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Replica  作者: 根岸重玄
登校騒乱編
62/286

叡智の副作用

2036年6月7日午後5時1分


「ようやく,前向(まえむ)きに話を聞く気になったのか?」

「いや,(まった)く。

 とはいえ,条件(じょうけん)は聞いておいても(そん)はないと思ってな」


 《無貌(むぼう)》の男の言葉に,天乃(あまの)挑発的(ちょうはつてき)言葉(ことば)(かえ)し,その見通(みとお)すことのできない素顔(すがお)をじっと見据(みす)える。


(そん)はない?

 ハッ,(たし)かに,未知(みち)恐怖(きょうふ)をもたらし,(とき)に打ち手を(あやま)らせるが,一方(いっぽう)で身を(まも)(すべ)となることもある。

 逆に,既知(きち)疑問(ぎもん)()らし,見通(みとお)しを()くする一方(いっぽう)で,諦観(ていかん)を生みだし,時に相手(あいて)に取り()まれる。

 これらは表裏(ひょうり)一体(いったい)で,(けっ)して都合(つごう)のよい(めん)だけを享受(きょうじゅ)することはできないものだ。

 (とく)に,知らぬことで()けられることがあるというのは,魔術師(われわれ)には常識(じょうしき)部類(ぶるい)だぞ。

 ()えて特定(とくてい)分野(ぶんや)(かん)する知識(ちしき)取得(しゅとく)放棄(ほうき)する(もの)すらいるほどにな。

 それでも,貴様(きさま)は知ることに(そん)はないと?」


 確かに,これからすぐに危険(きけん)があることを事前(じぜん)に知っていれば,()けるための準備(じゅんび)心構(こころがま)えができるだろう。

 しかし,それが理論上(りろんじょう)不可能(ふかのう)であり,(けっ)して成就(じょうじゅ)しないことを知っていれば,その何かに真摯(しんし)に打ち()むことはできるだろうか。

 前者(ぜんしゃ)を知らなければ準備(じゅんび)なく危険(きけん)対処(たいしょ)する必要(ひつよう)があるが,後者(こうしゃ)を知らなければ,少なくとも何かに取り()むことに躊躇(ちゅうちょ)はしないだろう。

 そして,前者(ぜんしゃ)を知っているが(ゆえ)危険(きけん)(おび)え,対処(たいしょ)(あやま)ることも,後者(こうしゃ)を知らなかったからこそ取り()んでいた『何か』により,偶然(ぐうぜん)にも別の有用(ゆうよう)な『何か』を()ることだってあるだろう。

 そして,《無貌(むぼう)》の男が指摘(してき)したように,知っているからこそ()けられなくなる魔術(まじゅつ)や相手が知っていることによって効果(こうか)増幅(ぞうふく)される魔術(まじゅつ)実在(じつざい)するというのは,事実(じじつ)である。

 ちなみに,天乃(あまの)も,()えて詠唱(えいしょう)(もち)いて手の(うち)(さら)し,相手に特定(とくてい)条件(じょうけん)(おう)じさせることで効果(こうか)を生じさせる魔術(まじゅつ)形式(けいしき)については,(すで)直接(ちょくせつ)見て体験(たいけん)したことがあるので,このことは勿論(もちろん)知っていた。

 それは,御堂(みどう)彩芽(あやめ)(もち)いた《拒絶(きょぜつ)の場》である。


 一時的(いちじてき)とはいえ,天乃(あまの)自身(じしん)が,それを形成(けいせい)する術者(じゅつしゃ)ともなった《拒絶(きょぜつ)の場》は,英莉(えり)の話によると,正確(せいかく)には“嵌合(かんごう)”と呼ばれる魔術(まじゅつ)とは()()なる現象であり,この世界における魔術(まじゅつ)法則(しよう)逆手(さかて)に取った“バグ(わざ)”のようなものであるとの説明(せつめい)を受けていた。

