沈黙する円卓
?年?月?日??時??分
《禁絶》の報告は、赤く染まった夜の作戦区域から直帰した直後に行われた。
場面は、彼女を駒として扱うプレイヤー『技術屋』の居室である。
無機質な空間には、研究施設を思わせる冷徹な雰囲気が漂っていた。だが、壁一面に展開された投影式情報端末が、ただの学術拠点ではないことを物語っている。
「任務は――一部失敗しました。緋澄眞琴の排除には至っていません」
赤い中華ドレスを纏った女、《禁絶》は機械的な声音で報告を終え、無言で頭を垂れる。
髪は高くまとめられたシニョン。背筋を真っ直ぐに伸ばし、そこには一片の感情も読み取れなかった。
『技術屋』は背を向けたまま応じない。指先が緩やかにデータを操作し、情報端末に映された戦闘映像を早送りで確認していた。
数秒の沈黙の後、低く、しかし明瞭な声が返る。
「……問題ない。むしろ、想定より好都合だ」
「……そうですか」
「予定通り、マジックキャンセラーですら戦略級には通じないという実例になった。だからこそ、懐古主義者たちには『制御不能な化け物を放置している』という世論を誘導させることができる」
《禁絶》は一瞬、目を細めた。
「……では、緋澄の排除は放棄するのですか?」
「放棄ではない。だが、優先順位は下げる。今は――」
指先が止まり、新たなホログラムが浮かび上がる。そこには、マジックキャンセラーの基礎理論を解説する数式と図解が並んでいた。
「この原理を、我々の手で一般公開する。『魔術は万能である』という幻想を崩し、魔術師たちの社会的地位を揺るがす」
「……世界規模で、魔術師の信頼性の低下を狙うということですね」
「ああ。緋澄は日本地区における『力の象徴』であり、『理想の魔術師像』でもある。その足元を揺るがすためには、偶像を直接砕くよりも、『土台そのもの』を腐らせる方が効率的だ」
《禁絶》は短く頷いた。
「了解。以後、方針に従って行動します」
そして踵を返し、部屋を後にしようとした――が、ふと足を止めた。
「……ひとつ、質問があります」
「云え」
《禁絶》は、思い返すように僅かに顔を上げた。
「円卓に――黒いローブを纏った人物がいました。記録に存在せず、情報も不明。あなたの知る者ですか?」
『技術屋』はしばし無言だった。
やがて、目の前の端末を閉じて、静かに口を開く。
「……ここでは、時間の感覚が曖昧だ。いつからいたのか、私にも分からない」
「……“誰”かも?」
「ああ。気づけばそこに座っていた。だが、会話も応答もない。誰も正体を知らないまま、あいつはずっとあそこにいる。ずっと、微動だにせずにな。もしかしたら、まだそこにいないのかもしれない」
「それは、一体、どういう意味ですか?」
「云ったろう、ここでは時間の前後が曖昧なのだ。つまり、未来の光景が映っていたとしても何も不思議ではない。あまり疑問には思わんことだ」
《禁絶》はそれ以上の詮索をせず、小さく一礼して退出した。
?年?月?日??時??分
《禁絶》は再び上位世界へと呼び出された。
『技術屋』曰く、久々に『殺し屋』のショーが開催されるという。興味はないが、他のプレイヤーの動向を把握しておくべきという『技術屋』の判断により、《禁絶》が代理で出席することになった。
円卓の間に到着した《禁絶》は、あの黒衣の人物が再び座しているのを確認した。前回と同じ姿勢、同じ場所。もはや空間の一部とすら思える静止。その存在に、静かな関心を募らせる。
その後、《禁絶》は帰路につく途中のアーサー・リードと邂逅する。
「へぇ、あんたも来てたの」
アーサーは軽く顎を上げて応じた。
「これから帰るところだ」
「殺し屋のショーは見ていかないの?」
「天乃に興味はあるが、彼のショーは性に合わない」
「ショーだけに? ふふふ。じゃあね、《十三騎士》殿」
「……あぁ、壮健でな、《禁絶》殿」
その後、《禁絶》はショーの観覧席へと向かい、かつて自らを退けた天乃慎と『殺し屋』の戦いを見届けた。
天乃の動きには明らかな精彩の欠如が見られたが、何とか『殺し屋』を撤退させ、一応の勝利を収める。
その瞬間、円卓に座していた黒衣の人物が、ほんのわずかに唇を吊り上げた――気がした。
《禁絶》はその仕草の真意を測りかねたまま、ショーの終幕を見届け、いつもの日常へと帰還した。




