首謀者たちの独白、亡霊を討伐するための選択
2036年6月7日午後5時25分
「――オマエ、誰だ?」
「な、に?」
天乃の言葉に、『辰上の亡霊』の動きが鈍る。
「思えばおかしかった。オマエは《無貌》を使って正体を隠蔽していた。だから気づき辛かったが、仮に『辰上の亡霊』が先祖返りであるのなら、その魔力はもともとの人間のものだ。つまり、一色でなければならない。だが、今のお前からは二色の魔力が見える。部屋中に広がった『辰上の亡霊』の魔力。それとは異なる色が確かにお前の身体にある。つまり、お前は『辰上の亡霊』を憑依させた別人という可能性が浮上した」
「ハッ、可笑しなことを」
「そして、オレはその色を今朝見たぞ。警備隊第一諜報部所属――相庭一臣。それがオマエの正体だ」
2036年6月7日午後5時16分
伏見から一目散に逃走した間森は、現在三階の三俣の部屋にいた。
「やぁ、間森君。あの伏見ってのはとんでもない化け物だね。まさか建物を破壊して見取り図との照応関係を断ち切ってくるとは」
「そうだな、だが、もう足止めはあれが限界だ。これ以上は文字通り命を懸けることになっちまう」
「その辺は大丈夫だろう。もうそろそろ相庭くんと天乃君が地下に到着する。ギリギリ間に合ったようだ」
「相庭一臣、まさか、奴が主犯だったとはなぁ。最初は思いもしなかったぜ」
「腑に落ちないかね?」
「そうだな、あんたらの行動の目的は結局俺にはわからなかったしな」
「気になるかい?」
「いんや、あんまり興味ないね」
「そう云わないでくれよ。犯人は最後に自供をしなければならないものだ。聴衆のいない独白ほど空しいものはない。とはいえ、興味がないという君に無理に聞いてくれとは言わないよ。だから、君は聞いていてもいいし、聞かなくてもいい。
さて、今回の事件の発端から我々の共通の目的まで話をしよう」
2036年6月7日午後5時25分
地下室の空気が、一瞬、凍った。
名を呼ばれた瞬間――それは、確かに反応した。
「――相庭、一臣」
天乃の口から紡がれたその言葉は、ただの指摘ではなかった。
それは、彼の《魔眼》が捉えた“色”の真実であり、何より“人間としての在り方”を問い質す告発に他ならなかった。
「……ちっ、余計なもんを思い出しちまったじゃないか」
そういう『辰上の亡霊』の声が変わった。
喉の奥から搾り出すような、低く濁った声ではない。
それは、かつて兄として宗次郎を浅木の外に見送った青年の地声だった。
「お前の中にいるのは『辰上の亡霊』だ。けど、今ここにいるのは、相庭一臣だ。違うか?」
しばらくの沈黙。
そして、目の前の男が、口元だけで笑う。
「……そのとおり、俺は相庭一臣。そして、『辰上の亡霊』だッ!!」
相庭の叫びと共に、地下室の空気が震えた。
空間に広がっていた《王の法》が濁った光を放ちながら膨張し、天井からは微かな石粉が舞い落ちる。
天乃はそれでも一歩も退かず、ただ、眼を細めて“色”を見ていた。
「……やっぱり、そういうことか」
相庭一臣としての魔力の色が急速に『辰上の亡霊』の色と同化していく。
「どれだけ理屈をこねたところで、俺の中にいるこれは――本物だ。俺は、自分の意思でこいつを受け入れた!」
その宣言に、天乃は静かに眉を動かした。
「……ああ、わかってる。オマエは、選んだんだな。自分の意思で」
「そうだよ、俺は自分で――この狂気を選んだ。あぁ、そうともこれは贖罪なんかじゃない。
――俺の、“渇望”だ」
2036年6月7日午後5時18分
「僕は昔、小学校の先生をしていたんだ、この浅木で。
相庭兄弟はその時の生徒でね、兄弟ともに優秀だった。
普通であれば、兄弟はそのまま浅木の中学校に通って魔術師として大成するはずだったんだろうね。
だが、弟の宗次郎君は小学5年生から6年生にかけて、徐々に様子がおかしくなっていった。
今思えば、先祖返りが発症していたんだろうね。
態度が横柄になり、言葉遣いが尊大になりつつあった。
それだけなら思春期で片づけられたかもしれない。
だが、突如として支配特性の値が伸び始めた。
そして、通常ではありえない数値となった。
だが、魔力暴走の兆候はなく、制御はできていた。
浅木の規定では、そういった生徒には懇談を設けて浅木からの卒業を促すことができるとなっている。
だから、宗次郎君とその件について話した。
むしろ感謝されたよ。
早く浅木から出たいと思っていたと。
一臣君は残るようだといっても宗次郎君の意思は変わらなかった。
だから、僕は彼を浅木から卒業させることにした。
全部、間違いだった。彼は浅木に残すべきだった。
宗次郎君に【討伐令】が掛けられたことを知ったとき、僕は教師を辞めることにした。
それから、2年くらい経ったときかな。
一臣君と再会したのは。
一臣君曰く、宗次郎君はまだ生きているということだった。
一臣君も、宗次郎君の件ではいろいろと悩んだみたいだった。
だから、宗次郎君から【超越者】の部分を自分に移植して、【覚醒者】に今度こそ討伐させる計画を聞いたとき、一も二もなく乗ってしまった。
情報源には興味はあったけどね。
一臣君がどこからそんな情報を手に入れてきたのか。
ただ、僕は僕の選択が生んだ怪物を処理できるということで手一杯だった。
計画は今、最終段階だ。
天乃君が無事【覚醒者】として一臣君を討伐できることを願っているよ。
彼は助けるべき人間を誤らないと僕は信じている。
これが、今回の計画のうち、僕が知る範囲の出来事だ。
参考になったかな?」
三俣の独白を聞き終えた間森は、それを自分の持っている情報と突き合わせる。
特に矛盾はない。むしろ納得した部分もある。
だが、謎は残る。
それこそ、もう一人の首謀者についてだ。
その正体を間森は知っている。
自分の依頼者なのだから当然だ。
だが、手段も動機も見当がつかない。
何を以て今回の計画を裏で操るような真似をしたのだろうか。
「ま、俺には関係ないけどね」
間森はあくまで代理人である。
あらゆる立場を利用して依頼者の目的を叶えるのが生業である。
だから、依頼者の目的には興味はない。
ただ、今回の計画の顛末には多少興味が出てきていた。
間森は二人の依頼者の目的を同時に達成すべく動いていたのである。
「さて、人事は尽くした。あとは天命を待つのみってか」




