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Replica  作者: 根岸重玄
登校騒乱編
32/286

邂逅

2036年6月7日午前7時52分


「ちょっと待ってくれ。

 啓吾(けいご)は何をどこまで知ってるんだ?」

「何を,どこまで,ね。

 質問がざっくりとしすぎてわかんねえぞ?」


 天乃(あまの)の問いに間森(まもり)曖昧(あいまい)()みを浮かべる。


「ただ,(しん)が死にやすくなっていることと英莉(えり)ちゃんがちょっと普通じゃないことぐらいは知ってるさ」


 そういって間森(まもり)()みを深いものにする。


「意外じゃな。

 うぬは主殿(あるじどの)に忠告なんぞするタイプではなかったろうに」


 戸惑(とまど)天乃(あまの)に代わって英莉(えり)間森(まもり)に声をかける。


「そう(いじ)めないでくれよ。

 さすがにこの状況で(しん)を放っておけるほど俺は薄情(はくじょう)じゃないつもりだぜ?」

「どうだかの。うぬの本音は見えづらいからの。

 その行動が私情から来るものか,使命から来るものかの判別はつかないわけじゃろ?」

「ははは,相変わらず手厳しいな」

「とはいえ,助力には感謝する。

 わっちの(あつか)いに関して何かアイデアがあるのか?」

「まあな。割と合法的に(しん)を守れる立場につけてやるよ」

「ちょ,ちょっと待った。

 一体お前は何を言ってるんだ?」


 天乃(あまの)は,雲行きが怪しくなってきた間森(まもり)英莉(えり)の会話に割り込む。


「ん? 要するに,合法的に英莉(えり)ちゃんを連れて登校する手段があるってことだよ」

「……なんか,オマエ楽しそうだな」

「まあな。じゃあ,早速行こうぜ」

「おー」


 英莉(えり)愉快(ゆかい)間森(まもり)の掛け声に呼応(こおう)する。


「頭痛くなってきた……」


2036年6月7日午前8時02分


「到着じゃな,うむ。ここが主殿(あるじどの)の学び()か」

「近っ!!」

「5分程で来たな」


 天乃(あまの)は,結局,間森(まもり)に押し切られ,英莉(えり)を伴って第三高校に到着する。

 周囲にはまばらに他の生徒がおり,赤い和装という目立つ格好の英莉(えり)に視線が集まっている。

 (もっと)も,英莉(えり)はそのような視線には全く頓着(とんちゃく)していない様子であったが。


「なあなあ,主殿(あるじどの)よ。

 わっちは早く校舎に入ってみたいぞ。

 大体いつも置き去りじゃったからな。

 興味津々なのじゃ」


 それどころか見た目相応のはしゃぎっぷりである。

 この様子を見て誰がその正体に気づけようか。


「なあ,啓吾(けいご)

 マジで大丈夫なんだろうな,これ」

「問題ナッシングだぜ。

 とりあえず,職員室だ。

 事情の説明と――理事への取り次ぎをしてもらう」

「――理事,か」


 ――『百目鬼(どうめき)亜澄(あすみ)に会え。』

 天乃(あまの)が思い出したのは昨夜見たノートパソコンに書かれていたメッセージである。

 第三高校――正式には国立大学法人浅木大学付属第三高等学校であるが,そこの理事は百目鬼(どうめき)亜澄(あすみ)という名前である。

 この人物は,天乃(あまの)の血縁上の祖母に当たる人物であるということらしく,現状判明している唯一の肉親である。

 とはいえ,天乃(あまの)は,記憶を失って以降,百目鬼(どうめき)亜澄(あすみ)とは会っていない。

 水無月の話によれば,百目鬼(どうめき)天乃(あまの)の関係については外部には秘匿(ひとく)されているようであることから,安易な接触は困難だと思われていたが,ここにきてその機会が訪れたことに,天乃(あまの)は秘かに安堵(あんど)吐息(といき)()らす。


「おお,いよいよ校舎に侵入するわけじゃな。

 なんだかワクワクするの」

「あんまりはしゃぐなよ?

 いや,この場合,はしゃいでいた方がいいのか?

 もうわからん」

「じゃあ,案内するからついてきてくれ」




 間森(まもり)の先導に従い,天乃(あまの)英莉(えり)は校舎に入っていく。

 英莉(えり)が校舎内で少し離れたところにある来客用のスリッパに()き替えていると,教員と思しきスーツ姿の男性が近寄ってくる。

 その男の(ほお)はこけ,いっそ病的と言った方がよいほどの痩身(そうしん)であったが,その眼鏡の奥の眼光は鋭く,英莉(えり)はその男が背後に立つその瞬間まで,その気配を感じることができなかった。

 その男は背後から英莉(えり)の肩に手を置いて,英莉(えり)に話しかける。


「君は何者かね?