 あのときに御堂(みどう)使用(しよう)していた《拒絶(きょぜつ)の場》は,特定(とくてい)内心(ないしん)意思(いし)表示(ひょうじ)条件(じょうけん)として,周囲(しゅうい)の人間を勝手(かって)魔術(まじゅつ)術者(じゅつしゃ)へと引きずり()み,魔術(まじゅつ)維持(いじ)するための燃料(ねんりょう)に変えてしまうという非常に悪辣(あくらつ)なものであったが,その前提(ぜんてい)として,御堂(みどう)詠唱(えいしょう)(もち)いて周囲(しゅうい)の人間に《拒絶(きょぜつ)の場》の全容(ぜんよう)周知(しゅうち)していたのである。

 つまり,その場で詠唱(えいしょう)(みみ)にした全員(ぜんいん)は,その術者(じゅつしゃ)に組み込まれる条件(じょうけん)()()()()()のだから,その意思(いし)を生じさせて条件(じょうけん)()たした者は,術式(じゅつしき)維持(いじ)する燃料(ねんりょう)となることに()()()()とみなされるのである。

 とはいえ,当然(とうぜん)のことではあるが,詠唱(えいしょう)そのものは,それを字句(じく)(どお)りに(とら)えても,その全貌(ぜんぼう)を理解できるような代物(しろもの)ではない。

 それでもそれを理解(りかい)したものとみなされるのは,そもそも詠唱(えいしょう)とは言葉(ことば)による魔方陣(まほうじん)のようなものであり,それを耳した者はその魔術(まじゅつ)構造(こうぞう)理解(りかい)するために必要(ひつよう)情報(じょうほう)(あた)えられているということになる。

 だからこそ,理解(りかい)できない()()()()()

 (よう)するに,『契約書(けいやくしょ)(わた)したので,内容(ないよう)各自(かくじ)確認(かくにん)してください。後で知らなかったでは(とお)りません。安心(あんしん)してください。あなたが希望(きぼう)さえしなければ契約(けいやく)成立(せいりつ)することは(けっ)してありませんので』ということである。

 その結果(けっか)特定(とくてい)意思(いし)内心(ないしん)(しょう)じた時点(じてん)で,“嵌合(かんごう)”に(おう)じる意思(いし)ありと一方的(いっぽうてき)にみなされ,術者(じゅつしゃ)勝手(かって)に取り()まれるという()()同然(どうぜん)現象(げんしょう)(しょう)じていたのである。

 これは,(ぎゃく)に言えば,あの詠唱(えいしょう)を聞いていない者でれば,あの場において“嵌合(かんごう)”の条件(じょうけん)となる意思(いし)を持っていたとしても“嵌合(かんごう)”には()()まれないということでもある。

 実際(じっさい),あの場に後から(あらわ)れた『殺し屋』や英莉(えり)は,《拒絶(きょぜつ)の場》には一度も()()まれていない。


 このように,魔術(まじゅつ)の中には詳細(しょうさい)を知ることを条件(じょうけん)として発動(はつどう)するものも存在(そんざい)する。

 したがって,《無貌(むぼう)》の男が言ったことはおよそ間違(まちが)いという(わけ)ではない。

 だが,それに対する天乃(あまの)回答(かいとう)(すで)に決まっているものだった。


「ああ,情報(じょうほう)を得ることは,オレに(かぎ)っては(そん)がない。

 “直観(ちょっかん)”があるからな」


 緋澄(ひずみ)(いわ)く,天乃(あまの)の“直観(ちょっかん)”とは,天乃(あまの)にとって既知(きち)情報(じょうほう)から(みちび)き出された最適解(さいてきかい)である。

 これはつまり,天乃(あまの)にとっては既知(きち)情報(じょうほう)()えれば()えるほど“直観(ちょっかん)”の精度(せいど)が高まるということである。

 もちろん,間違(まちが)った情報(じょうほう)は“直観(ちょっかん)”の精度(せいど)影響(えいきょう)(およ)ぼすことになるはずだが,今までの“直観(ちょっかん)”の頻度(ひんど)精度(せいど)からすると,“直観(ちょっかん)”は,情報(じょうほう)信憑性(しんぴょうせい)考慮(こうりょ)要素(ようそ)としているようである。

 英莉(えり)からの間違(まちが)った情報(じょうほう)があったにもかかわらず,ここまで明確(めいかく)間違(まちが)いを()()()()()()ことがそれを裏付(うらづ)けている。


