上の亡霊』はまだ動かない。
(どうなっている?)
「忌々しい」
『辰上の亡霊』が初めて言葉を発する。
「人工的に『覚醒者』を作るだと?
そのためにこの俺にやられ役をしろと?」
底冷えするような声で『辰上の亡霊』は呟く。
「くははははははは。よいよい。そこまでは。
余興としては十分だ。あくまでそこまでであれば、な」
『辰上の亡霊』はそこで初めて天乃を見る。
「だが、俺は貴様が気に食わん。哀れで矮小な塵虫よ。
他人に流され、敷かれたレールの上を進んで。
そんなに『超越者』を打ち倒す『覚醒者』が欲しいのか。
貴様は今どこにいる。貴様の誠はどこにある」
『辰上の亡霊』は天乃に問いかける。
それに対する天乃の回答は決まっていた。
「正直に言う。オレは『覚醒者』の力とやらには一切興味がない」
「ほぉ」
「ただ、英莉が誰かにいいように操られていたから助けたかっただけだ」
「それは、わざわざ『覚醒者』を手にしなければ叶わぬことなのか?」
「さぁな、それが今回の一件の元凶で、解決の一助になるなるなら、毒を皿ごと飲み下すまでだ。
アンタの事情など知ったことか」
「なるほど、なるほど。よかろう、俺は貴様を『敵』と認めたぞ。
俺にとっての『敵』とは秩序を乱す者だ。
俺の敷いた法を乗り越える者だ。
だから、今から本領を示そう。我が術式――《王の法》のな」
そう言った瞬間、『辰上の亡霊』の魔力が膨れ上がる。
それは天乃にとってはある種幻想的な光景であった。周囲の世界が『辰上の亡霊』の魔力の色に染め上げられていく。おそらく、天乃の魔眼でなければその変化の様子は見えなかったであろう。
だが、確かに世界は塗り替えられていった。
《王の法》が秩序を敷く世界が顕現する。
『超越者』と化した『辰上の亡霊』による《王の法》がどこまで広がっているのか、この地下室からでは確認しようもないが、《無貌》の男の話では世界中に落雷が降り注ぐ危険性すらある大魔術ということである。
(何とか、挑発した甲斐もあってここまで辿り着いたが、ここからどうすればいい?
何が罰になるかわからない以上、迂闊に刺激できない
だが、何かあるはずだ。法に触れず、『辰上の亡霊』に効くものが。
落ち着いて思い出せ、今までの話を。何か矛盾点はないか。
何でもいい。いつもの“直観”でもいい。何かッ!)
「なんだ、来ぬのか? ならばもう終わらせるぞ?」
「待て、その前に――」
「その道理はない」
天乃に向かって何かをしようとした瞬間、天乃の口から出た言葉は、『辰上の亡霊』の意表を突くものであった。
「――お前、誰だ?」
2036年6月7日午後4時31分
「はい、次の方」
「見舞いに来た」
「では、こちらの書類にご自身のお名前とご住所、患者のお名前などの必要事項を記入してください」
「申し訳ないが、そのような時間はない。藪医師に水無月烈火が見舞いに来たと伝えてくれ。それで通るはずだ」
「――ですが」
「頼みます」
「わかりました。一応、確認してみます」
浅木大学付属総合病院の受付に来た烈火はそういうと、待合の椅子に腰掛ける。烈火に帯同していた藤堂もその隣に無言で腰掛ける。
約5分後、壮年の男性医師が烈火のもとに歩いて来る。
それは天乃の主治医でもある医師であった。
「君がアポなしで来るとは、よほど急ぎの事情かね?」
「心当たりはありませんかね、藪さん?」
「ま、ないといえば嘘になるかな。
とはいえ、君にわざわざ報告する事柄でもなかったからね」
「それはどうかな。彼は?」
「病室におるよ。見舞いに来たのだろう?」
「では、案内を頼む」
烈火はそういうと立ち上がり、藤堂には座って待つよう指示を出す。
そのまま烈火は藪に連れられ、地下にあるとある病室に案内される。
藪はそのまま病室の扉を開き、烈火を引き連れて室内に入っていく。
「やぁ、元気かね? 相庭君」
「あぁ、爽快な気分だ。
頭から他人の声がしないとはこれほどに快適なのだな」
「相庭宗次郎だな」
烈火は挨拶もなくベッドに横たわる男に声をかける。
「そうだが、誰だ?」
「一応、ここでの君の治療費を支出しているものだ。
質問がある。ここに『辰上の亡霊』はいるか?」
「いや、俺は既に解放された」
「では、今はどこに?」
「さあな」
烈火それを聞き取ると、藪に向かって話しかける。
「藪さん、あなた以外に思いつかない」
「まぁ、そうだろうね。間違ってはいない。
私は目の前の1を救うためには全力を尽くす。
希望を失っていた彼を救うためには患部から腫瘍を取り除く必要があった」
腫瘍とは、『辰上の亡霊』のことであるとすぐに悟った烈火は多少の怒りを込めながら藪に言葉をぶつける。
「その腫瘍を移植した誰かが今どこかで暴走しているとは思わないのか?
それで何人犠牲になるか、考えないのか?」
「考えないね。もちろん、被害にあった者らは全力で救うとも。
それが生きている限りにおいてね」
「わかった。あなたの立場とポリシーは理解した。
だが、それで俺の義妹達が傷つくことがあったら後悔させるぞ」
「それは与り知らぬことだ。だが、断言しよう。
君が私に何をしても私が後悔することは決してないだろうと」
「信念に忠実なことで」
「でないと医者などやってられん」
烈火の皮肉にも藪は飄々とした態度を崩さない。
まったく悪びれる様子すらない藪に対し、烈火は本題に入る。
「で、腫瘍を移植した相手は誰だ?」
「一応、守秘義務はあるのだがね」
「俺と交渉するつもりか?」
「いや、止めておこう。白状するよ。
相庭一臣。そこにいる相庭君の双子の兄だ」




