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Replica  作者: 根岸重玄
登校騒乱編
68/286

水無月兄妹

 

 2036年6月7日午後3時52分


「おかしいでしょ!? なんだってどこもかしこも通行止(つうこうど)めなのよ!」


 タクシー内でそう叫んだのは水無月(みなづき)風華(ふうか)である。


(じょう)ちゃん、申し訳ないが、こればかりはウチとしてもどうしようもない」

「わかってるわよ。ここまででいいわ」

「へい、まいど」


 学生証に(そな)わる決済(けっさい)機能(きのう)による清算(せいさん)を終え、タクシーを降りた水無月(みなづき)苛立(いらだ)ちを(かく)そうともしていなかった。

 水無月(みなづき)は、14学区にある()(すい)総合(そうごう)研究所(けんきゅうじょ)を目指していたのであるが、まず、14学区行きの公共(こうきょう)交通(こうつう)機関(きかん)はどれも運休(うんきゅう)となっていた。事情を確認しても回答できないとの一点張(いってんば)りであり、仕方なくタクシーを利用したわけであるが、どのルートも通行止(つうこうど)めであり、14学区に入ることすらままならなかったのである。


「きな(くさ)いわね。この通行止(つうこうど)め、どこがやってるのかしら」


 水無月(みなづき)は自身が保有する()導書(どうしょ)虚空の旋律(コクウノシラベ)』による防御機構(ぼうぎょきこう)により、他人よりも暗示(あんじ)にかかりにくい。学生寮(がくせいりょう)から誰も気づかなかった落雷(らくらい)が見えたのも、人払(ひとばら)いの効果が水無月(みなづき)には(およ)んでいなかったからである。

 ただ、実際に14学区に向かおうとすると、物理的(ぶつりてき)障害(しょうがい)が立ち(ふさ)がっているではないか。

 これは、おそらく理事クラスの誰かの仕業(しわざ)と考えるの自然である。

 そう考えると、14学区で何かが起こっているのはほぼ確実(かくじつ)といえる。


(こうなったら警備(けいび)手薄(てうす)なところを突っ切るしか……ん?)


 水無月(みなづき)がそう考えていたとき、聞き覚えのある声が聞こえてくる。


「だから、ここを通せと言っている。この先に用事があるのだ。問題ない。ちょっと行って帰ってくるだけだ」

雹霞(ひょうか)、もういいじゃないか。この人だって仕事をしているだけなんだから」

「そうはいうがな。今日はこんなところで工事の予定などない。事前に調べたのだ。間違いない」


(なにやってんのよ、あの2人)


 水無月(みなづき)が見つけたのは白髪の美女――義姉(あね)水無月(みなづき)雹霞(ひょうか)と赤髪の青年――義兄(あに)水無月(みなづき)烈火(れっか)であった。

 本日の雹霞(ひょうか)普段(ふだん)とは違って私服姿である。この季節に上下ともに肌の露出(ろしゅつ)が一切ない白を基調(きちょう)としたパンツ姿であり、サングラスに帽子(ぼうし)(かぶ)っている、これは雹霞(ひょうか)の肌が紫外線(しがいせん)に弱いからである。一方で烈火(れっか)季節(きせつ)相応(そうおう)半袖(はんそで)の上着とジーンズを履いている。手には買い物(ぶくろ)を大量に持っているが、おそらく雹霞(ひょうか)の買い物なのであろう。


雹霞(ひょうか)、もういい大人(おとな)なんだから、他人(ひと)迷惑(めいわく)をかけるはやめよう」

「むぅ、烈火(れっか)が言うなら仕方(しかた)ない。ん? あそこにいるのは――」

「やばっ、見つかった」

風華(ふうか)じゃないか」


 そういうと烈火(れっか)雹霞(ひょうか)を引き連れて風華(ふうか)近寄(ちかよ)ってきた。


「こんなところで奇遇(きぐう)だね」

「そ、そうだね、(ひさ)しぶり、烈火(れっか)()ぃ」

風華(ふうか)、まさかとは思うが――」

(まさか目的がバレてるッ!?)

「――(さび)しくて私らの後をつけてきたとか?」

(わけないか)

「そ、そんなわけないじゃん。

 こっちにきたのは、所用(しょよう)があったからだよ、雹霞(ひょうか)()ぇ」


 先を急ぐ風華(ふうか)としては、この2人との出会いはちょっとした事故だ。

 というのも、この2人、(まつ)(まい)である風華(ふうか)のことを(ねこ)可愛(かわい)がりしており、ちょっとやそっとで解放(かいほう)してくれるとは限らないのだ。


「じゃ、アタシは用事があるから、またね」

「待て、風華(ふうか)

(もぉこの(いそが)しいときにぃ)