 見たところ,人ではないようだが……」

「――ほぉ,わっちの正体をある程度見抜くか。

 こんなところで,教員をやっておるのがもったいないほどじゃな。

 じゃが,安心せい。わっちは百目鬼(どうめき)の客じゃ。

 だから,その殺気(さっき)を抑えてくれると,無用な争いが起こらんで助かる」


 英莉(えり)は背後を振り返らず,あくまで自然体に背後の男に話しかける。

 そうしなければ,『飲まれる』という予感があったのである。


殺気(さっき)か。

 ――曖昧な概念だな。

 私には,感じ取ることができないものだ」

「さようか。

 じゃが,殺気(さっき)を放っておること自体は否定せんのじゃな」

「そうだな,否定できんよ。

 私には感じ取れないからといって世界に存在しない理由にはなるまい?

 魔術と同じだよ」

「魔術と同じ?

 うぬは魔術使いでもないと?」

「そうだ。多少特殊な訓練を積んだ経験はあるがな」

(にわ)かに信じがたいな。

 これほどの使い手が魔術に精通(せいつう)しておらんなど」

「そうはいってないだろう。

 私のこれは特殊な訓練の賜物(たまもの)だよ。

 ――とはいえ,今の私はただの一般教養の教師に過ぎんがね」


 そういって,男は英莉(えり)の肩から手を離す。


「一応規則の話をしておくと,部外者は許可証がいる。

 君はそのようものを取得しているようには見えないがね」

「そうじゃな。ではどうする?」

「だが,理事の客を勝手に追い返すわけにもいくまい」

「おい,英莉(えり),何してん……だ?」


 そこに上履きに履き替えた天乃(あまの)間森(まもり)がやってくる。


「おはよう。

 ……天乃(あまの)か。今回は災難だったな」

「……えーっと,そうですね」

城東(じょうとう)先生,おはようございます」

間森(まもり)天乃(あまの),これはお前たちの知り合いか?」


 間森(まもり)城東(じょうとう)と呼ばれた男は英莉(えり)を指さす。


「はい,そうっすね。英莉(えり)ちゃんです」

「では,あとは任せた。

 くれぐれも,問題は起こさんようにな」


 城東(じょうとう)はそのまま天乃(あまの)間森(まもり)英莉(えり)を任せ,振り返ることなく立ち去る。


「今の誰だ?」

「俺達の担任の城東(じょうとう)だよ」

「担任? あれがか。

 ちと厄介じゃな」

「厄介?」

「あれは相当の使い手じゃ。

 わっちの正体にも気づいたやもしれん」

城東(じょうとう)のことは気にすんな。

 あれは,基本的に触れなきゃ無害だよ。

 っていうか,俺たち城東(じょうとう)に話があったんじゃん。

 何立ち去ってんだよ,あいつ」

「追いかけるか?」

「いや,先に予定通り職員室に行こう。

 城東(じょうとう)より話が通じる人がいる」


2036年6月7日午前8時12分


「それで? 今回はどんな問題を持ち込んだの?

 大方その子のことでしょうけど」


 そう言ったのは,渋面(じゅうめん)を浮かべる20代の女性教員だった。

 ショートヘアにスーツの上から白衣という格好で,コーヒーを片手に間森(まもり)に話しかけている。


「問題って……まあ,問題なんすけど。

 この()に学校への滞在許可証と理事への面会を取り付けてほしいんすけど」

「あのねえ,間森(まもり)君。

 それはどっちも私の権限でできることではないわよ」

「そこを何とか」

「何とかって。

 ……もう,できる範囲で,ね」

「やったぜ,さすが,賀上(かがみ)先生は話が分かる」


 賀上(かがみ)はコーヒーを飲み干すと席を立って校長室に入っていく。


「今のは?」

賀上(かがみ)ちゃんだ。

 一応,俺達のクラスの副担任ということになっている」

「へー」

「なんじゃ?

 主殿(あるじどの)どうかしたか?」

「いや,何でもない」


 そうこうしている間に賀上(かがみ)が校長室から出てくる。


「問題ないらしいわ。

 許可証は不要って話だし,百目鬼(どうめき)理事にはすぐ会えるそうよ?