「ハッ,だろうな。それをちゃんと理解(りかい)しているなら問題(もんだい)ない。

 ――さて,気になる『覚醒者(かくせいしゃ)』へと(いた)る方法だが」


 そこで言葉を切った《無貌(むぼう)》の男は,三俣(みつまた)の方を一瞥(いちべつ)する。


「あぁ,いいよ。僕の用事(ようじ)はもう()んだんだ。

 あとは,ここで(こと)成就(じょうじゅ)するまでは待機(たいき)してるから。

 気にせず行くといい。時間(じかん)はあまりないよ」


 しばらくして自分に視線(しせん)が向いていることに気づいた三俣(みつまた)は,そう言って《無貌(むぼう)》の男に(さき)(いそ)ぐように(うなが)す。


「――わかった。では,ついてこい」


 三俣(みつまた)の言葉を受けた《無貌(むぼう)》の男は,即座(そくざ)()り返ると,天乃(あまの)に声を()けてからその()を立ち()る。

 それに続いた天乃(あまの)見送(みおく)った三俣(みつまた)は,引き戸を()めると,(つくえ)の上の地図(ちず)に目を落とす。


(さて,本来(ほんらい)はもう舞台(ぶたい)()りて傍観(ぼうかん)している予定(よてい)だったんだけど)


 そう内心(ないしん)(つぶや)三俣(みつまた)が見ているのは,この建物(たてもの)の5階の()()()()()である。

 《俯瞰(ふかん)地図(ちず)》という魔術(まじゅつ)本来的(ほんらいてき)用途(ようと)は,その名の(とお)り,地図(ちず)(かい)して状況(じょうきょう)俯瞰(ふかん)することにある。

 三俣(みつまた)天乃(あまの)に対してした《俯瞰(ふかん)地図(ちず)》の説明(せつめい)には一切(いっさい)(うそ)(ふく)まれていなかったが,この本来(ほんらい)用途(ようと)だけは()えて(はな)していない。


(これは,()()()もいいところだなんだよねぇ)


 三俣(みつまた)が見ている光景(こうけい)端的(たんてき)換言(かんげん)すると,“(あらし)”であった。

 たった1つの“暴威(ぼうい)”に(むら)がる“(けもの)”の()れが,次の瞬間(しゅんかん)には錐揉(きりも)回転(かいてん)しながら(ちゅう)()う。

 (さいわ)い,その“(けもの)”は()臓物(ぞうもつ)内蔵(ないぞう)する生物(せいぶつ)ではなく,機能(きのう)維持(いじ)するのが困難(こんなん)となるだけのダメージを受けると(かすみ)のように消え()生物型(せいぶつがた)魔力(まりょく)(かたまり)であるため,そこまで陰惨(いんさん)光景(こうけい)とはなっていない。しかし,校舎(こうしゃ)(いた)(ところ)穿(うが)ったかのような(へこ)みが(きざ)まれており,無事(ぶじ)(まど)ガラスは周囲(しゅうい)に1(まい)もない。

 三俣(みつまた)が見ている間にも,“(けもの)”の()れは()()なく“(あらし)”の中心に爪牙(そうが)()き立てんと(おど)り掛かってはいるものの,何らの成果(せいか)を上げることもなく,その数を見る見るうちに()らしている。


戦術(せんじゅつ)がない。連携(れんけい)もない。非効率(ひこうりつ)(きわ)まりない。

 もってあと数十秒(すうじゅうびょう)かな,これは)


 当時(とうじ)の《無貌(むぼう)》の男の状況(じょうきょう)からして,これはそもそも一時(いっとき)(あし)()め以上の意味合(いみあ)いはなかったのだろうが,戦況(せんきょう)はあまりにも一方的(いっぽうてき)である。


(いや,数分(すうふん)()()かもしれない)


 そして,先程(さきほど)から“災害(さいがい)現場(げんば)”を目視(もくし)できる位置(いち)待機(たいき)していた1つの(かげ)が,“(けもの)”の数が()り,射線(しゃせん)確保(かくほ)されたこのタイミングで(うご)き出す。


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 三俣(みつまた)は,校舎(こうしゃ)見取(みと)()を取り出すと,しばらく“(あらし)”をその場に(とど)めるべく,(しず)かに複数(ふくすう)(せん)を引き(はじ)めた。

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