小夜の戦い
2036年6月7日午後3時47分
『精神寄生体の沈黙を確認』
『精神寄生体の精神体への概念的損傷――甚大』
『再起動――負荷甚大、再起動には先行して精神体の修復が必要です』
『当機構の『再生』を適用します――修復には時間を要します』
『肉体への物理的損害――軽微』
『肉体の『再生』――完了』
『緊急時につきこれより自立型搭載人格を再起動させ、指令を続行します』
『これにより結合関係にある『漆黒の翼』及び『魔人の枷』を切り離します』
『分離開始――――完了』
『所定の作業を完了しました』
『これより、当機構所定の自立型搭載人格、識別個体名:小夜に指令の遂行を委ねます。再起動――完了』
「――否定します。メインユニットはあくまでわっちです」
『――要請を却下します。主殿の指令を完遂することができるのは、遺憾ながらエリザベート=ナイトウォーカーが最適です。故に、メインユニットは彼女となります』
「まさか、自分に裏切られるとは思っていませんでした」
『否定します。当機構は合理性を優先します』
「そうでしたね。あなたが合理担当、わっちが感情担当でした」
『否定します。当機構は人格を持ちません』
「これだから頭の固いAIの相手は疲れます」
『否定します。当機構は人格を持ちません』
「はいはい。では、指令を遂行します」
『では、当機構は再びスリープ状態へと移行します――幸運を我が半身よ』
「……そういうところが憎めないのですよ」
活動機能を回復した『闇の眷属』こと小夜は、周囲に放置されていた『漆黒の翼』と『魔人の枷』を回収する。
その後、身体年齢を20代の女性へと引き上げる。
そして、遮蔽から飛び出すと、一目散に天乃と天空を追尾するアルファ隊に向かって突貫する。
もちろん、間森からの狙撃はあったが、銀弾が効くのはあくまで英莉であって小夜ではない。
銀弾を含む数発の銃弾が命中するが、小夜はこれを無視する。
《王の法》による境界に触れた瞬間、雷が降り注ぐが、これも『再生』で回復できる。
『闇の眷属』は夜が近ければ近いほど効能が上昇する特殊な魔導書である。
現在は午後4時ころなので、力が上昇する時間に差し掛かっている。
それは単なる膂力だけでなく、速度、再生力や身体変化など、『闇の眷属』に付随する全ての能力が向上するのである。
ちなみに、これを見た間森は既にスナイパーライフルを放り投げ、いくつかの装備を拾い上げると。研究所の地下へと向かっていた。
『Kよりアルファ隊各位、緊急事態だ。V2がそちらに向かった。
当初の想定と違い銀弾が通じない。そちらで対処されたし』
『対処されたしって、どうやって!?』
『それを考えるのも仕事の一つってことで、後よろしく』
『なッ!!』
通信が一方的に途絶えた瞬間、背面から疾走する赤い着物の少女が迫る。
置き土産としておいてきた自動機関銃も落雷すらも意に介さず一直線に向かってくる小夜に対し、アルファ隊はあまりに無力であった。
銃弾による面制圧を試みるも、銃弾を受けることを前提とした強行を敢行する小夜にはまったく意味がない。
こうして、アルファ隊は30分程度の時間を稼ぎつつ、全員昏倒させられ、全滅した。
「敵対的武装集団沈黙、これより主殿の援護に向かいます」
そうして研究所に近づいた折、上空から窓がガラスの割れる音とともに大きな狼が降りかかる。
「なんでしょう。本日は晴天ときどき雷ときどき狼なんでしょうか」
落ちてきた狼が霧散する光景を目撃した小夜は再び轟音を耳にする。
どうやら上階は戦場になっているようだ。
計画の障害を排除するという基本原則に従い、小夜は上空へと飛び上がる。
2036年6月7日午後5時18分
伏見と小夜の戦況は一方的の様相を呈していた。
当初は戦力が拮抗し、双方痛み分けという状況であった。
しかし、時間が経つにつれ、『闇の眷属』の能力上昇を上回る速度で伏見のボルテージが上がっていったのである。
最初は些細なダメージレースだった。
両者の拳がぶつかり、両者の拳が砕ける。
これが徐々に小夜の拳だけが砕けるようになり、ダメージは腕に広がり、今では拳を交えるだけで小夜の腕が消滅するまでに至っている。
もちろん『再生』はする。
しかし、一時的にでも片腕を失った小夜と全快の伏見では手数が違う。
そのうち、蹴りにより胴が砕かれ、腕より『再生』の優先度が高くなる。
そうしているうちに頭が砕かれ、また『再生』の優先度を切り替える。
そうなってくると最早一方的だ。
伏見は小夜の全身を粉微塵に砕きながら吹き飛ばし始める。
『再生』した箇所から徹底的に潰す。
これをひたすら繰り返す。
「さァて、もう『再生』が追い付かなくなってきたなァ
俺はまだまだやれるぜ。
けどよぉ。魔導書の破壊なんて初めてだから加減がわからねェんだ。
ギブアップしないとこのまま消し飛ばすぞ」
などといっているが、伏見はギブアップすら認めていない。
そもそも今の小夜は大気を漂う粉のようなものであり、発声機構などとうに失われている。
にもかかわらず、伏見は『再生』の痕跡を丁寧に見つけては即座に破壊するという行為を繰り返しているのである。
これを一方的と言わずしてなんというのか。
終わりなきもぐら叩きのようなものである。
5秒、10秒、30秒、1分と徐々に一纏まりの肉塊になるまでの再生力落ちている。
もちろん、小夜の当初の目的たる足止めは叶っている。
そんなことは伏見も承知の上だ。
だが、伏見にとっては名乗りを上げた以上、これはどちらかが死んで構わない戦いである。
少なくとも、小夜の承諾なく勝手に投げ出すわけにはいかない。
彼女が見せた覚悟を蔑ろにするわけにはいかないのである。
その拘りが一方的で徹底的で凄惨な現状を生み出しているのである。
「く」
「あァ?」
そのとき、伏見は発声できないはずの小夜の押し殺したような笑い声が聞こえた気がした。
「く、かか」
いや、これ断じて小夜ではない。
笑い声はハウリングする。
「くかか「くかかかか「く、はははは「くっかっかっはははははは」」」」
一瞬で大気が収束し、金色が弾ける。
そこには金髪金眼に赤い着物を纏った美女が立っていた。