 (あん)(じょう)風華(ふうか)雹霞(ひょうか)に呼び止められる。


「なにかな? 雹霞(ひょうか)姉ぇ」

「14学区に行くなら、今日はやめとけ」

「はぇ?」

「そうだね、どうしてもというなら手はなくはないけど、やめといたほうがいいね」

「え? 何か方法があるの?」


 そう風華(ふうか)が飛びついた瞬間(しゅんかん)烈火(れっか)雹霞(ひょうか)は顔を見合わせると、ニヤリと笑いあう。


「ひっかかったね」

「あぁ、だがそこが()いところだ」

「あ……」


 風華(ふうか)はしてやられたと思うが、もう後の(まつ)りである。


風華(ふうか)のことだ。どうせいらないことに首を突っ込みかけているのではないかと思ってな。今の14学区への立ち入り禁止はいかにも(やく)ネタっぽいしな」

(あん)(じょう)だったね。だけど義兄(あに)としてはそういうやんちゃな義妹(いもうと)を止めるのも仕事のうちだろう」


 まったく事前の打ち合わせなくこのような連携(れんけい)を見せてくるのがこの2人の(たち)が悪いところである。


「……え、っと。あーっと、あぅ」


 何か言わないといけないが、この2人に見つかった上で堂々(どうどう)と14学区へ立ち入る方法が浮かばない。


「あ、(かみなり)


 だからであろう。風華(ふうか)は見た光景(こうけい)をそのまま口に出していた。

 ちょうどそのタイミングで14学区に(かみなり)()(そそ)いだのだ。


「見えたかい、雹霞(ひょうか)?」

「確認した。確かに落雷(らくらい)があった。だが、烈火(れっか)よ」

「あぁ、俺にはまた見えなかったよ」

「また?」


 そういった瞬間(しゅんかん)風華(ふうか)にはその言葉の意味が分かった。

 そうこれは2回目の落雷(らくらい)である。

 雹霞(ひょうか)(はだ)紫外線(しがいせん)に弱いことから、外出(がいしゅつ)しているときは(つね)に魔力によるガードを展開(てんかい)している。結果的(けっかてき)風華(ふうか)と同様に外部からの魔術(まじゅつ)による干渉(かんしょう)を受けにくい。

 一方、烈火(れっか)規格外(きかくがい)義妹(ぎまい)2人と比較するとほぼ一般人と遜色(そんしょく)ない。

 ほんの些細(ささい)魔術(まじゅつ)を使うだけで魔力(まりょく)()れを起こす程度の魔力(まりょく)しか持ち合わせてないのである。

 そうなると、風華(ふうか)学生寮(がくせいりょう)から見た落雷も雹霞(ひょうか)は目撃していたが、烈火(れっか)目撃(もくげき)できなかったということなのだろう。


雹霞(ひょうか)流石(さすが)にこのまま見て見ぬふりを続行するわけじゃないよね?」

「うっ、やっぱり行かないとダメか?」

雹霞(ひょうか)()間違(まちが)いならともかく、風華(ふうか)にも見えているならこれは単なる怪現象(かいげんしょう)じゃない。魔術的(まじゅつてき)事件(じけん)だ。残念(ざんねん)だけど、雹霞(ひょうか)には仕事に戻ってもらう」

(いや)だ」


 そういうと雹霞(ひょうか)は嫌なことがあった時の子供のようにプイッとそっぽを向いてしまう。

 仕事中の刺刺(とげとげ)しい態度(たいど)(しめ)す彼女を見たことがある者らにとってはこのように(あま)えたような仕草(しぐさ)をする雹霞(ひょうか)を見ると別人(べつじん)かと錯覚(さっかく)するであろう。

 だが、烈火(れっか)風華(ふうか)にとっては見慣(みな)れた光景(こうけい)であり、見た目に反して風華(ふうか)よりも子供っぽいと(しょう)されるほどだ。


雹霞(ひょうか)()ぇさぁ」

「嫌なものは嫌だ」

「わかったわかった。また今度買い物に付き合ってあげるからさ」

「うぅぅ、ほんとだな」


 雹霞(ひょうか)烈火(れっか)から譲歩(じょうほ)を引き出すと、不承不承(ふしょうぶしょう)といった感じに納得(なっとく)する。


「あっ、雹霞(ひょうか)姉ぇばっかりずるい。

 烈火(れっか)兄ぃアタシのお願いも聞いて聞いて」

「内容によるかなぁ」


 烈火(れっか)はそういうが、風華(ふうか)はよほどの内容でなければ(かな)えてくれると知っている。そのために(はじ)(しの)んでわざと子供っぽく振舞(ふるま)ったのだ。効果(こうか)がなくては(こま)る。


雹霞(ひょうか)ぇが真面目(まじめ)にお仕事しているか見張(みは)らせて」

「おい、流石(さすが)に仕事は真面目(まじめ)にするぞ」

「なるほどね。そうすれば自然に14学区に行けるってことか」

「おい、烈火(れっか)

「わかってるよ。もちろん」


 烈火(れっか)雹霞(ひょうか)に向かって(うなづ)きつつ、風華(ふうか)に向き直る。


「頼むよ、風華(ふうか)

「おぉぉぉい、わかってない。わかってないぞ、烈火(れっか)

「ちゃんとわかってるさ。雹霞(ひょうか)なら、適当(てきとう)理屈(りくつ)をつけて風華(ふうか)を14学区に連れていけるだろ?」

「それは、事情を知る参考人(さんこうにん)ってことにして現場に同行(どうこう)(ねが)ったとかすればできるけどさぁ。でもなぁ」

「わかってるよ。危ないってんだろ?

