幕間の出来事
?年?月?日??時??分
「やぁ,『殺し屋』。彼はどうだった?」
「『運び屋』か。
ゲームをドロップしたはずの君が声をかけてくるなんてな」
瀕死のジェーンを肩に抱えた『殺し屋』に声をかけたのは,『運び屋』と呼ばれた男だった。
『運び屋』と呼ばれたその男は,30代後半の小太りの男であった。
白のタンクトップにジーパンという恰好であり,その示す手には何も持っていない。
「まあね。僕はこのゲームから降りたけど,このとおり。
権能は失っていないからね。暇つぶしがしたいのさ」
そういうと,次の瞬間には『運び屋』は手に持った林檎を齧っていた。
「ふふふ,相変わらず便利そうな権能だ。
手品にしか見えんのが,あれだが。
さて,立ち話に付き合ってあげたいが,私はまずはこの娘を治療しなければ」
そういった『殺し屋』は肩に抱えたジェーンを指差す。
「あぁ,そうだったね。彼女も重傷だった。
どうする?“運ぼう”か?」
「いいのかい?
私に肩入れするなんて。他のプレイヤーがなんというか」
「構わないよ。
僕と同じくドロップした『復讐屋』なんかも自由にやってるだろ?」
「彼は,もともとこのゲームに参加する気がないようだから,君とは違うさ」
そういって『殺し屋』は肩を竦める。
「それで? 彼女をどうする?」
「遠慮なく頼もう。
彼女を“運んで”くれ」
「あいよ」
そういった次の瞬間には『殺し屋』の肩からジェーンは消滅する。
「彼女を治療室に“運んで”おいた。
確認しに行くかい?」
「いや,信用しよう。
それより,何か変わったことはないかな?」
「さあね。
最近はどのプレイヤーも大詰めに入っていて,なかなか情報が入ってこないんだ」
「三代目『仲介屋』はどうかね?」
「そちらはどうなのかな?
彼が一番辛い立場のはずだが,まったく動く気配がない。
じっと座って眺めているよ。彼の駒と盤面を」
「ルールを理解していないわけではあるまい。
彼なりに考えがあるということか」
「だと思うね。
『仕切屋』も彼には期待しているらしいし」
「そうかね。私はどうするか」
それは『殺し屋』にとってはただの独り言だったのだが,『運び屋』は予想外にその話題に乗ってくる。
「君とっては,そうだね。
『壊し屋』,『占い屋』,『金融屋』。
そして,一応,『仲介屋』。
このあたりが難敵という感じかな」
「ふふふ。君は本当によく盤面が見えている。
なぜドロップしたんだい?」
「もともと,争いが好きじゃないのさ。
それに,勝ちを目指す以外の道があると教えてもらったからね。
『薬屋』とは違うさ」
「あぁ,彼女は本当に悲惨だったね。
あの状態から再起可能な目はなかった。
今はどうしているのかな。
ゲームが続いている以上,彼女もいるのだろう?」
「そうだね。彼女はこちらには戻ってないよ。
この前の『仕切屋』の招集にも現れなかっただろう?」
「そういえばそうだな。
ちなみに,君は私に協力する気はあるかい?」
それは『殺し屋』にとっては,ほんの軽口だったが,ここでも『運び屋』は予想外の回答を示すのだった。
「対価次第,だね。
僕が納得する対価を支払うなら,なんでも,どこにでも,必ず“運ぶ”と誓おう」
「――君は……
ふ,ふふふ,ふふふふ。
面白いプレイヤーが現れたものだ。
君も,まだまだドロップしていないじゃあないか」
「ドロップ宣言は撤回できないよ」
「なるほどな。それが君の強みか。
だが,これでゲームは面白くなった」
「そういってくれると,君に声をかけた甲斐があったよ」
「ちなみに,私以外にも声をかけているのだろう?」
「そうだね。まだドロップしていないプレイヤーには声をかけているところさ。
さっきも言ったけど,やることがなくてね。暇なんだ」
『運び屋』はニヤリと笑う。
「せっかくの権能――“運送”を腐らせるのもどうかと思うしね。
とはいえ,君は浅木への干渉権は使い切っただろう?
次の標的は誰にするんだい?」
「ふふふ。その情報はこの場合,命よりも重い。
残念だが,今後の方針は話せないよ」
「そう警戒しなくても,僕は『運び屋』であって『情報屋』じゃないからね。情報で商売する気はないさ」
「いずれにしろ,私の駒が復帰するまでは静観させてもらうよ」
「それもそうか,君を見ていると,そのあたりの原則を忘れそうになるよ」
「おいおい,こう見えて,私はルールの範囲内の行動しかとっていないぞ。
“殺人”の権能が便利なことは認めるがね」
「そうかい。
じゃあ,僕に用事ができたときは,是非呼んでくれたまえ」
「待て,『運び屋』。
今後の参考のために聞いておこうか。
例えば,『天乃慎』の心臓にナイフを“運ぶ”ための対価はなんだい?」
「残念だが,そんな面白くない依頼は受けられないよ」
「それは安心した。
君がその手の依頼を受けるようならばこの場で殺さなければならないところだった」
「……は,はは,そんなに威圧しないで欲しいな。
僕は,こう見えても中立さ。
盤面には干渉するけど,ゲームの決め手にはならないようにバランスはとるつもりだよ?」
「では,そうだな。
このナイフを『天乃慎』の居室の――
そうだな。食卓の上に突き立てるように“運ぶ”ための対価は?」
「うーん。そうだな。
それはアリだ。
そして,対価は1時間だね」
「1時間?」
「1時間――君の駒を貸してもらう。
とはいっても別に何かをさせようってわけじゃない。
『その間,君はゲームに参加できない』というペナルティを負ってもらうのさ」
「なるほど,な。
君は新しい“ルール”になろうというのか」
「そうだね。
ちなみに,『仕切屋』の許可はとったよ?
本来は不要なんだろうが,一応ね。
裏ルール『運び屋』――存分に利用してくれ」
「また追加ルールかね。
このゲームは本当に奥深い。
だが,君にとってどんなメリットがあるんだい?」
「それは言えないよ。
だって,言ったら面白くなくなるじゃあないか」
「それもそうだ。
それを予想してこそ,ということだね」
「そうそう。僕はゲームをドロップしている。
だが,だからといって景品を諦めたわけじゃあないってわけさ」
「だったら,中立など気取らず,素直に誰かにBETした方が見返りが大きそうなものだが」
「それじゃあだめなのさ。
僕は――欲張りだからね」
「ほう,面白い。
ドロップは正直どうかと思ったが。
実にいいプレイヤーになったな,君は。
『薬屋』にもこれくらいの不屈の精神を見せてほしいものだ」
「あはは,ある意味彼女が一番不屈なのかもしれないよ?
だって,彼女――未だドロップしてないじゃあないか」
「……それもそうだな。
なぜだ?」
「さあね。
ま,互いにベストを尽くそうよ」
「あぁ,ちなみに,ジェーンを“運んだ”対価は何かな?」
「あれは言ってみればお試し期間ってやつさ,ロハだよ」
「なるほど,只より高い物はない――ということかね?」
「さあ,どうかな。
では,僕は行くよ。
まだ,『壊し屋』に会えていないのでね」
「彼は君に協力を求めることなどなさそうだがな。
彼の権能――“破壊”は型破りすぎる」
「そうかもね。
でも,一応ね。
声をかけておこうと思うわけさ」
「そうか。
ではな,『運び屋』」
「ああ,またね,『殺し屋』」