 天乃(あまの)君とそこの()だけで理事長室に向かいなさい」

「そうか。じゃあ,俺は先に教室に向かってるぜ」

「わかった。また後でな」


2036年6月7日午前8時15分


 天乃(あまの)は理事長室という表示がある部屋の前に立つ。

 そして,ノックをして扉を開く。


「ようこそ,天乃(あまの)君」


 そこにいたのは,初老の女性であった。

 天乃(あまの)はその顔に既視感(きしかん)を覚えるが,どこで会ったのか思い出せない。

 品のあるスーツ姿の女性は,天乃(あまの)に目で扉を閉めるようにと(うなが)す。

 天乃(あまの)が扉を閉めると,英莉(えり)が一歩前に出て口を開く。


「久しぶりじゃな,百目鬼(どうめき)よ」

「お久しぶりですね,ナイトウォーカー様。

 いえ,今は英莉(えり)様でしたか」

「く,かかっ,そう畏まってくれるな。

 気軽に英莉(えり)ちゃんとでも呼べばよかろう」

「ずいぶんと気さくになられたものです。

 居心地がよいのでしょうか? 天乃(あまの)君の(そば)は」

「そうじゃな。余生を送る上では最高じゃとも。

 刺激(しげき)満載(まんさい)でな」

「そうですか。それは何よりです」

「それに,相変(あいか)わらず,周到(しゅうとう)ではないか。

 わっちのことを予め周知しておったのじゃな。

 おかげで,警備隊に止められることなくあっさりと校舎内に入れたぞ?」

「それが私の取り()ですので」


 百目鬼(どうめき)が柔和な笑みを浮かべ,英莉(えり)と会話している間,天乃(あまの)疎外感(そがいかん)とともに居心地の悪さを感じていた。

 そんな天乃(あまの)の様子を察してか百目鬼(どうめき)の目が天乃(あまの)を向く。


「さて,天乃(あまの)君」

「はい」

「……やはり,私の知るあなたではないのですね」

「――残念ながら。

 オレはかつての天乃(あまの)(しん)の記憶がありません」

「そうですか」


 百目鬼(どうめき)は悲しげに言葉を切ると,目線を天乃(あまの)(ひとみ)に向ける。


「その眼,一応機能しているようですが,十全(じゅうぜん)の機能は備わっていないようですね」

「え?」

「今は時ではないということでしょう」


 天乃(あまの)追及(ついきゅう)しようとする前に百目鬼(どうめき)は次の話に移る。


「それより,今は英莉(えり)ちゃん様の処遇について決めねばなりません」

「なあ,百目鬼(どうめき)よ。

 うぬは時々本気で言ってるのかわからんときがある」

「なんですか? 英莉(えり)ちゃん様。

 ああ,そういえば,お茶を出していませんでした」

「違うぞ? わっちはそんなこと気にしておらん」

「冗談です。

 事前に間森(まもり)君から連絡を受けています。

 英莉(えり)ちゃんを天乃(あまの)君の新たな守護霊(ガーディアン)にするというアイデアですが――」

「え?」


 英莉(えり)を『英莉(えり)ちゃん』と呼び直しながら,百目鬼(どうめき)は,英莉(えり)の今後の立ち位置に関して,しれっと重要な指針を示していた。


「ふむ。それはよいのではないか?

 もともと主殿(あるじどの)守護霊(ガーディアン)守護霊(ガーディアン)としての機能なんぞなかったわけじゃしな。

 それに,わっちが守護霊(ガーディアン)となる方が何かと都合がよかろう。うぬとしても,な」

「ええ,英莉(えり)ちゃんさえよければ,採用する予定でした」

「――あの,オレの意見は?」


 とんとん拍子に進む話に天乃(あまの)は抗いたくなり,声を出してみるが,その声に対する回答は「却下です」「却下じゃ」というにべもないものだった。


「そっすか」


 天乃(あまの)は肩を落とすが,その瞬間に百目鬼(どうめき)の顔を見たことを思い出す。


「あっ,そうか。あのときだ」

「ん? どうかしたか,主殿(あるじどの)?」

「どこかで見た顔だと思ったら,オレに施術をした中にいた一人だ。

 アナタだけ,何もせずに立ち去ったので,印象に残ってたんですよ」

「おやおや,今思い出しましたか。

 どうしても,一目会っておきたくてね。

 無理を言って(まぎ)れさせてもらったんですよ」


 百目鬼(どうめき)は,ほほほ,と上品にえうが,やってることは子供のそれである。


「相変わらずじゃな,百目鬼(どうめき)よ。

 さて,それでは,わっちが主殿(あるじどの)の守護を務めるということで話は終わりかの」

「そうですね。今,各教員には通達を出しましたので,貴女(あなた)が自由に闊歩(かっぽ)していても(とが)められることはないでしょう」

「さようか。

 それでは,わっちらは教室に向かうとしよう」

城東(じょうとう)先生には事情を伝えてありますので,少しくらい遅れても大丈夫ですよ」

「1つ,確認したいことがあります」


 天乃(あまの)は,改めて百目鬼(どうめき)に切り出す。


「はい,なんですか?」

「アナタは,その,オレの祖母,ということでよろしいんでしょうか?」

「ええ,そうなりますね」

「ありがとうございます。

 それだけ,確認しておきたかった」

「ですが,そのことは内密に。

 対外的には私たちは赤の他人ということになっていますので」

「わかっています」

「では,いってらっしゃい」

「いってきます」

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