 実際、そうかもしれないけど、風華(ふうか)になら雹霞(ひょうか)を任せられるし、雹霞(ひょうか)になら風華(ふうか)を任せられるんだよ」

「――私一人では不足(ふそく)だとでも?」


 やけに風華(ふうか)を同行させようとする烈火(れっか)雹霞(ひょうか)若干(じゃっかん)不満(ふまん)(いだ)く。


「まさか、雹霞(ひょうか)なら、仕事を完璧(かんぺき)(こな)した上で我らが可愛(かわい)義妹(いもうと)も守れると見込(みこ)んでの判断(はんだん)だよ」

「まぁ、そういうことならいいだろう」


 結局、雹霞(ひょうか)烈火(れっか)説得(せっとく)される形で風華(ふうか)同行(どうこう)不承不承(ふしょうぶしょう)といった感じに承諾(しょうだく)する。


「やった」

「こら、風華(ふうか)。遊びに行くんじゃないんだぞ」

「わかってるよ。雹霞(ひょうか)()ぇ。早速(さっそく)だけど、情報(じょうほう)提供(ていきょう)だよ。

 うちの高校で狗飼家(いぬかいけ)令嬢(れいじょう)行方不明(ゆくえふめい)になったの。

 んで、それを捜索(そうさく)していた《(いばら)の女王》とも連絡が取れなくなったんだけど、その直前に14学区の()(すい)総合(そうごう)研究所(けんきゅうじょ)について()れていたの」


 嘘は言っていない。


「確かに、狗飼の令嬢については捜索(そうさく)指令(しれい)が来ているな。非番(ひばん)だから無視ししてたけど」


 雹霞(ひょうか)は仕事用の電子(でんし)端末(たんまつ)を取り出し、内容を確認している。


「じゃあ、早速14学区へ行くか」

「その恰好(かっこう)で?」

「おっと」


 雹霞(ひょうか)は自分の今の恰好(かっこう)を見回すと風華(ふうか)指摘(してき)が真っ当であると思い直す。


「おい」

「へい」


 烈火(れっか)道端(みちばた)にいた男に声をかけると、男は端末を取り出し、車を正面に回すよう指示(しじ)を出す。


「というか、藤堂(とうどう)じゃん。烈火(れっか)兄ぃの護衛(ごえい)? 変装(へんそう)上手(じょうず)ね」

「へい、ありがとうございやす。風華(ふうか)お嬢もお元気そうで。今日は雹霞(ひょうか)お嬢がいらっしゃるのでアッシだけですが」


 藤堂(とうどう)と呼ばれた男は風華(ふうか)らの()()()()()()()()()()()()()である。現在は烈火(れっか)の付き人として烈火(れっか)指示(しじ)に従っていることが多い。

 1分後、正面以外の窓ガラスをスモークフィルムで(おお)った黒い車が到着する。


雹霞(ひょうか)の仕事用の着替(きが)えは持ってきているから、この車の中で着替(きが)えて。

 もちろん周囲からは見えないようにしてある」

相変(あいか)わらず用意周到(よういしゅうとう)だな、烈火(れっか)は」

「これくらいしか取り()がないからね」

「そう言うな、少なくとも私は助かっている」

雹霞(ひょうか)姉ぇ、イチャイチャしてないでさっさと着替(きが)えるッ!」

「わかったから押すな」


 数分後、仕事着に着替えた雹霞(ひょうか)が車から出てくる。


「では行くか、風華(ふうか)――『飛翔』は使えるな」

「もちろん」


 ここでいう『飛翔』とは魔力の噴出ふんしゅつを用いた移動法のことである。


「なら、もう面倒な通行止めは全部飛び越していく――着いてこい」

「わかった」


 そういうと、雹霞(ひょうか)は垂直に50mほど飛び上がり、一直線に14学区に向けて『飛翔』していく。それを風華(ふうか)も追って『飛翔』する。

 2人がいなくなったところで烈火(れっか)はそばにいた藤堂(とうどう)に話しかける。


藤堂(とうどう)浅木(あさき)大学(だいがく)付属(ふぞく)総合(そうごう)病院(びょういん)に向かうぞ」

「へい、(わか)

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